06 忙しないのが恋だから


「こんな感じでいいかな...」

本日7回目のファッションチェック。悩みに悩んだが、トップスは黒の7分袖のニット、ボトムはピンクグレージュの膝が隠れるくらいのフレアスカートにした。靴は秋っぽくダークブラウンのショートブーツ。舞台鑑賞ということなので、カジュアルすぎるのも場違いな気がして、そこそこに服はきちんとした印象に見えそうなものを選んだつもりだ。
時間は9時48分。そろそろ部屋を出てエントランスに向かおうと鞄にスマホを入れようとすると、ちょうど振動音が鳴る。画面を見るとA組女子のグループトークに、芦戸さんから"デート楽しんできてね!"というメッセージが表示されている。芦戸さんのメッセージの後、他のみんなからも続々と応援メッセージやスタンプが届く。

「もう...みんな面白がってるな...」

昨夜轟くんが自分の部屋に帰ったあと、入れ替わるようにして女子のみんながお見舞いに来てくれたのだが、同じ階の麗日さんが私の部屋に来ている轟くんに気づいていたようで、それからは30分近く質問攻めで、結局今日のことを話すことになったのだ。
みんなのメッセージに"行ってきます!頑張る!"と返事を送りながら、エレベーターで1階に降りると、共有スペースにいた上鳴くんと切島くんに話しかけられる。

「よー!みょうじ、2日ぶりじゃん!」
「みょうじ、もう体調大丈夫なのか?」
「うん。もう全然平気だよ」
「そっか!良かったな!」
「...ところでさぁ、なまえちゃん、今日はデートかなんかなの?」

上鳴くんがニヤニヤしながら聞いてくる。

「そういやみょうじ、今日はなんか雰囲気違ぇな!」
「ち、ちが...!ただちょっと勉強っていうか...」
「お相手は誰!?誰なんですかー!?」
「違いますからっ!」
「あやしー」
「...もう行くからっ、じゃあね!」
「おう、気をつけてな!」








2人との会話を切り上げてエントランスの前に行くと、既に轟くんがそこに居て、柱に寄りかかりながらスマホを見て立っていた。ネイビーのタートルネックのセーターに、黒いパンツを履き、いつものスニーカーじゃなくて少しカジュアルな革靴だ。寮生活なので私服を見る機会はあるが、今日は少し雰囲気が違う。私と同じように、何をきていこうかと考えてくれたりしたのだろうか。整った顔立ちは言うまでもないが、背が高くて足も長く、スタイルがいいので、何を着ても似合う。

スマホを見ているだけで絵になるとか...神様って不公平だ。





「ごめん、お待たせしました...」

轟くんがスマホから私の方に視線を移すと微妙な間が生まれる。彼は何も言葉を発さずにこちらをじっと見ている。




「あの...轟くん?どうかした?」
「...いや、何かいつもと違ぇから、驚いた」
「それは轟くんもで...雰囲気違ってて...」
「変か?」
「い、いや!そんなことないよっ!えと...素敵です」
「...そうか」

そう言うと、昨日の夜見せたあの笑顔を見せてくれる。...待ち合わせ時点でこの破壊力。今日1日で私の心臓は破裂するかもしれない。

「女の服とかはよくわかんねぇけど、」

そう言うと私の方へ手を伸ばし、巻かれた髪に指を絡めてくる。心臓破裂する”かも”じゃない。破裂する。

「いいな、これ。似合ってる」
「あ...ありがと...」
「ん。じゃあ行くか」







学校から舞台を見に行く劇場までは電車を乗り継いで40分くらいかかる場所にある。寮生活になってからは授業のある日は電車に乗らないので、同じ雄英生同士で電車に乗っているのは変な感じだ。

「私の舞台とか観るの初めてだ〜」
「俺もそうだな」
「なんかちょっと緊張してきたよ」
「今日は観る方だから大丈夫だろ」
「あはは、それもそうだね」

2人きりでちゃんと会話できるか不安だったが、話す分にはいつも通りに出来そうでほっとしている。

「.........そこ空いたぞ。座れよ」
「え、轟くん座っていいよ」
「俺はいい。お前が座れ」
「でも...」
「いいから座れ」
「う、うん...」

やけに強引だが、ここで譲り合っていても仕方がないので大人しく空いた席に座る。私が座ると轟くんが目の前に立つ。立っている時でも身長差が20センチほどあるのだが、座っているので余計に彼が高く見える。
1年生の時から高いと思ってたけど、多分また伸びてる。

かっこいいなぁ、やっぱり。

「みょうじ小さいな」
「えっ!」
「どうした急に大声出して」
「あ、いや...今、ちょうど轟くん背が高いなぁって思ってたから、心を読まれたのかと」
「さすがにそれは出来ねぇな」
「そりゃあそうだよ」
「読めれば楽なんだけどな」
「え?どういう意...」
「お、着いた」

