星に願いを


「今から星を観に行こうと思います!!」
「おひとりでどーぞ」
「ひどいっ!」

今日が昨日になって少しした頃、ふと外を見ると今日は雲ひとつない真っ黒な夜が広がっている。我が家の周辺は宮城でも割と都会の方だけど、少し歩けばすぐに満天の星が見える。
最近どこも出かけてないし、星空の下を恋人同士が歩くなんて、超ロマンチック!ナイス私!そう思ったのだけど。

「今日は絶対綺麗だって!ほら、めっちゃ晴れてるし!流れ星とか見えそう!」
「その根拠の無い自信はどっから来るのさ」
「女の勘ってやつ?」
「ドヤ顔やめてくれる?あと君にそんな大層なものは備わってるとはとても思えないね」
「なんてこったい。それは私も同感だ」

読んでいた本から視線を一度もこちらに向けることもなく、よくわからない難しそうな本を読み続けている蛍。このすました顔が、ちくしょう憎たらしい好きだかっこいい。
この様子だと読書をやめるつもりはなさそうだ。
仕方がない、一人で行くか。とソファに無造作に置いたパーカーを手に取る。

「はぁ...ちょっと待って。上着クローゼットから持って来るから」

先程まで読んでいた本をパタ、と閉じて立ち上がる。今更だが君やっぱでかいな。

「え、ついてきてくれるの?」
「こんな時間にひとりで行かせられるわけないでしょ。仮にも一応女の子なんだから」
「蛍優しい。好き」

“仮”とか”一応”とか失礼なワードがついていた気がするけど今回は見逃そう。

「すぐ帰るからね。3月だけど外寒いし、風邪ひきたくないから」
「わかってるよ!私もそれは同じだし!」
「バカは風邪ひかないよ」
「ひどっ」







2人とも上着を羽織り、一緒に暮らすマンションを背に歩き出す。

「きーらーきーらーひーかーるーおーそーらーのーほーしーよー」
「ねぇ、他人のフリしていい?」
「何だよ、つれないな。せっかく久しぶりに2人で歩いてるのに」
「......ところでなんでそんな荷物があるわけ?」
「聞きたい?聞きたい?」
「結構ですけど」
「ふふ、ひみつー!」
「人の話聞きなよ」

ここのところ、お互い仕事が忙しく、休みも働く時間もズレていることから、なかなか2人で出かけることは出来なかった。ようやくひと段落着いて、今日はゆっくりイチャつき倒そうと思ったのに、この男は私という可愛い彼女を無視して一人で読書ときたものだ。読書をしている蛍はかっこいいし、それを見るのは好きだ。でも久々にちょっとゆっくり出来る夜に、よくもわからない紙の束を選ばれるのは納得いかないのだ。

「なまえ、どこまで行くの?」
「あの、ちょっと坂登ったとこにある公園!」
「げ。あそこの坂長いじゃん」
「いい運動にもなるでしょ?ポジティブシンキングよ、蛍」
「君のはただのお気楽でしょ」
「おいこらメガネ、さっきから口が過ぎるぞ」

長い坂道を登り、少し進んだ先に目的の場所はある。ベンチが2つ、中央に石造りの螺旋状の滑り台が1つあるだけの、とても小さな公園だ。







「やっぱ誰もいないね」
「当たり前でしょ、今何時だと思ってるの」
「あ!この上で観ようよ!」
「はぁ?君いくつなの」

私が公園の滑り台を指さすと、あからさまに嫌そうな顔をする蛍。

「だって高いところの方がいいじゃない」
「大して変わらないでしょ」
「そりゃあ蛍はそんだけでかいんだからそうだろうけど。じゃあいいもーん。独りで行くから!」
「あ、おい...!」

蛍を置いてそくささと滑り台の階段を登り、腰をおろす。子供用の遊具なので大した高さでは無いのだが、不思議と空気が先程より澄んだような気がする。




「わ!やっぱ綺麗だねぇ!!」

見上げると沢山の星、星、星。
はるか遠くまで広がるこの黒い夜空に、大小無数の煌めきが散りばめられている。

「何勝手にひとりで観てるの」

不機嫌そうに、滑り台の下から蛍が見上げて言う。

「だって蛍がさっきから文句ばっかり言うんだもん。坂が長いとか、ガキに付き合ってられるかとか」
「後者のは完全にそっちの解釈の問題でしょ」
「ふーんだ。いいもん。蛍にはこれあげないから」

背負っていた大きめのリュックを見せびらかすようにした後、膝の上に乗せて開ける。中には毛布と暖かい紅茶を入れたタンブラー2つ。3月とはいえ宮城の夜はまだ寒いので、備えあれば憂いなしというやつだ。

「いつの間に準備したのそれ」
「蛍が上着取りに行ってる時にね」

毛布にくるまり、まだ熱いくらいの紅茶を一口含む。うん、もうちょっと冷めないと飲めないな、これは。そう思ったので一度蓋を開けたままそっと脇にタンブラーを置く。




「何なの、そこで暮らす気なの?」

先程まで下から聞こえていた声がすぐ後ろで聞こえる。振り返るとやれやれ、といった表情の蛍が居る。

「今更来ても入れてあげないよ〜だ!」
「ほんとなまえって子供っぽいよね」
「うるさいやい」
「...仕方ないな」

そう言うと、蛍は後ろから毛布ごと私を抱きしめる。

「何よ、これは」
「まぁ、かさばる上にうるさいカイロだけど、ないよりはマシかなって」
「文句言うなら離してよ」
「嫌だけど」
「はーなーせー」
「もう黙って」

黙って、と言ったと同時に、顔をくいっと後ろに引き寄せられる。その直後に唇に冷たく柔らかな感触。さっきの紅茶で暖まった私の唇の熱を、冷たい蛍の唇が奪っていく。




「...今、そういうタイミングだった?」
「別に」
「素直じゃないなぁ〜、私の事大好きなくせに」
「そうだよ」
「へ?」
「なまえが好きだから。だからキスしたんだよ僕は」
「......急にそのデレは反則じゃない...?」
「うるさいよ。さっさと入れろよこの中」
「ふふ、しょうがないなぁ」

自分に巻いていた毛布を広げ、蛍の身体も包むようにする。もともと大きいものを持ってきたから、先程よりも丁度いいくらいだ。

「あ!ねぇ今!ちょっと流れたよ!」
「気のせいじゃないの?」
「もー!あ、願い事しとこ!」
「いや、流れた後なら無効でしょ」
「蛍とずーーーっと一緒にいられますように!!」
「......馬鹿じゃないの」
「ひどいっ!!」

ふ、と笑う声がする。見えないけれど、どうせいつもの嫌味な顔をしているのだ。その憎たらしい顔を想像するだけでもムカつくので、頬でもつねってやろう!そう思って蛍の方をむく。

「あれ...」

つねってやろうと思った右手が止まる。だってこんなの想定外だ。意地悪どころか、とても穏やかで優しい顔をしているんだから。

「ホント馬鹿だよね、どうせ叶うのに」

愛おしそうにそう呟く。あぁもうずるい。好き。




「もーーーー好き!!!」
「あっそ」
「そっけな!」

星に願いが届かずとも。あなたとずっと、一緒に。

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この二人は多分結婚すると思います。お似合いですね。
2020.10.7

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