02 少女達の戯れ


大して目立つ訳でもない。取り立てて美人な訳でもない私がシンデレラ役になった理由は、その日の放課後に発覚した。

「いやー、思惑通りいってよかったよね。ナイスアイデア芦戸、葉隠」
「ね!大成功だったでしょ!?」
「なんかこっちまでドキドキするー!」
「ふふ、楽しみですわね!」

放課後の寮。共有スペースにて女子だけでの秘密の(?)集まりが催されていた。

「何してくれちゃってんの...もう...どうしよう...」
「だーっていつまで経っても進展しないんだもん!」
「いやそれは…そうなんだけど…」
「どうせ王子は轟に票集まるだろうなぁって思ってたし、これはチャンス!と思ったわけだよ!」

見えないけれど、葉隠さんはとても嬉しそうにぴょんぴょん跳ねて力説する。
どうやら意気地無しで普通に彼と話をするだけで満足してしまっている私に痺れを切らして、クラスの女子が結託したのだ。私にシンデレラをやらせて、轟くんとの関係を進展させるために。

「王子とシンデレラ、必然的に一緒に練習することになるわけだよね。ダンスシーンもあるし。これ機に、一気に轟とみょうじの関係が変わったりして」
「そんで付き合っちゃったりして!」

耳郎さんと芦戸さんがニヤニヤしながら面白がって言う。

「そ、そんなわけないでしょ!隣の席で話すだけでもやっと慣れてきたくらいなのに…」
「奥手だなぁ、もう!みょうじ、嬉しくないのー?」
「そんなことは...ないけど...」

嬉しくないと言えば嘘になる。
それにもしも、ほかの女の子がシンデレラ役になっていて、轟くんの隣にいたら。そう思うとやっぱり嫌だと思ってしまう自分がいる。例えお芝居だとわかっていても、みんなが私を応援してくれていることを知っていても、きっともやもやしただろう。けれど。

「私なんか、轟くんには似合わないっていうか...」
「何をおっしゃいますの!みょうじさんはとっても可愛らしいですわ!」
「そうよ。なまえちゃん、自信を持って?」
「それにさー、轟は超絶そういうの鈍そうだから、こっちが行動しないと多分一生伝わんないよ」
「そ、そうかな…」
「だってあんた、バレバレだもん。もうモロ態度に出てるもん。あれで気づかないとか轟鈍すぎ」
「なっ…!?」
「なまえちゃん、轟と話してる時、超かあいいよねぇ〜」
「いつもお花が飛んでいるのが見えそうになるわね」
「見ていて幸せになりますわ」
「...私って、そんなに分かりやすいんだ…」
「多分男子も何人か気付いてんじゃないかなぁ、緑谷あたりとか」
「あー、有り得る」
「そんなわけで!これはチャンスと思って、存分に活用したまえ!」
「活用って…」
「まぁ無理にとは言わないけどさ、みょうじは”気になる”とかじゃなくて、”好き”なんでしょ?轟のこと。このまま何もしないと後悔するかもだし、ウチらみょうじに絶対そういうのして欲しくないからさ」

先ほどまでにやけながら冷やかしていた耳郎さんが、真面目な顔でそう言う。

同じクラスで、隣の席の轟くんを好きになってもうすぐ1年半。
意気地無しの私が彼との関係を変えられるはずもなく、ずるずると片思いを続けている。彼が女の子に呼び出される度にモヤモヤして、彼が未だ誰とも付き合わないことに安心している。一人前に嫉妬はして、でも傷つくのが怖くて告白はしない。そんな自分をずるいと思っていても、臆病でいつまで経っても行動できないでいる。ヒーロー志望が聞いて呆れる情けなさだ。

