ポーカーフェイスにご用心


「赤葦!トリック・オア・トリート!!」
「木兎さん、朝から2年の教室で大声を出すのはやめてください」
「お菓子くれなきゃイタズラするぞ!?」
「馬鹿なことやってないで、早く教室に戻ってください」
「お前、今先輩のこと馬鹿って言った!?ねぇ、今そう言ったよな!?」

隣の席の赤葦くんの所に、バレー部の木兎先輩がやってくるのは、いつもの光景だ。今朝はハロウィンではおなじみのあのセリフを大声で叫びながらやってきた木兎先輩を、呆れたように赤葦くんがあしらっている。赤葦くんの隣に座っている私は、申し訳ないと思いつつも、そのやり取りをいつも楽しく聞かせてもらっている。滅多に見れない好きな人のちょっと困っている様子や、同級生にはあまり見せない後輩っぽさを見れる、恋する乙女にとっては、とても貴重なチャンスだからだ。

「赤葦のケチー。お菓子くれたっていいじゃん」
「朝練の後にそんなもの食べないでください。筋繊維を修復するためにもっときちんとしたものを...」

さすが赤葦くん。きちんとそういうことも考えているなんてすごいなぁ。そんなことをぼんやり思いながら、二人の会話に聞き耳を立てていると、突然木兎先輩が、あ!!と大きな声を出すので、思わずそちらに目をやると、何故か木兎先輩とばっちり目が合ってしまった。私と目が合ったことに気づいた木兎先輩は、私の席の方へとやって来る。

「なぁなぁ!それ!新発売のやつだよな!?」
「え...あ、はい。そうですけど...」

木兎先輩が"それ"と指さしたのは、私の机の上に置かれたクッキーの箱だった。

「それ、前に木葉が食っててさー、食いたいと思ってたんだよね!!」
「木兎さん、後輩にたかるのやめてください」
「いやたかってねぇし!!単純に目に入ったから言っただけなのに!!」
「あ、あの...良かったら、これ貰ってもらえませんか?」
「え!!いいの!?」
「実はこれ、今日コンビニのくじで当たったやつなんですけど、私はお菓子そんなに食べないので、友達にあげようと思ってたんです。ちょうど今日はハロウィンだし...」

お菓子をあんまり食べないなんて嘘だ。でも瞳をキラキラさせながら、羨ましそうにクッキーの箱を見つめる木兎先輩を見ていると、小さな子供についお菓子をあげてしまう人の気持ちになってしまう。

「まじか!!赤葦!お前のクラスメイト超良い奴だな!!」
「木兎さん、ちょっと待ってください。みょうじさん...本当にいいの?」

木兎先輩と私のやりとりを黙って見ていた赤葦くんが、間に入って私に話しかけてくれた。ちょっと申し訳なさそうにしているその顔もかっこいい。隣の席ではあるけれど、口数が多い方ではない彼とは、なかなか話す機会がないので、これはラッキーだ。赤葦くんは申し訳なさそうにしているけれど、むしろ木兎先輩には感謝したいくらいだ。

「うん。いいよ。先輩がもらってくれるならぜひ」
「よっしゃ!!ありがとな!!えーっと...」
「みょうじです」
「みょうじな!!よし、覚えた!!今度お礼に俺のスーパープレイを見せてやるな!!」
「木兎さん、それはお礼になってません。もっときちんとしたものをお返しして下さい」
「ふふ、お礼なんて大丈夫ですよ。でもバレー部の試合(というより赤葦くん)観てみたいので、今度行きますね」
「お前ホント良い奴だな!!赤葦と仲良くしてやってくれな!!」

赤葦と仲良く。そう言われて顔が熱くなる。木兎先輩の言葉は純粋に後輩を思ってのことであって、他意は無いと、きちんと理解しているのに。

「え...あ...はい...」
「木兎さん、やめて下さい。困ってるじゃないですか」
「へ?そうなの?困った?ごめんな!」
「あ、いや、そうじゃないんです!な、仲良くしますね!」
「そうか!!なら良かった!!じゃあ俺はそろそろ行くな!これサンキューな!じゃあな赤葦!!」
「はい。ではまた放課後に」

