02 Special Day


「ってかさ、お前らそろそろ付き合って1ヶ月経つんだなぁ」

向かいのソファで菓子を食いながら、上鳴が俺にそう言った。そう言われれば、確かに3日後の土曜日でちょうどなまえと付き合いだしてから1ヶ月が経つ。クラスメイトが付き合った日なんか、よく覚えてんなこいつ。

「まぁ、そうだな」
「おい、随分冷めてんなこの野郎!!余裕か!!」
「文化祭の舞台本番で公開告白しやがった奴とは思えねぇ冷めっぷりだわ...」

同じソファに座っていた峰田と瀬呂も会話に加わり、何故か峰田は目に涙を溜めている。

「何か...悪ぃ」
「まぁお前の冷めっぷりは置いといてだ。記念日とかちゃんと考えてやってんの?お前」
「記念日...?」
「あー...やっぱそうなのね。何も考えてないのね。この恋愛ポンコツ野郎がよぉ...」
「記念日ってなんだ」
「付き合った日とか、そういう恋人の節目の日のことを記念日って言うのよ、轟くん」
「んで、もうすぐお前らは1ヶ月記念日を迎えるってこと!!畜生羨ましい!!」
「クソが...リア充爆発しろよぉ...」
「それがどうしたんだよ」
「だー!!わかってねぇ!!マジで!!付き合って1ヶ月経つんだから、なんかやってやれよ!!」
「なんかって...なんだ」
「まぁ一般的には、なんかプレゼントあげるとか...」
「プレゼント...」

イマイチよくわからねぇが、恋人には記念日というものがあり、男が相手を喜ばせるために何かしないといけないイベントらしい。

「お前、それくらいやってやらねぇとみょうじにフラれるぞ!?」
「フラれる...」

フラれる。その一言が落雷のように俺に落ちてきた。フラれると言うことは、つまりなまえと別れなければいけないということで、それをほんの一瞬想像しただけで、心臓が痛くなった。嫌だ。そんなの絶対に耐えられない。

「おい、轟固っちまったぞ..?」
「上鳴、多分それ轟には冗談でも言っちゃいけないやつ」
「ご、ごめんって!!大袈裟に言っただけだから!!みょうじはお前にベタ惚れだし、大丈夫!!」
「...俺はどうすればいいんだ」
「普通に欲しいもん聞いて、買ってやればいんじゃね?」
「いらねぇもんあげても、女の心ってやつぁ離れていくもんだからな...」
「いや、峰田。お前何目線で言ってんの?」

上鳴達の話を総合すると、恋人に渡すものは俺が独断で選んでしまってはダメで、きちんと欲しいものを調べた上で渡すことが正しい記念日のやり方らしい。

「...わかった。ひとまず、聞いてみる」
「頑張れよ!上手くいったら"焦凍くん大好き♡"って言ってもらえるぞ」
「なまえはそんなんじゃねぇ。もっと可愛い」
「あーそうですか!すいませんね!!誰かー!ブラックコーヒー持ってきてー!甘い台詞に死にそう!!」
「よしよし、瀬呂くんが淹れてあげようねぇ〜」
「オイラにも頼むぜマスター...砂糖吐きそうだぜ...」

好きだとなまえが言ってくれるのは嬉しい。でも彼女はいつもちゃんと直接伝えてくれているし、そのために別に何かする必要もない気がするが、何もしなくて万が一にも愛想を尽かされたら困る。何より、なまえが喜んでくれるのなら、それをやる価値は十分にあるし、ひとまず俺は記念日とやらの準備を進めることにした。







「欲しいもの?」

翌朝、俺は早速なまえに欲しいものを聞いてみた。

「あぁ。何かあるか?」

なまえは自分の唇に指で触れながら、欲しいもの...と呟いた。唇を指で触るのは、彼女が何かを考えている時の癖だ。しばらくそうしていると、何か思いついたように、あ。と声を出した。

