喧嘩するほど愛してる


「もう蛍なんか知らないっ!」
「別に知って欲しくないからいいですけど」
「この捻くれ者!偏屈!むっつりメガネ!!」
「むっ…!?君一応女の子なんだから、言葉を選びなよ...」
「どうせ"一応"ですよーだ!」

いや、君も結構捻くれてるでしょ。そう言う蛍を無視して教室を出ると、ちょうど委員会を終えて戻ってきた山口くんと会う。

「山口くん聞いてよー!!」
「みょうじさん、またツッキーと喧嘩したの...?」
「うん!!」
「すごい自信満々に言うね...」

蛍と喧嘩をするのはいつもの事だ。捻くれ者の彼と、意地っ張りの私。付き合ってもうすぐ1年経つけれど、喧嘩の度に蛍の幼なじみの山口くんが仲裁をしてくれなければ、もしかしたら別れていたかもしれない。いや、もしかしたらではなく、間違いなく別れていただろう。

「今回はどうしたの?」
「誕生日...一緒に居られないって...」
「27日は、俺ら練習試合だからね」
「付き合って初めての誕生日なのに!」
「あ、そっか。確かに10月くらいだったもんね、付き合い始めたの」
「そうなの。記念日と誕生日、別々にお祝いとかは絶対嫌がるだろうと思って、蛍の誕生日の方に合わせようかなと思って、色々考えてたんだけど...」
「なるほど...それは...」
「それだけならさ、予定聞かなかった私も悪いし、仕方ないかなって思ったんだけど」
「え、喧嘩の原因違うの...?」
「その後なんて言ったと思う!?"高校生にもなって誕生日なんかで騒いでバカじゃないの。下らない"って!酷くない!?」
「言いそうだね...凄く...」

確かにもう子供じゃないし、15歳が16歳になったところで何がどうということは無い。蛍の主張は正しいのだ。
でも仮にも付き合っているのだから、多少は特別な関係ということで、その相手と、年に一度の誕生日を過ごしたいと思うのが、そんなに下らないことだろうか。

「何か...蛍から付き合おうって言われたけど、蛍は私の事別に好きじゃないんじゃないかなって最近思うようになってきたんだよね...」
「そんなことは...嫌な相手と付き合える程、ツッキーは気が長くないというか...」
「そりゃあ嫌いな相手とは付き合わないだろうけど、好きかどうかはまた別の話じゃん...」

あぁ、何だか自分で言っていて悲しくなってきた。
山口くんも困った顔をしている。そりゃあそうか。偏屈な幼なじみと、その彼女の板挟みにされているのだ。しかも一度や二度の事ではなく、毎回こうなのだから。

「大丈夫だよみょうじさん、元気だして」
「山口くんの優しさ...プライスレス...蛍に爪の垢を煎じて飲ませてやりたい...」
「はは、じゃあ俺そろそろ部活に行かないとだから...でも、絶対大丈夫だよ。だから元気だして」
「うん...ありがと...」



山口くんと別れ、学校を後にする。
スマホを見ても、蛍からは着信もメッセージもない。当然今日部活である彼が追いかけてくることもない。

山口くんは大丈夫だと言ってくれたが、思えば付き合おうと言ったのは蛍だけど、一緒に帰るのも、デートに行くのも、会えない時の電話やメッセージも、いつも私からだ。蛍の方から"会いたい"とか、"好きだ"とか、そんな言葉を聞いたことも無い。
本当はもっと会いたいし、連絡だってしたい。
でも蛍はきっとうざいと思うだろうと思って、絶対に気づいていないだろうが、私なりに気を遣っていたのだ。それなのに。

「蛍のばーか...」

誰にも聞こえない程の小さな声で、そこには居ない恋人に、精一杯の強がりを吐く。馬鹿みたいだ。私ばっかり好きみたいで、色々考えてから回って。おまけに下らないなんて言われて。
今日は大事に取っておいた、取っておきのチョコを食べてやる。例え何かの奇跡が起きて、蛍が私に連絡をくれても、絶対無視してやるんだから。
というか、帰り道の間もずっと蛍のことを考えている自分にも何だか腹が立ってきた。いいのよ、もう。あんな偏屈な男知らない。