木兎先輩は、ホントにありがとなー!!と手を振りながら、満面の笑みで私たちの教室を出て行った。赤葦くんは小さくため息をついた後、私の方を見て、また申し訳なさそうな顔をした。

「ごめん。あの人いつもあんな感じで...」
「元気な人だよね。木兎先輩」
「みょうじさん、本当に良かったの?」
「え?」
「だってみょうじさん、本当は甘いもの好きだよね?いつも食べてるし」
「えっ...」
「あれ、違った?」
「あ、ううん...違わないけど...」

確かに私は本当は甘いもの好きだし、いつも何かしら持ってはいるけど、まさかそれを彼が認識してくれているなんて思わなかった。隣の席になって1週間と少ししか経っていないし、数えるくらいしか会話をしたことが無いのに、彼の洞察力の高さに驚いた。

「赤葦くんって、人のことよく見てるんだね」
「まぁ、バレーでもそういうポジションだから」
「そうなんだ。何かすごいね。びっくりしちゃった...」
「でも誰でも見てるわけじゃないよ、俺」
「あぁ...まぁ、それはそうだよね」
「...思ってたより手強いね」
「え?」
「いや、こっちの話。でも助かったよ。俺お菓子持ってなかったから」
「ハロウィンの?」
「そういうのあんまり興味もないし、でも多分何も渡さないとあの人面倒だから」
「ふふ、何か...どっちが年上なのかよくわかんないね」
「本当にね」

そう言うと、赤葦くんは落とすようにして静かに笑った。同い年とは思えない、落ち着いていて大人っぽいその顔にすごくドキドキする。朝行きがけにコンビニに寄ってきて良かった。くじであのお菓子を当てて良かった。そしてそれを机の上に置いていた私グッジョブ。おかげで今朝は、今までで一番たくさん、赤葦くんとお喋りできた。







「赤葦〜、トリック・オア・トリート〜」
「今度は木葉さんですか...揃いも揃って、2年の教室にお菓子をたかりにくるのやめて下さい」

昼休み。今度は色素の薄い髪の、確か木兎先輩と同じバレー部の3年生の人が赤葦くんのもとにやって来た。相も変わらず私はそしらぬ顔で、赤葦くんと彼の元に訪れた先輩の会話を聞いていた。

「いやー、今日の練習試合のことでちょっと相談したかったんだけどさぁ、ついでにハロウィンだし、言ってみたわけよ」
「生憎ですが、俺はハロウィン興味ないので」
「何かイメージ通りだな」
「ところで練習試合の件ですが」
「あぁ、それなんだけどよ。今日、白福元々休みだったじゃん?で、雀田も家の急用で部活出れねーってなってよ」
「それは...ちょっと大変ですね」
「そーなの。で、誰か代わりに今日だけマネの代行いねぇかなって。まぁ他の奴らにやらせてもいーけどさ。やっぱ女の子がいいじゃん?野郎にドリンク貰ってもなぁ...」
「最後の部分は聞かなかったことにします」

木葉先輩と呼ばれているその人のテンションから、それほど困っているようにも見えないが、2人いるマネージャーさんが今日は二人とも不在ということらしい。男子バレー部は部員も多いし、マネージャーさんはその分やることも多いだろうし、代理で他の部員がそれを務めるというのは結構厳しかったりするのだろうか。

「赤葦、なんかアテない?木兎じゃそういうの、適性とか考えなしに連れて来そうだからよ」
「...いますよ」

赤葦くんは少しの間を置いてそう答える。さすが赤葦くん。そういう非常時にも対応できるように策をとっているなんて、さすがの一言だ。

「お。マジでか。じゃあちょっと声かけといてくんない?」
「今聞いてみます」
「え、今?」

今、ということはクラスの誰かに頼むのだろうか。マネージャーにむいていそうな子って誰だろう。

「みょうじさん」
「ほぁっ!?」

急に話しかけられて変な声が出た。恥ずかしいが過ぎる。というか、ちょっと待てよ。さっきの二人の会話の流れで、赤葦くんが私に話しかけて来たということは...まさか。

「ごめん。驚かせるつもりなかったんだけど」
「いや、私の方こそごめん...変な声出して...」
「みょうじさん、今日の放課後って予定あるかな」
「特に無いけど...」
「急で申し訳ないんだけど、1日だけマネージャーの代理をやってもらえないかな?」

