あと、少し


11月17日。私は今日という日が、一年で一番嫌いだ。

「黒尾先輩、お誕生日おめでとうございますっ...!これ、良かったら貰ってください!」
「え、いいの?貰っちゃって」

顔を赤らめてプレゼントを差し出す女の子に、隣に立つ男は白々しくそう言った。まだ7時前の早朝だというのに、彼女も朝早くからご苦労なことだ。

「は、はい...あの、迷惑じゃなければ...」
「迷惑なんてそんな。ありがたく受けとらせていただきますとも」
「あ、ありがとうございます...」
「いえいえ、こちらこそ」

クロがにっこりと笑うと、女の子は軽く会釈すると、感極まった顔で嬉しそうに立ち去っていく。あぁいう子を"恋する乙女"と世間は言うのだろう。

「...見事なまでの胡散臭い営業スマイル」

私がそう悪態をつくと、さっきまでにこやかだった彼は一変、いつもの気だるげな顔に戻る。

「ちょっとなまえちゃん?人がいい気持ちになってる時に、随分な物言いだね」
「だってホントのことでしょ?あの子もお気の毒に...あんたの外面に騙されて」
「そこ、誤解を生むような発言は慎みなさいよ」

そこそこの強豪、とは誰の言葉だっただろうか。
まぁそれなりに強いうちのバレー部は、みんなそこそこにモテる。その中でも、主将を務めているクロは別格だ。元々モテることは知っていたが、3年になって主将になってから、その人気は更に加速した。学年問わず、学校問わず、彼へ差し入れを持って来る女の子を、試合前なのですみません、とあしらうのにはもう慣れた。




「ところでさ、お前からはないの?」
「...は?なんの話?」
「俺への誕生日プレゼント?」
「なんで私が、あんたにあげなきゃなんないのよ」

お前からはないの?
そう言われて動揺をねじ伏せるのも、もう慣れた。そんな心配はいらないのに、鞄を反対側の肩にかけ直す。無理矢理鞄を開けなければ、彼がそれを知ることは絶対にないのに。毎年こうなのだ。

「...相変わらず冷たいのね、お嬢さん...」
「クロはどうせ女の子から沢山貰えるんだから、いいじゃない」
「ま、それはそれで、ありがたいんですけどねぇ」

中学の時からの付き合いで、同じバレー部の部員とマネージャー。それがクロと私だ。
初めの頃は、彼の笑顔が苦手だった。飄々としていて何を考えているかわからないクロは、バレーでも相手を翻弄するのが得意で、彼のプレーには何度も驚かされた。とは言え、バレーをしている時のクロは真剣そのもので、普段の飄々とした様子から打って変わり、ボールを必死に追う姿や、ブロックが決まった瞬間の心から嬉しそうな表情を目にすると、不思議と惹きつけられた。いわゆる、"ギャップ萌え"というやつなのだろうか。きっかけが何だったのかは覚えていないけど、こんな得体の知れない男に、気づけば私はまんまと惚れ込んでしまっていたのだ。
しかしながら、"可愛くない女代表"と言っても過言ではない、超ド級の意地っ張りな私に、彼との関係を変えられるはずもなく、片想いをこじらせてから、もうすぐ4年が経とうとしていた。

「ほら、やっぱ運動部だとさ、マネージャーからのプレゼントとか、欲しいじゃん?」
「一般的にはそうなんでしょうね」
「いや、お前マネージャーでしょ?何他人事みたいに言ってんの?」
「私がそう言うキャラじゃないって、知ってるでしょ」
「まぁ、そうね...知ってるけどね...」
「だったら下らないこと言ってないで、朝練行くんだから早く歩きなさいよ」
「はいはい」

先に体育館にむかって歩き出した私が振り向きながらそう言うと、クロはふう、と軽くため息をついてから、私のいる方へと歩き始める。

ため息をつきたいのは、私の方だってのよ。

鞄の奥底に隠したそれは、きっと今年も渡せずに終わるのだろう。







「はぁ...」

今日何度目かわからないため息をつくと、つまらなそうにゲームをしながら、私の言葉を話半分で聞いていた研磨がちらりとこっちを見た。

「ちょっと、2年の教室でため息つかないでよ...」
「だーって、もう今日はずーっと女の子が来るんだもん。クロのとこに。ため息ぐらい大目に見てよ」

私がそう言うと、研磨は心底面倒臭そうな顔をした。クロの幼なじみで、1つ下のバレー部の後輩。そして、このいじっぱりな私の片想いを唯一知っているのが彼だ。

「そんなに嫌なら、さっさと告白すればいいじゃん」
「研磨、今そういう正論言っちゃダメ」
「そう言われるのが嫌なら、毎回おれのとこに逃げて来ないでよ」
「だって、他にこんな話できる人いないし...」

