03 耳元で君を感じるその夜に


「今日はすごい1日だったなぁ......」

自室のベットに寝転がり、今日の出来事を思い出す。
あの後も、急展開に追いつかない私を置き去りにして、クラスの女子達は盛り上がっていた。

『轟はストレートに言わなきゃ絶対伝わんないよね〜、きっと』
『手紙とかも良さそう!なんか古風なの好きそうじゃない?』
『和室にお住まいですしね!』
『いや、そこ関係ある...?』
『轟ちゃんはどんな女の子が好きなのかしらね...』
『男子にリサーチ出来ないかなぁ??』

そんな話が結局夜の23時頃まで続き、明日も授業ですから、という八百万さんの言葉で名残惜しくも(?)作戦会議は中断となった。
文化祭のシンデレラの劇で、まさかのシンデレラ役になって、その恋の相手である王子様役が片思いの相手である轟くんで。それだけでも凄いことなのに、その彼から一緒に練習しようと声をかけられるなんて。
しかし今、そんな嬉しい出来事とは裏腹に、私は非常に悩んでいる。




「...やっぱり、何度見ても夢じゃない」

スマホの画面にはメッセージの通知が1件。送信元の名前は"轟焦凍"。片思いの彼の名前が表示されている。
通知にはメッセージの冒頭部分しか表示されないが、その一文が目下悩みの種である。

"電話の方が早いから、暇になったら連絡くれ"

「電話とか…無理むりムリ…」

電話となると、ダイレクトに轟くんの声が私の耳に届くわけで。あの轟くんの、低くて少しだけ気怠そうな、あのかっこいい声が。それを考えただけで顔が熱くなってしまう。私も相当重症だ。
通知を見ただけで、メッセージアプリを開いてはいないので、私がこれを読んだことは彼にはわからないが、この通知が届いたのが37分前。だけど明日も普通に学校だし、そろそろ返さないと遅くなってしまう。

うーん…待ってはいない気はするけど、もしも万が一、ということもあるし。

「そ、そうだよ…電話の声って実際には本人の声じゃなくて、似た声を機械が合成してるだけって言うし…。うん!そう!向こうの声は轟くんじゃないの!機械よ機械!」

意味不明にテンションを高め、無理やり自分にそう言い聞かせて、ついにメッセージアプリを開く。あくまで今見た体を装い、"気づくの遅くてごめんね。今なら大丈夫だよ"と当たり障りない返信を送る。

「お、送ってしまった...」

絵文字とか何もつけなかったけど、あった方が良かったかな、と、今更どうにもならないことを女々しく考えていると、私の送ったメッセージの横に、すぐに既読マークがつく。
たったそれだけなのに、すごく気恥ずかしい。轟くんが見た。私が送ったメッセージを。友達に送る時はこんなに意識することはないのに、どうして好きな人だとこんなにそわそわして、一挙一動してしまうんだろう。




ヴヴヴ...

「ぅわっ!?」

既読マークにそわそわしていたのもつかの間、スマホが振動する。画面には再び"轟焦凍"の名前が表示されている。

落ち着け。そう。今から聞こえる声は”機械の音”よ。”轟くんの声”じゃないから。

再びそう自分に言い聞かせて、すぅと息を吸い、通話開始のボタンをタップする。

「...はい」
"なかなか出ねぇから寝たのかと思った"

すぐ近くに、轟くんがいるみたいだ。ほんの少し前に機械の音だと割り切ったのに、もうすでに頭がおかしくなりそうだ。電話越しだけでこの破壊力とは想定外だ。

「みょうじ?」
「あっ、ごめん…!えと、ちょっとバタバタしちゃって...」
"忙しいのか?なら別に今じゃなくていいぞ"
「いや!違うの!なんて言うか…バタバタしてたのは物理的にって言うか!」
"物理的...?何かあったのか?"
「え...っと、あ。そう、虫!結構大きいのが部屋に入ってきちゃって!でももう大丈夫だから!」

轟くんからの着信にあたふたして出るのが遅くなりました、なんて口が裂けても言えるわけはない。

"そうか"
「それで...えっと練習のことだよね?どうしよっか...明日から読み合わせだけど...」
"それは後でいい。それよりお前、今週の土曜日空いてるか?"

土曜日?学校のある平日じゃなくて?
ちょっと待って、まるでデートの誘いみたいなその口調は何。勘違いするからやめて欲しい。

"ちょっと付き合って欲しいところがある......っておい、聞こえてるか?"
「あ、うん。ちゃんと聞いてるよ...」
"ならいいが"
「でも、どこ行くの?わざわざ休みの日に...っていうか、一緒に行くの私でいいの?」
"この状況でみょうじの他に誰がいるんだ?"

それはそうだけど、私が聞きたいのはそういう意味じゃない。もちろんそんなことは言えないが。

「ソウデスネ...」
"で、どうなんだ?"
「え...あっ、はい!暇です!暇じゃなくても暇です!」
"無理にとは言わねぇから、ほんとに暇なら付き合ってくれ"
「大丈夫!本当に暇だから!」
"土曜日の10時にエントランスでいいか?"
「は、はいっ!畏まりました!」
“なんでそんな喋り方なんだ”
「え!?あー、えっと…なんとなく?」
“よくわかんねぇ”
「いいの、わかんなくて。あんまり気にしないで…」
“そうか”

あぁもうやだ。絶対変に思われた。轟くんと話すことに、少しは慣れてきているつもりだったけど、全然ダメだった。むしろ距離的には、電話の方が遠くなっているはずなのに、耳元に感じる彼の声に合成された機械の音は、的確に私の心拍を上昇させて、教室にいる時のように自然に言葉が出てこない。

“……なんか、いつもと違ぇな"
「え?」
"声、すげぇ近いよな。電話だから当たり前か"
「そ...そうだね」
"じゃあ、もし都合悪くなったりとか…なんかあったら連絡くれ"
「うん、じゃあまた...おやすみなさい」
"あぁ、おやすみ"



ツー、ツー...。

通話終了の音が聞こえる。彼が電話を切ったのだ。
誰かこの状況を説明して欲しい。出来れば八百万さんか飯田くんか、緑谷くんあたりに。この際怖いけど爆豪くんでもいい。
結局劇の練習の話はせず、何故か土曜日に轟くんと出かける話になっているのだが、これは何の夢物語だ。それとも私の妄想力が生み出した何かなのか。彼は一体どういうつもりなのだろう。電話越しで聞いた彼の言葉が、頭の中で何度もリフレインする。”土曜日空いてるか?”、”付き合って欲しいところがある”、台詞だけ切り取って文字に書き起こせば、どう見てもデートのお誘いのような言葉のチョイスだ。しかし、失礼を承知で言うけれど、相手は耳郎さんいわく”超絶鈍い”轟くんだし、きっとそういう意図はないのだろう。
それを分かっていても、好きな人と夜に電話をして、好きな人から休日の外出に誘われたというこの事実に、胸を湧き上がらせずには居られない。轟くんに片思いをしてもうすぐ1年。こんな日がやってくるなんて思わなかった。

「結局どこに行くかは教えて貰えなかったけど、どこに行くんだろう…」

彼の真意は今ここで考えていてもわからないのでひとまず置いておこう。彼の意図がどうであれ、新しい悩みがまた出来てしまったのでそれを解決しなくては。

「着ていく服が、ない…!!」

一難去ってまた一難。明日も学校だと言うのに、クローゼットを開けてひとり頭を抱える。せっかく轟くんからおやすみと言って貰えたのに。
今夜はたぶん、眠れそうにない。

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2020.10.7

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