「欲しいもんあったのか?」
「うん、まぁ...あることは、あるけど...」
「なんだ?」
「いや、でも...」

欲しいものは思いついたようだが、なぜかなまえはそれを言いづらそうにしている。

「高いもんなのか?」
「そういうわけじゃないけど...」
「なんだ。言ってみてくれ」

俺がそう言うと、彼女は少し躊躇った後、観念したように口を開いた。

「ふ...」
「ふ?」
「二人で...お出かけしたい、です...」

そう言っている間に、彼女のどんどん声は小さくなり、それに反比例するように、顔はどんどん赤みが増す。

「お前な...」

毎度のことだが、どんだけ可愛いことをすれば気が済むんだこいつは。可愛さに充てられてどうにかなっちまいそうだ。

「ダメ、かな...?」
「ダメなわけねぇだろ。どこでも連れてってやる」
「ほ、ほんと...?」
「あぁ」
「じゃあ、ここに行ってみたいんだけど...」

なまえはそう言うと、自分のスマホの画面を俺に見せた。

「...え」
「ダメ、かな?」
「いや、ダメじゃねぇけど...」
「じゃあ、ここがいいな」

彼女が二人でここに行きたいと言って、俺に見せたスマホの画面には、"蕎麦打ち体験バスツアー"と書かれていた。しかもそのツアーの開催日は土曜日で、偶然にも俺となまえの記念日と同じ日だ。彼女も確かに麺類は好きだが、俺ほど蕎麦が好きというわけでもないのに。だがあいつらの言う通り、欲しいものを聞いて返ってきた答えならば、これが正解ということなのだろうか。

「...行くか」
「うん!ありがとう、焦凍くん」

そう言って笑うなまえの顔に癒されながらも、本当にこれでいいのかという疑問は俺の中にしばらく残った。







約束の日はすぐにやって来た。空は雲ひとつない快晴で、頬をかすめる風は冷たいものの、降り注ぐ太陽の光のおかげか、それほど寒さは厳しくないように思える。

「天気良くて良かったね!」
「そうだな」
「私バスツアーとか初めてだから楽しみ!」

彼女の台詞と表情に妙なデジャヴを覚える。いつかもこんなやり取りをした気がする。あぁ、そうだ。あの時だ。

「...それ、前も言ってたな」
「え?」
「二人で初めて出かけた時も、"舞台観るの初めて"って言って、同じ顔してたぞ」
「あぁ...そうだったね。ふふ、そんなに時間経ってないのに、何か懐かしいなぁ」
「あん時の服も可愛かったけど、今日も可愛いな」
「ま、た...そうやって...不意打ちで恥ずかしいことを...」

なまえは林檎のように真っ赤な顔をしてから、恥ずかしさに耐えられなかったのか両手で顔を覆い隠す。隠されると逆に見たくなって、俺は彼女の両手首を掴んでその手を顔から取っ払う。恥ずかしいのに隠せないことに、困った顔で俺を見上げるなまえが可愛くて、いつもこうして幼稚なことをしてしまう。

「すげぇ可愛い、その顔」
「も、もうわかった...!わかったから...っ!!」

だから離して、と言わんばかりに掴まれた腕を振るその仕草も愛おしくて、我慢できずに手の甲にキスを落とすと、なまえは更に真っ赤になって、焦凍くん!と怒り出してしまった。怒っている顔も可愛いなとうっかり口から出そうになったが、今度こそ本気で怒られそうなので、ぐっと飲み込んだ。でも可愛い。

「悪ぃ。やり過ぎた」
「他の人もいるんだから、もうちょっと控えめに...!私の心臓が持ちません!!」
「...嫌になったか?」
「え...」
「俺のこと、嫌になったか?」
「...もう...私が焦凍くんのこと大好きなのわかってるくせに、そんなこと言うのずるい...」

その言葉を、そっくりそのまま返してやりたい。俺がお前のことをすごく好きだって知ってるくせに、そんな可愛いこと言ってくるのはずるくねぇか。

「なまえ」
「な、何?」
「俺も、なまえが大好きだ」

普通の声量で言うと怒られそうなので、なまえの耳元でそっと言うと、怒られはしなかったが、頭を軽く叩かれた。




「そういえば、お蕎麦食べた後に、少し温泉街に行けるんだよね」
「そうらしいな」
「じゃあ、みんなにお土産買って帰ろっか」
「そうだな」

俺たちは寮生活な上、お互いインターンもあるため、二人で遠出するのは今日が初めてのことだ。蕎麦打ち体験の施設までは、バスで約2時間ほどかかるらしい。普段なら2時間は長ぇなと思うが、出発早々に隣でどれを食べようかな...と持って来た菓子を楽しそうに選ぶなまえを見ていると、これならずっとバスの中でも飽きないなと思った。