朝から休み時間の度に、クロのところには入れ替わり立ち替わりで女の子がやって来た。朝の彼女のように頬を染めながらも一生懸命に渡す子もいれば、明るくフランクに渡していく子もいた。本当は用意しているくせに、結局いつも当日には渡せず仕舞いで、時間が経った頃になんとか口実をつけて渡している私とは、まさしく雲泥の差だ。どうしてみんなあんなふうに、好きな人に素直に好きな気持ちを見せられるのだろう。

「そうやって、いつかきっと、みたいなこと夢見てると、誰かに持ってかれるよ。あと半年で卒業なんだし」
「...研磨くん、今のクリーンヒットだわ、私の心に」

ずっと想っていれば、いつかきっと。そう思っていないと言ったら嘘になる。クロは確かにすごくモテるけど、私と知り合ってから彼女を作ったことはないし、なんだかんだで一番多くの時間を過ごしている女子は私だと思う。距離が近い故に、今のこの関係が、気持ちを伝えたことで全く違うものになってしまったらと思うと、怖くて告白なんて出来なかった。
でも研磨の言うとおり、私たちはもう高3で、あと半年で卒業だ。彼が進路をどうするのかは聞いたこともないが、プロを目指すにせよ、違う道に進むにせよ、少なくとももう一緒に登校したり、部活で毎日顔を合わせる日常は終わる。そんなこと、自分が一番わかっているはずなのに。

「ほら、そろそろ教室戻りなよ。あと10分で昼休み終わっちゃうよ」
「うー...、あ、やばっ...私、午後移動教室だ」

研磨にじゃあね、と言ってから、一度自分の教室に戻って、移動教室の荷物を机から出した。机の上には、可愛いメモが置いてある。いつも一緒に移動する友達が、なかなか帰って来ない私のために、先に行くことを書き置きしてくれたらしい。
こんなふうに気遣いのできる可愛い女の子だったら、私とクロの関係はもっと違っていたのだろうか。今更ないものを羨んだって仕方がないのに、先ほど研磨が口に出した"卒業"という言葉に、何だかナーバスになってしまう。クロはもう次の教室にむかったのだろうか。誰もいない彼の机を見つめ、小さくひとつため息をついて、教室を後にした。

変なことを考え込んでいたせいで、思っていたより時間がない。本当はダメだけど、今日は非常階段をこっそり使ってしまおう。辺りに先生がいないかを確認して、急いでに非常階段を駆け下りた。




「ずっと好きでした...!」

非常階段を降りたところで、急に女の子の声がして、咄嗟に隠れた。
告白すること自体もすごいことなのだが、昼休み残り5分というこのギリギリのタイミングで告白するのもなかなかすごい。先ほど非常階段を駆け下りた時とは反し、気づかれないよう、足音を立てずにゆっくりと歩く。視線も合わないようにしながら。

気づかれませんように。

そう思っていたのに、彼女に対して"ごめんな"、と言うその声に、身体が動かなくなった。
見ないようにと思っていたのに、私はいつの間にか声のする方へ顔を向けてしまっていた。そして私の姿を見たその男子は、少し驚いた顔を見せた後、申し訳なさそうな顔で女の子の方をもう一度見た。

「気持ちは嬉しいんだけど、俺好きな奴いるから」

クロは確かにそう言った。そしてその言葉は彼女の心だけでなく、私の心も打ち砕いていった。







その日、私は初めて部活をサボった。
本当はそんな予定などないのに、放課後先生に進路の相談があるからと、嘘までついて。誰もいなくなった教室で、鞄に顔を埋めながら、失恋の痛手と戦っていた。

何だよ、もう。ちゃんと好きな人いるんじゃんか。

だったら他の女の子からのプレゼントなんて貰うな。私にプレゼントくれないの?なんて聞くな。モテるんだし、さっさと告白して付き合ってしまえばいいのに。そうなってくれていたら、もっと早くこの片想いを終わらせられていたのに。
とても悲しくて、苦しい。それなのに涙は出てこなくて、こんな時でも可愛くない自分が心底嫌になる。こんなところで一人で考えを巡らせていたって、現実は変わらないというのに。

「あれ、みょうじ、今日面談って言ってなかったっけ?」

誰もいないはずの教室に突然聞こえた声に、顔を思い切りあげると、そこには先ほど私の心を見事に打ち砕いた男が立っていた。

「...クロこそ、部活はどうしたのよ」
「んー...忘れ物?」
「なんで疑問形なのよ」
「まぁまぁ、細かいことは気にすんなよ」

そう言うと、彼はあの胡散臭い笑顔を見せて、私の前の席に座った。私は彼の顔を見たくなくて、もう一度鞄に顔を埋めた。

「何よ」
「いや?盗み見なんて、随分悪趣味だなぁって思って?」
「たまたまですけど。見たくて見たわけじゃないから」
「とか言って、俺のことが気になって覗いてたとかじゃねぇの?」
「そんなわけないでしょ。5限が移動だったから近道して、そしたらたまたま、あんたらが居たのよ」
「あぁ、それであんなとこに居たのかお前」
「っていうか、好きな人居たんだね。付き合い長いのに全然知らなかったわ」
「まