07 全部まとめて、君のせい


さすがプロ。まだ途中だがその一言に尽きる素晴らしい舞台だった。役者さんの演技ももちろんだが、舞台のセットや衣装など、安っぽさや手作り感がなく、絵本で読んだことのあるシンデレラの世界観をそのまま抜き出したような素晴らしさだった。

「はぁ...すごい素敵だったな...」

舞台を終え、化粧室の鏡の前でつい独り言をこぼす。中でも素敵だったのはシンデレラと王子様のダンスのシーンだった。流れる曲に合わせて2人が歌いながら舞台を踊る。その周囲にはキラキラとした光が舞う演出がされ、天井は満点の星空が映し出されていた。
素敵だった。あんな風に、轟くんと踊れたら...とか、そんな恥ずかしいことまで想像してしまうほどに。だけど。

「も、戻りづらい...」

舞台の内容はしっかり見た。けれど開演前のあの出来事のことはずっと頭から離れず、時折思い出しては胸がざわつき、それは今も続いている。あれはどういう意味だったのだろうか。先日の保健室でのこともそうだが、轟くんの真意がまるで掴めない。
今までなら、その理由は怖くて絶対に聞かなかったと思う。自惚れていると思われたらどうしよう、そう思って聞けなかっただろう。でもここ数日で急に縮まった彼との距離、色々な出来事を経て、私は今その答えを知りたくなってしまう。







「遅かったな」

ロビーに戻ると、あの高そうなソファに轟くんが座って待っていた。

「ごめん、混んでて...」
「そうか」
「...あ、えっと、舞台!良かったね!女優さん凄い綺麗だった!」
「まぁな」
「人気なのも頷けるというか、演出とかも凄くて...」
「みょうじ、」

私の話を轟くんが遮る。

「この後、まだいいか?」
「...え?」
「この後、暇かって意味だ」
「まぁ...今日はずっと暇だけど...」
「じゃあもう少し付き合ってくれ」
「他にどこか行きたいところあるの?」
「腹減った」
「あぁ...なるほど。ふふ、そうだね。もう13時だしね。じゃあお蕎麦食べる?」
「...いや、いい」

半分冗談、半分本気で尋ねると、意外な返答が返って来る。

「え...珍しいね?毎日食べてるのに...」
「お前は何が食いたいんだ」
「私?」
「あぁ。みょうじが決めてくれ」
「でも......」
「じゃあ言い方変える」
「え?」
「みょうじの好きなもんがいいんだ」

真顔でそう言われると、ただの雑談なのに妙に照れてしまうのは何故だろう。

「そ、う...ですか...」
「そうだ」
「......好きっていうか、行ってみたいっていう興味なんだけど」
「それでもいい」
「引かない?」
「聞かなきゃわかんねぇ」
「.........カウンターで...ラーメン食べてみたくて...」
「は?」
「えっと...女子でご飯食べようってなると、そういうとこには行かなくて、だから一度お店のカウンターでラーメンが食べてみたいなぁと日頃から思っていまして...」




沈黙が流れる。あれ、私まずいこと言ったかな。女子のくせに色気のないもの選ぶ奴って思われた?やっぱり引かれた?引かれちゃった...?あぁでももう言っちゃったし取り消せないし...!でもとりあえずこの沈黙は辛すぎる。

「ご、ごめん!今の忘れて!本当に!興味本位って言うか...」
「............ふっ」

沈黙を破ったのは吹き出したように笑う轟くんだ。

「ちょっ...笑わないで!」
「いや...悪ぃ。意外すぎて。...ふっ」
「......変なやつって思った...?」
「思ってねぇ」
「女っぽくないって思ったでしょ...」
「別にいいんじゃねぇか」
「いいよ、そんな気をつかってくれなくても...」
「そんなつもりはねぇ」
「嘘だぁ...」
「...意外と意地っ張りだな、お前」
「そんなことない...はずです」
「まぁいい。じゃあ行くか」
「え?」
「適当に駅前でいいか?そういう店なら結構あんだろ」
「ほ、本当にいいの?」
「言っただろ。お前が好きなもんがいいんだって」

ほら行くぞ、と私の手を引いて轟くんが歩き出す。

「え...っと、あの...」
「こっから駅まで人多いだろ。お前はふらふらすぐどっか行きそうだ」
「い、行かないよ...どこにも」
「いいから。ちゃんと俺の手掴んでろ」

遠慮がちに彼の手を握り返すと、一瞬彼の手が開き、今度は指を絡め取られる。私の少し前を歩く彼の顔は見えず、どんな表情をしているのかはわからない。私の顔は真っ赤だ。鏡を見なくてもそれは断言出来る。
私より大きくて骨ばった、男の子の手。好きな人の手。その手の暖かさを享受しているのは、紛れもなく私の手だ。

「轟くん...」
「なんだ」
「...なんでもない」
「嫌だったか?」
「え...」
「手ぇ繋ぐの、嫌か」
「嫌...じゃないよ...」
「そうか、良かった」

そう言って、少しだけ轟くんの指に力がこもる。心臓が飛び出しそうなくらいにうるさい。痛いくらいに。
何がなんだかわからない。私を一体どうしたいんだろう。髪に触れたり、可愛いと言ったり、手を繋いだり。これじゃまるで恋人みたいじゃない。

どうしてそんなことするの?って、いっそ聞いてしまえれば良かったのに。







「ラーメン2つ、お待たせしました」
「ありがとうございます。あと、すみません。わざわざ席を変えていただいてしまって...」
「いえいえ!」
「轟くんもごめんね、お店の人に頼んでもらっちゃって...」
「俺が勝手に言ったんだ。気にするな」
「ありがとう」

劇場を出て遅めのお昼ご飯を食べることにしたのだが、13時台でも駅前のお店はとても混んでいたので、駅から少し歩いたところにあるお店に入ることにした。”カウンター席でラーメンが食べたい”という何とも可愛くない私の希望で、ラーメン屋さんに来た。お店に入ると席自体は空いていたものの、カウンター席はすでに埋まっていたため、始めはテーブル席に通されたのだが、カウンター席からちょうど二人で来ていた他のお客さんが帰ると同時に、轟くんが店員さんに”席を変わってもいいですか”、とわざわざ頼んでくれたお陰で、私は今、念願叶ってカウンター席でラーメンを食べようとしていた。

まさかこの瞬間に轟くんが隣にいるとは思わなかったけど。

「ん、美味しい!ちょっと外寒くなってきてたから、あったまっていいね!」
「そうだな。蕎麦にしなくて良かった」
「ふふ、それはそうかもね」
「夢が叶って良かったな」
「うん!」
「...何か良いな、こういうの」
「え?」
「同じもん食って、美味いなって思うの、何か良いな」
「うん。そうだね。寮でもいつもそんな感じな気もするけどね」
「まぁ、それはそうなんだが。よくわかんねぇけど、それとは違ぇんだよな...」
「そうなの?」
「...お前だからかもな」
「は、はい?」
「みょうじと飯食ってんのが、なんか居心地いいんだ。多分」

またそんな、期待させるようなことをあっさりと言ってしまうんだから。轟くんは。

「お、お役に立てたのなら、何より、です...?」
「あぁ、ありがとな」

おかしいな、もう食べ終わっているはずなのに。身体がさっきより熱くなってきた。

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2020.10.11

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