まさかのまさかが的中して、心の中でガッツポーズをした。マネージャーの代理ということは、部活中の赤葦くんが見られる。バレーの試合をしている彼の姿が。今朝は会話の流れで木兎先輩に今度試合を観に行きますと言ったが、練習試合とはいえ、まさかその日中に実現することになろうとは。しかし良いのだろうか。マネージャーなんて経験したことが無いし、しかもこんな不純な動機で代理を引き受けてしまって。

「えっと...でも、私...」
「不安だと思うけど、俺がフォローするし、お願いできないかな」
「わ、私なんかで良いのかな...」
「うん。みょうじさんにやって欲しいんだ」

嬉しい反面、その裏側の不安を口にすると、彼は淡々と、迷うことなくそう言ってくれる。好きな人から、みょうじさんにやって欲しいだなんて言われてしまったら、そんなのもう選択肢なんてないようなものだ。

「迷惑かけちゃうかもしれないけど...そう言ってくれるなら、やってみる」
「ありがとう。さっきも言ったけど、ちゃんとフォローするから」
「う、うん、ありがとう!私、頑張るね...!」
「こちらこそ。急なお願いなのにありがとう。...というわけで木葉さん。マネージャー代理見つかりました」

私たちのやりとりを見ていた木葉先輩は、呆気にとられたような顔で赤葦くんと私を交互に見た。

「...お前、有能すぎて時々怖いわ」
「ありがとうございます」







「もうすぐ練習試合始まるけど、スコアのやり方も大丈夫そう?」
「うん。さっき教えてもらったので大体わかったから」
「飲み込みが早くて助かるよ」

昼休みの後、今日最後の授業である6限が運良く自習だったこともあり、バレー部のマネージャーの仕事の概要は赤葦くんが事前に教えてくれた。副主将と聞いているので、多分他の部員よりもやることはある気がするのだが、彼は付きっきりで丁寧に仕事を教えてくれる。

「あの、赤葦くん...副主将って忙しいよね?何かごめんね...時間取らせちゃって」
「頼んだのはこっちだから。それに、これも目的の一つだから」
「目的...?」
「うん、そう。知りたい?」
「え...うん。まぁ...」
「みょうじさんと距離を縮めるっていう目的」

表情一つ変えずにそう言った彼の言葉に、私は持っていたスコアボードを落とした。

「...えっ!?」
「あ、やっぱり気づいてなかった。はい、これ。落としたよ」
「あ、ありがと...。えと、あの...今の、どういう...」
「言葉通りの意味だよ。もちろん、ちゃんとマネの代理ができそうな人っていう条件もちゃんと満たしてるけど、でも俺個人の目的はそっちの方が大きいかもね」

顔が熱い。恥ずかしくて目が合わせられない。それって"そういう意味"だって思って良いの?返す言葉が見つからなくて、下を向いていると、彼の靴が視界に入って来た。恐る恐る顔を上げると、彼は意地悪そうに笑っている。するとゆっくりと彼の顔が私の方に近づいて来て、咄嗟に目をつぶる。

「こんな所でキスとかしないよ。したいけど」

彼は私の耳元でそう囁いてから、じゃあ今日はよろしくね、とコートの中へと足を踏み出した。耳元に残った彼の熱。低くて甘いその声に、全身が熱くてその場に倒れてしまいそうだ。まるで毒が身体に行き渡るように、彼に全てを支配されたような感覚になる。
その場に残された私は、どうにか平静を保とうと、頭の中で円周率をひたすら唱えた。







「「お疲れ様でしたー!!」」

練習試合は無事に終わり、色々バタバタしてしまったものの、何とか今日1日、バレー部マネージャー代理の務めを果たした。

「みょうじー!!今日はありがとな!!」
「あ、木兎先輩。お疲れ様です。試合での活躍凄かったですね」
「だろー!?かっこよかったろ!?」

木兎先輩は凄かった。話には聞いていたが、さすがエース。圧倒的な存在感とその実力で、体育館にいる誰もがこの人に惹きつけられていた。

「木兎さん、練習試合とはいえ、今日はなかなかハードでしたから、居残り練はダメですよ」

真後ろから赤葦くんの声がして、それだけで顔が熱くなるのがわかった。声だけでこんなになってしまうなんて、もう重症だ。

「へいへい!わーってるって!!」
「俺は彼女の片付けを手伝ってから帰りますので、今日はここで失礼します」
「お、そうか!じゃあまた明日な!!」
「はい。お疲れ様でした」