「焦凍くんも食べる?」

どうやら選び終わったらしい。小包装されたチョコレートを一つ自分の口に入れた後、彼女は俺にも同じものを差し出す。

「...こっちがいい」

そう言って彼女の口を指差すと、彼女はまた真っ赤になって、ダメです、と言った。

「じゃあ食べさせてくれ」
「な...何で、今日はそんな...」
「あ」

なまえの言葉を最後まで聞かずに口を開くと、困った顔をしたものの、包み紙からチョコを取り出して、俺の口元まで運んでくれた。

「...もー...はい、あーん」
「ん。ありがとな」
「ドウイタシマシテ...」
「もう1個くれ」

俺が次を催促すると、しょうがないなぁもう、という表情で俺を見ながら、彼女はもう一度包み紙からチョコを取り出して、俺の口に入れた。口の中に甘ったるい味が広がって、でも不思議と全然嫌じゃない。そんなやり取りを数回繰り返すと、バス特有の絶妙な揺れと、すぐ隣になまえが居る安心感からか、徐々に眠気が襲ってくる。

「焦凍くん、眠い?」
「...眠ぃ」
「寝てもいいよ」

そう言ってくれるなまえの声はすごく穏やかで、優しい。その温もりに自分をそのまま全部預けたくなって、彼女の指に自分のそれを絡ませて、肩にもたれかかると、隣から小さく笑う声が聞こえた。

「なんだ...」
「甘えん坊さんなの?今日は」
「ん...」
「おやすみなさい、焦凍くん」

そう言うと、なまえは俺の髪にそっと触れて、優しく撫でてくれる。あぁ、好きだ。手も声も、彼女の何もかもが好きだ。今日は彼女を喜ばせたくて来たのに、これじゃ俺がもらってばかりじゃないか。そう思いながらも、あまりの心地よさと幸福感に、俺はそのまま意識を手放した。







「では早速、蕎麦粉を水でこねていきましょう。水がまんべんなく行き渡るようになったら、粉を小さくまとめて玉にして、それを大きくしていきます。このくらいになったらOKですので、そこまでやってみましょう!」

体験を担当してくれる職人はやけに陽気な人物で、いわゆる職人肌っぽい感じがほとんどしない。しかし、美しいとはお世辞にも言えないその手は、技術を積み重ねて来た経験による独特のずっしりした感じがあった。

「お水ってこれでいいのかな?」
「他にねぇし、いいんじゃねぇか」
「水はなるべく早く指を立てて混ぜるのがコツだよ〜」
「わっ...!」
「あぶねっ」

今さっきまで前で実演してくれていた職人が、いつの間にか俺たちの背後に居た。驚いたなまえが手に持っていた水のカップをうっかり落としそうになり、ギリギリ俺が掴んだが、水は少し床に溢れた。

「あぁ、ごめんねお嬢ちゃん。びっくりさせちゃったね」
「いえ、すみません。お水...新しいの頂けますか?」
「あそこの水道から持っておいで」
「はい。じゃあちょっと取ってくるね」
「あぁ、頼む」

なまえはいそいそと水道の方へ行き、その場に俺とその人だけが残されて、妙な沈黙が流れた。

「...君たちカップル?」
「はい、まぁ」
「若いのに変なデートするねぇ」
「俺が...蕎麦好きで、彼女がここに行こうって言ってくれて」
「優しい彼女だねぇ〜、大事にしろよ、色男!」
「はい」

じゃあ、頑張ってね、と俺に声をかけると、彼は別のテーブルへとまた話しかけに行ってしまった。

「ごめん焦凍くん、お待たせ」
「いや、ありがとな」
「あの人気配なくてびっくりしちゃったよ...」

ヒーロー志望なのに情けない...と恥ずかしそうに笑うなまえの頭に手を置く。すると彼女は不思議そうな目で俺を見て、どうしたの?と尋ねてきた。

「大事に、しないとな」
「え?」
「こっちの話だ。さっさとやろうぜ」
「う、うん...?」




その後、出来上がった蕎麦粉のかたまりを薄く伸ばして、切る作業までを自分たちでやっった。茹でるのは実演してくれた職人の人がやってくれるらしく、俺たちの作業自体は1時間くらいで終わった。食べるための別の部屋に通されて、今は出来上がるまでの休憩中だ。