家に着き、乱暴に鞄をベッドに投げたあと、スケジュール帳を取り出して、9月27日にバツ印を付ける。
どうせ会えないなら、こんな日付なくなってしまえばいいんだ。







いつの間にか部屋のベッドでうつ伏せのまま寝てしまっていた。身体を起こし、スマホの画面を見ると、時間は19時05分。着信も、新着メッセージの通知もない。まぁ、わかってはいたけれど。
そうだ。チョコを食べようと思っていたのだ。そう思ってリビングに降りる。今日は両親が2人で出かけているので、ダイニングテーブルに母が作ってくれたご飯が置いてある。晩御飯の前だけど、今日くらいはチョコをやけ食いしたっていいはずだ。



「娘はこんなブルーなのに...親はデートかちくしょう」

戸棚からまだ開けていないチョコレートの箱を出す。前に親戚から貰ってすごく美味しかったから、甘いものが好きな蛍にも食べてもらおうと思って、自分用に取り寄せたものだ。

「もう絶対にあげないもん」

ひとり虚しい強がりがリビングに響く中、チョコレートの入った箱を開ける。ひとつ摘んで口の中に入れると、幸せな甘さが広がる。なのに、何故だろう。あの時食べた程の喜びは無く、まるで違うものを食べているようだ。

「思ったより、ダメージ大きいなぁ...」

そっか、私元気ないんだ。だから美味しくないんだ。
もう知らないと自ら離れていったのは、追いかけて欲しいの裏返しだ。蛍が追いかけてこないタイプだなんて、わかっているはずなのに。
私ばかりが好きで、一緒にいたくて。こんなふうに一方的な関係に、何の意味があるのだろう。

「メッセージくらいよこせよ...蛍のアホぉ...」

喧嘩の時には悔しくて、絶対見せられない。何より、面倒くさいと思われたくなくて。いつもこうしてひとりで泣いている。私は可愛くない女だ。




ピンポーン


そんな事を考えていると、運悪くインターホンが鳴る。涙の出る目を手で擦り、インターホンの通話ボタンを押す。

「......どうも」

インターホンの画面には、私の涙の原因である男、月島蛍が映っていた。

「は!?なん...っ!?」
「さっさと出てきなよ」

言われるがままにするのも癪だが、来てしまったものは仕方ない。玄関に行き、扉を開けると不機嫌そうな顔で蛍が立っている。本物だ。

「家に来るなんて大胆ですなっ」
「だって今日親いないって聞いてたし」
「...確かに言った気もする」
「そうじゃなかったらこんな方法使えないよ」
「ぶ、部活は...」
「はぁ...どっかの誰かさんがへそを曲げるから、仕方なく自主練止めて来てあげたんでしょ」
「へそを曲げたのは蛍のせいじゃん...」

そう言うと、さらに不機嫌そうに眉間にシワを寄せる。僕は間違ってない、そう思っている時の顔だ。

「.........僕は間違ってないと思うけど」
「言うと思った」
「でも......言い方が悪かったのは認める」
「この捻くれ者...」
「そういうなまえだって僕に謝るべきじゃない?」
「何でよ」
「僕は"会わない"なんて一言も言ってないでしょ」
「え?...だって、練習試合だからって...」
「練習試合は午前だけで、午後は普通に休みなんだよ」
「...は!?」
「誕生日なんて別にどうでもいいけど、どうせ君のことだから何か考えてたんでしょ?」
「......そうですけど」
「だから僕は午後からなら、って言おうとしたのに、話聞かずに帰るし、おまけにまた勝手にひとりで泣いてるし」

そう言うと、長い指で私の目じりに触れる。

「"また"って...別にそんないつも泣いてないし...」
「なまえなんかに僕が騙せると思ってるの?10年早いよ」
「慰める気ゼロだなおい...」
「それで、どうするの?27日。会う気あるの?無いの?」
「蛍が会いたいなら、会ってあげてもいいけどっ」
「ホント可愛くない」
「どうせ可愛くないし...そう思うならもっと素直で可愛い彼女作ればいいじゃん...」
「何それ、別れたいの?」
「だって私ばっかり好きで!いっつも全部私からで...っ」
「言っておくけど、別れてあげないよ」
「な、んで...?」
「......僕の事で笑ったり怒ったり、悩んだりしてるなまえは………嫌いじゃない。から」
「嫌いじゃなくても、好きじゃないでしょ...」
「はぁ...僕が好きでもない女子と付き合える奴に見えるの?」
「見えない...けどもっ」