他の部員たちも、赤葦さんがいるなら任せよう、という雰囲気で、次々と体育館を出ていく。あんなに賑やかだった体育館はあっという間に静かになり、彼と二人きりになってしまった。どうしよう。何か話をしないと気まずくなってしまうのに、何も言葉が出てこない。

「木兎さん、凄かった?」

その沈黙を破ったのは赤葦くんだったが、その言葉は意外なものだった。

「え...あ、うん。まぁ...」
「じゃあ、俺は?」

俺は?そう聞かれて言葉に詰まった。木兎先輩は凄かった。これは誰が見てもそう思う事実だ。体育館にいる誰もがあの人に惹きつけられていただろう。試合の直前に、赤葦くんに心を丸ごと持っていかれてしまった、私以外は。

「...かっこ良かった」
「木兎さんより?」
「...うん」

彼ばかり見ていた。お願いされたからにはちゃんとやろうと思っていたのに。試合直前の、身体を駆け巡ったあの熱のせいで、赤葦くんばかり目で追いかけて、彼のことばかり考えて、彼でいっぱいになった。

「ところで」
「は、はい...?」
「今日って何の日だっけ」
「え...?えっと...ハロウィン?」
「だよね。じゃあ...トリック・オア・トリート」

今の流れでなぜその台詞が出てくるのだろう。クールで掴み所のないタイプなのは知っていたし、そんな彼を好きになったけど、今彼の考えていることはまるで読めない。

「...私、今お菓子持ってないんだけど...」
「木兎さんにあげちゃったもんね」
「え...じゃあ、何でそれ聞い...」

私の質問を最後まで聞かず、彼は私の腰に手を回して自分の方へと引き寄せる。私と彼の身体はぴったりをくっついていて、互いの顔は10センチ程度の距離しかない。

「ちょっ...!赤葦く...」
「お菓子がないなら、いらずらして良い?」

先ほど見せたあの意地悪そうな笑顔でそう言うと、彼の顔がどんどん私の顔に近づいてくる。

「あ...ちょっと待っ...」
「ダメ。待たない」

腰にあるその手とは反対の手で、今度は私の頭の後ろを押さえる。顔を離そうにもびくともしなくて、彼を改めて男の人だと認識する。

「好きだよ」

彼の口からその言葉が出た直後、私の唇は彼の唇によって塞がれた。驚いて目を開けたままでいると、彼がうっすらと目を開ける。するとそのまま口内にざらっとした彼の舌が入って来て、ゆっくりと、味わうように私の口の中を動く。

「んっ...ふぁ......はぁ...」
「可愛い」

少しだけ唇が離れると、彼はそう言って、次は何度も何度も角度を変えて、私の唇を奪う。そしてゆっくりと名残惜しむように、彼の唇が離れていった。初めてなのに、あまりに深いそのキスに立っていられなくて、彼の身体にもたれかかるようにすると、彼の腕が私をしっかりと抱きとめてくれる。そして私の頬に手を添えて、もう一度私を自分の方へとむかせる。

「あかあしく...」
「もっと...いたずらしても良い?」

唇が、触れるか触れないかのその距離で、彼はそう私に尋ねる。彼の術中に嵌った私には、すでに拒否権などなく、彼の背中に腕を回して、次のいたずらを覚悟した。
ハロウィンなんて興味ないと言っていたのに、こんなふうに便乗してくるなんて何て策士なのだろう。どこからそんなことを考えていたのだろう。私がどれだけ考えたって、そんなの分かりはしないけど。




再び重ねられた唇に、考えることを放棄して、そのまま私は目を閉じた。

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どこから計算だったのか、それすら悟らせてくれない男、赤葦京治。
ちょっと遅れましたがHQハロウィン夢は彼にお願いしました。
この後ちゃんとお付き合いが始まります。
Happy Halloween♡♡
2020.10.31

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