「皆さんお疲れ様でした!今から各自で頑張って作っていただいたお蕎麦をお持ちしますね!」

体験施設の女性スタッフが明るい声でそう言うと、タイミング良く俺の腹が鳴って、隣に居たなまえに笑われた。

「腹減った」
「あはは、焦凍くん、もうすぐだからね...ふふっ...」
「笑うなよ」

それぞれが自分が打ったものを食べれるように、テーブルとざるに番号が書かれていて、それで照らし合わせているようだ。先ほど案内していた女性スタッフが、お待たせしました、と笑顔で俺たちのところに蕎麦を運んできてくれた。

「わ!すごい!ちゃんとお蕎麦だ!...やっぱり職人さんみたいに綺麗じゃないけど...」
「俺よりはだいぶ綺麗だぞ、お前の方が」
「焦凍くん、途中でちょっと面倒くさくなってたもんね?」

自分のことは鈍いくせに、意外となまえはこういうところが鋭い。なんで知ってんだよ。

「...そんなことねぇ」
「えー、そうかなぁ?ふふっ、まぁどっちでもいっか。お腹空いたし食べよう!」
「ん」

自分で一から苦労してやったからなのか、食べた蕎麦はすごく美味かった。橋で掬い取ると、明らかに不格好で不揃いな麺なのに。

「美味しい...苦労したから、美味しさがひとしおです...」
「そうだな」

とても嬉しそうな顔で隣にいるなまえを見て、俺がこの不格好な蕎麦を美味いと思えるのは、多分自分が苦労したからではなくて、彼女と一緒に来られたことによる幸福補正なのだろうと思った。同じことをして、同じものを食べているこの幸福感が。彼女の存在は俺の五感にまで影響を与えているのだ。

「...楽しかったな」
「ほんと?良かった!私も楽しかったよ!」

俺が楽しかったと言うと、なまえは今日一番嬉しそうな顔をしてくれる。彼女のそんな表情を見て、こういうところがすげぇ好きだなと思う。いつも俺のことを考えて、沢山のものを与えてくれる。そこに損得感情なんかなく、どっちがどれだけ与えているかなんて、彼女は少しも考えない。彼女はそういう人間なのだ。だからこんなに好きで、こんなに大切にしたいんだ。ずっとこの先も、彼女が俺を求めてくれる限り、ずっと側に居続けたい。
不格好な蕎麦をすすりながら、俺はそんなことを考えていた。







予定通りにその後少し温泉街にバスでむかい、クラスのみんなに土産を買った。男子の分は俺が、女子にはなまえが買うことにしたのだが、彼女は女子メンバーにそれぞれ好きそうなものを個別で選ぼうと時間ギリギリまで見て回っていて、人に尽くすのが好きな彼女らしいが、そのあまりの必死さに、ちょっと笑ってしまった。

「今日は一緒に来てくれてありがとね、焦凍くん」

バスの中、ほとんどの乗客は疲労感からか既に眠りに落ちていて、周囲の人を起こさないようになまえはひっそりと俺に話しかけた。

「いや...俺が好きだから、ここに行こうって言ってくれたんだよな、お前」
「だって、焦凍くんも楽しめる場所がいいから」

笑う彼女を見て、やっぱりそう来たか、と思った。今日は俺が欲しいものを聞いて、ここに行きたいと言われたから連れて来た。でもそうじゃないんだ。もともと欲しいものを聞いた、その理由は。

「...あのな」
「うん?」
「今日で、付き合って1ヶ月だよな」

俺がそう言うと、なまえはものすごく驚いた顔で俺をじっと見た。

「...違ってたか?」
「ううん、合ってるけど...焦凍くん、そういうの覚えてないと思ってたから...」
「...実は他の奴に言われて初めてちゃんと認識した」
「ふふ、やっぱり...」
「でもそれ聞いたの、3日くらい前で、本当はなんか買いたかったんだけど、時間なくて」
「そんなの別にいいよ。それにちゃんと私の欲しいものくれたじゃない」
「けどやっぱ形に残るもん渡したくて...だから、これ」
「え...これって、手紙?」

