05 それは永遠のような何か


その後、着替えてわざわざまた保健室まで来てくれた轟くんと寮に戻ると、共有スペースにいた麗日さん達が心配そうに駆け寄ってきた。

「なまえちゃん、大丈夫!?熱あったって聞いたけど...」
「まだちょっとふらつくけど、熱もだいぶ下がったし、平気だよ」
「今日と明日は大事をとってゆっくりお休みなさって下さい...明日のノートはお任せ下さい!」
「これゼリーとか...なまえちゃん食欲無いかなとも思ったけど、一応買ってきた!食べれる時に食べて!」
「皆ごめんね、ありがとう」

みんなの優しさが身に染みて、少し泣いてしまいそうになる。

「みょうじ涙目だぞ、大丈夫か?」
「これは嬉し泣きなので...」
「そうか、ならいい。じゃあ俺は戻る。お前も早く部屋戻って寝ろよ」
「あ...うん...。何か色々ごめんね...ありがと...」
「さっき言ったこと、忘れんなよ」
「...はい.........」

そう言うと、轟くんはエレベーターの方へと歩いて行く。さっき言ったこと、と言われて保健室でのことを思い出す。

「顔また赤いけど...平気?」
「あ、いや...これは...」
「.........さてはみょうじ、轟と何かあったな!?」
「確かに。2人で戻ってきたし」
「"さっき言ったこと”って何のことなのかな〜?」
「えっ!?」

葉隠さんの表情は見えないけれど、芦戸さんと耳郎さんがニヤニヤしながら私を見る。何かあった"と言えば”あった”のだが、始めから説明するのは時間がかかりそうだし、何より恥ずかしいが過ぎる。思い出すとクラクラして、冷静に言語化できる自信が無い。だいぶ下がったはずの熱がまたぶり返したように顔が熱い。

「さらに赤くなった...」
「まさか!?まさかなの!?」
「ちがっ…えっと…その...」
「ま、でも今は元気になることが先だね。ほんとは根掘り葉掘り聞きたいんだけど」
「そうね。まずはそれが最優先ね」
「あ...うん」
「ゆっくり休んでね!」
「お大事になさって下さいね」
「元気になったら洗いざらい話してもらうからね〜!」

本当にみんな、優しい。

「うん…みんな、ありがとう...」

皆に御礼を言って一足先に部屋に戻り、シャワーを浴びて、自分の服を着てからベットになだれ込む。借りた服は明日洗濯しないとな...とぼんやり考えながら、瞼を閉じた。







朝になると熱もほとんど下がっていたが、八百万さんの言う通り、大事をとって今日の授業は休むことにした。ここのところ色々なことが続いていたが、久しぶりにゆっくりとした穏やかな時間が流れている気がする。
まだ食欲はそれほど無かったので、普通の食事は遠慮させてもらい、昨日皆がくれたゼリーをお昼ご飯代わりに食べる。

「あ、このゼリー美味しい」

どこで売っているか後で葉隠さんに教えてもらって、今度また元気な時に買ってみよう。




ヴヴヴ…


ゼリーを口に含みながらそんなことを考えていると、机の上でスマホの振動音が鳴り、すぐに音は静まる。いつもならそこまで気にしないのだが、何もすることがないからか、今日はやけに気になって机の上のスマホに手を伸ばす。
画面を見るとメッセージが来ている。

「...ぅわっ!......あ、危なかった......」

名前を見ると心臓が急激に跳ね、うっかりスマホを落としそうになる。メッセージは轟くんから。"体調どうだ?"と表示されている。今までも体調不良で休んだことはあるが、彼からこんな風にメッセージを貰ったことはなかったので驚いた。

本当に...こんなことされると期待しちゃうんだけどな...

名前を見るだけで心臓が飛び出しそうなくらいになってしまうのは、やはり保健室の出来事がまだ鮮明に記憶にあるからだ。寮に戻る道中で、お互いそのことには一切触れず、轟くんもいつも通りの様子だったけど、あれはどういうことだったのだろう。
朝になって熱が下がり、冷静になった頭で昨日のことを思い出すと、改めて不思議な出来事だったと思う。単純に心配してくれていただけなら、口で言えばいいだけで、わざわざあんなことをする必要はない。あんな、まるで恋人にするみたいなことを。轟くんの真意はいくら考えてもわからない。

昨日の出来事を思い出して悶々としながらも、”もう熱もないし、元気だよ!わざわざありがとう"と返事を送る。私が送信ボタンを押すと、この間と同じくすぐに既読マークが付いた。

"そうか。良かった。明日大丈夫そうか?"