わかってる。わかってるよ。山口くんの言う通り、蛍は好きでもない人と付き合ったりはしないって。仮にそんなことをするのなら、頭のいい蛍なら、こんなめんどくさい女より聞き分けのいい子を選ぶだろう。我慢して誰かと付き合うなんて、そんなことできる人じゃないのだ。
それでも、ちゃんと蛍の口から聞きたいのだ。好きな人から、”好き”と言って欲しいのだ。

「でも、ちゃんと...言葉に欲しいんだもん...」

めんどくさいって思われたく無かったのに。遂に口に出してしまった。




「はぁ...ホントに、バカだよね」
「バカじゃないもん」
「バカだよ。バーカ」
「バカバカ言うなっ!」
「あー...もう、うるさい」

蛍はイライラしたように、私の頬を両手で覆い、自分の唇を私の唇に押し当てる。付き合って1年近く経つのに、まだしたことのないその行為が、あまりにも唐突に訪れている。押し当てていた唇が、徐々に優しいものに変わって、ゆっくりと離れていく。

「な、な...」
「これで分かったでしょ」
「...わかんないもん」
「こいつ...」
「言って。お願い、蛍」
「...っ、好き、じゃなきゃしないから」
「蛍のバカ...」
「は?ちょっと、なんで僕がバカって言われなきゃいけないの」
「むっつりメガネ...」
「おい」
「でも、好き...」
「......知ってるよ」

そう言うと今度は私を自分の腕に収めて、私の頭をゆっくりと撫でる。こんなに甘やかしてくれるのは初めてで、これは夢なんじゃないかと自分の頬を抓る。

「痛い...」
「何やってんの」
「いや...もしかしたら夢かと」
「バカじゃないの」
「バカでいいもん」
「は?」
「蛍がこんなに優しくしてくれるなら、夢でもバカでもいい」
「.........ホントに、君ってバカだね」

いつもの棘のある言い方とは違い、優しさを纏った言い方で、もう一度私の頭を撫でる。
さっきまで不安で苦しくてたまらなかったのに、嘘みたいにそれが溶けていくのが分かる。
好きの力はすごい。




「ところでなまえ、なんでまだ制服なの。だいぶ前に帰ったでしょ」
「部屋で気づいたら寝てて...」
「は?じゃあ夕飯は?」
「まだ...」
「...夕飯まだなのに、チョコ食べてたの?」

そう言いながら蛍は意地悪に少しニヤリと笑う。先程のキスで私がチョコを食べていたことをちゃんと把握するところが流石というか、なんと言うか。

「チョコ食べてないで、ちゃんと夕飯食べなよ」
「ホントは、蛍にあげようと思ってたやつで...でも今日のことで...」
「やけ食いしようとしたんでしょ、どうせ」
「......はい」
「そんなことだろうと思った。ほら」

絶対冷めてるけど、と言いながら、茶色い紙袋を私に渡す。

「何これ?」
「コーチの店の肉まん。なまえ好きでしょ?」
「......買ってくれたの?」
「僕がお腹すいてたから、そのついで」
「ありがとう」

2人で家に入り、私は冷めてしまった肉まんをレンジで温め直して食べる。好きな人が自分のために持ってきてくれたものだから、そっちを食べさせてもらうことにした。作ってくれたおかずは明日ちゃんと食べるから、ごめんお母さん。と心の中で謝った。

「あ、そうだちょっとだけ食べちゃったんだけど、蛍これいる?」

先程まで食べていたチョコを蛍に見せる。

「いらない」
「えっ、いらないの?」
「もうさっき貰ったから」

蛍はそう言うと、自分の唇に指で触れてみせる。すごく意地悪な、でも嬉しそうな顔で言う。

「これからは容赦なく貰うから、そのつもりで」
「......の、望むところだっ」
「...言うじゃんか。生意気」

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ツッキーに生意気って言われたいです。
2020.10.7

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