目的地である劇場の最寄り駅に着いた。彼の言葉の意味はよくわからないが、あえてまた聞く程のことでもないような気がして、電車を降りる彼の後ろで言いかけた言葉を飲み込んだ。







改札前は大勢の人がいた。急いで道を歩く人、誰かを待っている人、電車に乗ってどこかに出かけようとしている人。きっとこの中には私たちと同じように舞台を観に来ている人もいるのだろう。

「おい、みょうじ」
「え?」
「ぼーっとしてると置いてくぞ」

改札前でうっかりぼーっとしていた私の数歩前で轟くんが立ち止まって言う。

「あ、ご、ごめんなさい…!」
「お前...ヒーロー志望なのにそんなんで大丈夫なのか?」
「そんなんとは...」
「小せぇし、結構ぼーっとしてるし......あと色々鈍い」
「しっかりしてる時もあるよ!...多分」
「多分が付くのか」
「ご迷惑をおかけしないよう、頑張ります!」
「別に今はいいぞ」

そう言うと、彼は少し意地悪な顔で笑う。普段落とすように笑う彼の、この笑顔は初めて見た気がする。何というか、年相応の、16歳の男の子の顔という感じ。彼はこんな顔もするんだ。彼がクールな人で良かったかもしれない。仮に上鳴くんのようにいつも笑顔の人だったら、今日を待たずしてとっくに私の心臓は止まっていた気がする。

「行くぞ。意外と時間ねぇ」
「は、はいっ!」

歩き出した彼に置いていかれないようについて行く。
駅を歩く周りの人達から、私たちはどんな風に見えているのだろう。友達?家族?それとも少しは恋人のように見えていたりするのだろうか。この人が私と同じように私のことを好きになってくれたら。当たり前に隣を歩けるようになれたら、どれほど幸せなんだろうか。この3日間で随分欲張りになってしまった私は、そんな事を思いながら彼の背中を見つめて歩いた。







「お、大きいね...」
「だな...思ってたよりでけぇな...」

目の前にある劇場の大きさに2人で唖然とする。こんな大きな舞台でお芝居するなんて、役者さんってすごい。

「とりあえず入るか」
「そうだね」




劇場の入口を入ると外の無機質な感じとは違い、古い西洋の劇場のような内装が施されている。シャンデリアのような照明からオレンジの暖かい光が包み、赤い絨毯が床一面にひかれている。所々に置かれたソファなどもアンティーク調のものに統一されている。

「すごいすごい!中も広い!」
「そうだな」
「中は日本じゃないみたい...!あ、螺旋階段ある!」
「...あぁ」
「あのソファとかいくら位するんだろ...高そう...座って壊したら大変だね…」
「.........ふっ」

私の言葉に表情を変えず相槌をうっていた轟くんが急に吹き出すように息を漏らす。

「な、何?」
「いや…みょうじ、すげぇ楽しそうだなと思って。お前もそういう風になったりすんだな」

普段とは違う非日常感についテンションが上がってしまったが、ふと我に返るとすごく恥ずかしい。しかもそんな所を轟くんに見られて笑われてしまうとは...。

「すみません...」
「なんで謝るんだ?」
「1人ではしゃいじゃって...」
「見てて飽きねぇな」
「見ないでください。出来れば忘れてください」
「いや、見るし忘れねぇし」
「いや、何で…!?」
「何でもだ。中行くぞ」
「あ、ちょっと待って轟くん…」




奥のホールに進むと、入口付近と同じ雰囲気の客席と舞台がある。さすが人気の劇団と言うだけあって、会場の席はほぼ人で埋め尽くされている。チケットに書かれた座席の番号を確認しながら、私達も席に着く。開演まであと数分だ。観る側なのにまた緊張してきてしまった。落ち着け私。

「ホールもすごいね...」
「もっとはしゃいでもいいぞ。さっきみたいに」
「...轟くん、今日は意地悪だ......」
「悪ぃ。気に触ったか?」
「え?いや、ただ恥ずかしいだけで...」
「そうか?」
「そうだよ」
「.........可愛いのにな」

照明が落ちて、会場が静かになる。




聞き間違いだ。うん。そうに違いない。だって轟くんがそんなこと、言うわけない。
私がそれ以上何も言えないで居ると、耳のあたりになにか近づいてくる感覚。

「なぁ、聞こえてるよな?」

耳元で小さく、でも確かに聞こえる低い声。身体が動かない。そこで轟くんがもう一度口を開く。




「お前のことだからな」

彼の言葉が耳に届いた直後、ブザーの音と共に舞台の幕は上がった。

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2020.10.8

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