明日...?スマホをホーム画面に1度戻す。今日は金曜日だ。




「......明日は...土曜日だっ!!」

色々ありすぎて曜日の感覚が無くなっていた。そうだ。だんだん状況が飲み込めてきた。出かける約束をしたのが水曜日。演習で倒れた昨日が木曜日。そして今日が金曜日。つまり明日は土曜日。
けれどいつもの土曜日じゃない。轟くんと出かける約束をした日だ。

「ど、どどどうしよう...!?服っ!あ、髪とかも...!」

勢いよくクローゼットを開ける。

あ、この光景デジャブだ。

あからさまに女っぽい服は引かれるとか聞くけど、かと言って耳郎さんみたいなかっこいい服は絶対に似合わない自信がある。そもそも目的地を聞かされておらず、何をするのかも分からないので、適した格好が分からない。
今日は久々にゆっくり過ごせると思っていたけど、どうやらそれは難しそうだ。明日は寝不足になる訳にはいかないので、夜更かしせず、できる限りのことをしよう。








「き、決められない...」

友達と出かける時なら、着たい服を選べるのに、好きな人と出かけるとなると、どう見えるかばかり気にしてしまう。
現在18時57分。あと少しで19時だ。
自業自得とはいえまた昨日みたいに周りに心配をかけたり迷惑をかけるのは良くない。なるべく早めに決めて寝ないと...。

「相手が轟くんでなければ適当に決めるのに...いや轟くんのせいじゃない...私の優柔不断め...」




コンコン、


頭を抱えているところに、部屋をノックする音が聞こえる。ひとまず広げた服をクローゼットに押しこんで、ボサボサの髪を手ぐしでとかし、鏡で自分の姿を確認してからドアを開ける。
ドアを開けると、白と赤のサラサラした髪が目に飛び込んでくる。

「お、起きてたんだな」
「.........」

まさかの本人登場で、びっくりして言葉を失う。

「大丈夫か?」
「あ...いや、なんて言うか...びっくりして。夢かと思って」
「夢じゃねぇぞ、足ついてるだろ」
「それは...幽霊だね。たぶん」
「そうか」
「ところで...どうしたの?」
「あれから返事ねぇから、様子見に来た」
「......あっ!」

そうだ。明日は大丈夫そうかと轟くんからメッセージを貰ったものの、明日が土曜日だということに動揺しすぎて、肝心の返事を忘れていた。そして私が返信をしなかったために、彼はわざわざここまで来てくれたのだ。

「ご、ごめんね!私うっかりしてた...」
「そうか」
「明日なら大丈夫!ちゃんと行けるよ!」

不安はあるが、せっかく轟くんから声をかけてくれたのだ。轟くんと出かけられるなんて勿体ないくらいだが、その機会を逃すなんてもっと勿体ない。

「ところで、今更なんだけど...明日ってどこに行くか聞いてもいいかな?」
「言ってなかったか?」
「電話の時には言ってなかった、と思う」
「悪ぃ。...みょうじが元気ならついでに渡そうと思って持ってきた」

ポケットに手を入れ、長方形の紙を取り出して私に渡す。

「チケット?」
「あぁ。舞台のチケットだ」
「あ、これ...そういうことね...!」

手渡された舞台のチケットは、私たちが約1ヶ月後に文化祭で演じる"シンデレラ"のものだ。こちらの舞台はプロがきちんとした劇場で行うものだが。

「これ、人気の劇団のやつだよね?轟くん、舞台とか見るの?」
「いや、これは.........たまたま貰った」
「へぇ、すごい偶然だね!なるほど...まぁプロみたいには出来ないだろうけど、すごく参考になりそうだね!」
「...まぁな」
「そっか、それで練習の前にって事だったんだ」
「あぁ」
「舞台なら動きやすさとか考えなくても良さそう...これで絞れそう...」
「何がだ?」
「え、あ!いやっ、こっちの話!」
「そうか。とりあえず渡したからな。それ忘れんなよ」
「うん。すぐお財布に入れとくよ!」
「...返事こねぇから、悪化してたらと思ったんだが、心配なかったな」
「ごめんね、返事ちゃんとしなくて...」
「無事ならいい。謝るな」
「でもありがとうね。わざわざ来てくれて...」
「ん。じゃあ俺は戻る」
「うん」

私が頷くと、轟くんの右手がそっと伸びてきて、私の頬に触れる。その瞬間に心臓がどくんと跳ね、顔に熱が集まるのがわかる。

「まだ少し熱くねぇか」
「そ、そんなことないよ...さっき熱測った時はちゃんと平熱だったし...」
「そうか」

私の顔が熱いのはどう考えても轟くんのせいだ。それに反して彼の手は少しひんやりとしていて、でもそれがなんだか心地よく感じる。

「また明日な」

私が無言で頷くとスっと手が離れ、彼が歩き出す。部屋に戻っていくその背中すらカッコよくて、目が逸らせない。エレベーターに乗り、ボタンを押すために振り返った彼と目が合う。やばい。気づかれた。でも今急に部屋に入ったら変に思われるだろうし...そんなことを考えている私に、彼は視線を逸らすことなく、落とすように笑う。その表情に余計に目が離せなくなり、エレベーターの扉が閉まる数秒間がまるで永遠のように長く感じた。

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2020.10.8

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