形に残るものを何かあげたい。そう思って、渡すものをしばらく考えた。スマホで彼女へのプレゼントを調べたりもしたが、一般的に女が喜びそうなものをなまえに渡すのは、何だか違う気がした。大事なのは渡すもの自体じゃなくて、俺が彼女をどう思っていて、それをちゃんと伝えられるかということなんじゃないかと思ったのだ。

「私に、書いてくれたの?」
「...こんなもんで申し訳ねぇけど」
「今までもらったプレゼントの中で一番嬉しい...ありがとう」

なまえは俺が渡した封筒を両手で大事そうに抱えながら、すごく幸せそうにそう言ってくれる。

「次はもっとちゃんとしたやつにするから」
「いや...あの、焦凍くん」
「なんだ?」
「流れ的にちょっと言いづらんだけど...」
「どうした」
「実は私も渡したいものあって...」

少し気まずそうに、なまえは自分の鞄の中からあるものを取り出した。

「これ...」
「...え」

彼女が俺に差し出してきたものは、俺がなまえに渡したのと同じものだった。

「その、失礼な話、焦凍くんは記念日とかそういうのはあんまり興味ないかなって思ってたんだけど」
「まぁ...実際マジで全然考えてなかったけどな...」
「でも、欲しいものを聞かれた時に、もしかして考えてくれてるのかなって思って... でも何も用意してなかったから、みんなに相談して...」
「そうだったのか」
「そう...で、みんなから色々アドバイスもらったんだけど、手紙が一番いいかなって、思って...」

そう言いながら、なまえは手に持っていた手紙を遠慮がちに一旦自分の方へと戻す。

「こんなもので、申し訳ないんだけども...受け取ってもらえますか...?」

困った。嬉しすぎるのと、さっき自分で"こんなもの"と言ってしまった手前、何と返していいか上手い言葉が見つからない。

「...やっぱ、いらない...?」
「いや!いる!」
「ちょ、焦凍くん...声...っ」
「お...悪ぃ。...なぁそれ、貰っていいか?」
「う、うん」
「今読んでいいか?」
「だ、だめ...!」
「読みたい」
「い、今じゃなくても、寮に帰ってからゆっくり読めば...」
「今読みてぇ」
「...じゃ、じゃあ、私も読んでいい...?」
「あぁ、別にいいぞ」
「いいんだ...」

なまえは未だに抵抗感があるようだが、交換条件を俺がすんなり飲むと、諦めたように自分が書いた手紙を俺に渡した。
封筒から中身を取り出して読むと、色んなことが書かれていた。付き合う前に俺と話せた日には手帳に丸をつけていたこと。付き合ってからは、俺の人目も幅からずくっついてくるところが困るけど、でもいつも沢山好きだと伝えてくれるのが嬉しいこと。実は俺のことを知ったのは雄英に入るよりも前だったこと。彼女らしい丁寧な読みやすい字で、今日まで知らなかった色んなことを書いてくれていた。最後に、俺と一緒にいられる毎日が楽しくて幸せですと書かれていて、彼女が書いた一文字一文字すべてが嬉しかった。
手紙の内容を噛み締めていると、隣から突如鼻をすするような声が聞こえてきて、驚いて隣を見ると俺が渡した手紙を読みながら、なまえはぽろぽろと涙を流していた。

「...そんな泣かせるようなこと書いたか?」
「これは...っ、嬉し泣きだから...お構いなく...」

泣きながらも笑顔を見せる彼女を、まだ手紙を読んでいる途中にも関わらず俺は抱きしめた。彼女の髪からはいつもの少し甘い香りと、ほんのわずかな蕎麦粉の香りがする。

「ありがとな。ずっと大事にする。手紙も、お前も」

そう言って、彼女の頬に手を添えると、俺が何をしたいか察した彼女は、ゆっくりと目を閉じた。俺は吸い込まれるように彼女の唇にキスをした。

「焦凍くん...好き。大好き」
「ん。俺も好きだ」

俺はなまえが好きで、なまえも俺を好きで、一緒にいると楽しくて、幸せで。だから立派なプレゼントなんて無くても、綿密な計画など無くても、多分大丈夫なんだ。

俺たちは今この瞬間、ちゃんとこうして心が繋がっているのだから。

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どえらい長くなりましたが、今回も甘めでお送りしました。
轟くんとこの彼女は、二人ならではの価値基準を持っていそうな気がします。
2020.10.28

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