「でもやっぱり轟くんは...迷惑だろうし...」
「なんで俺が迷惑するんだ?」
「そりゃあ...」




「って、きゃあああ!!」

沈黙の後、絶叫した私に流石の轟くんも少し目を見開いている。

「な、なな、なんでここに居るの!?」
「何でって、同じ寮なんだから居るだろ」
「あ、そ、そうだね!そうだよね!」

いつから居たの?どこから聞いてたの?というか轟くん、何で全然気配ないの?聞きたいことが沢山あるのに、急に、現れた轟くんにパニックになってしまう。
ほかのメンバーも話に夢中になっていて、轟くんがすぐそこに居たことを気づかなかったようで、全員焦りを必死に隠して神妙な顔になっている

「と、轟...いつから居たの?」
「今来たとこだが」
「じゃあ、今の話...」
「よくわかんねぇけど、俺が迷惑するとかなんとかってとこしか聞いてねぇ」
「そ、そうですか...」

女子全員で顔を見合せほっと胸を撫で下ろす。

「昼間言ってたやつか?」
「え?」
「文化祭の。昼間も言ってたろ、足を引っ張るとかなんとか」
「あ...うん!そう!それそれ!轟くんに迷惑かけたら申し訳ないなぁって、それを今話しててっ」

我ながら誤魔化し方が下手くそすぎるが、轟くんは特に表情を変えず、そうか、と一言。エレベーターの方へ身体を向け、歩き出す。良かった。その前の話を聞かれていたら今すぐ荷物をまとめて実家に帰りたくなるレベルだ。

このまま部屋に戻ってくれるなら良かった。そう思ったのも束の間、彼は立ち止まって、あ。と思い出したようにまたこちらに戻ってくる。やばい何だろう、怖い。

「練習一緒にやるか?」
「...え!?」
「台本ざっと見た限り一緒のシーン結構あんだろ」
「まぁ、うん...そだね...」
「俺も演技とかよくわかんねぇし、一緒にやってくれる奴がいると助かる」
「えと...その、いや...」
「ダメか?」

轟くんが首を少しだけ傾げて聞く。どうしよう、と助けを求めるようにみんなの方を向くと、ニヤニヤしながら全員で握った拳の親指を立てたお馴染みのサインを出している。

「よ、ヨロシクオネガイシマス...」
「あぁ、宜しくな」

“また後で連絡する”、と言い残して、彼は今度こそエレベーターの方へ歩き出した。
あれ、今一体何が起こったんだっけ...。私何喋ってた?ちゃんと会話できてた?今確か轟くんが練習を一緒にとか...後で連絡するとか...ダメだもうキャパオーバーだ。頭が真っ白だ。




「...あら?なまえちゃん?」
「大変です!フリーズしてらっしゃいますわ…!」
「おーい、戻っておいでー」

耳郎さんにポン、と肩を叩かれてハッとする。

「ど、どどどどうしよう!?」
「ははっ!めっちゃ焦ってる!」
「やったね!しかもむこうからのお誘いだ!」
「これ脈アリなんと違う!?」
「轟、ファインプレー!」
「ついでにデートの約束取り付けちゃえ!」
「そんでもう告白しろ、告白」
「ひとまず後で連絡するって言ってたから、そこに期待だね!」
「後で連絡って……メール?電話?電話とか無理!耳元で轟くんの声なんか聞いたら死んでしまう!!」
「あははっ、かあいいねぇ〜」
「恋する乙女ね」

一緒に練習する、劇中のシンデレラと王子の各シーンをやるということになる。手を取り合ったり、一緒にダンスを踊ったり、台本を読んだ限り、最後には結婚式のシーンもある。それを轟くんと練習するなんて、嬉しさより恥ずかしさの方が大きすぎて、想像するだけでどうにかなりそうだ。
あぁでもひとまず後で連絡すると、彼は言っていたし、まず私がすべきことをしなくては。

「よし、もう大丈夫。ひとまずメールでも電話でも、どっちでも対応できるように、正しいメールの文章と電話応対についてネットで調べて…」
「いや、あんた全然大丈夫じゃないし、ひとまず一旦落ち着きな」

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2020.10.7

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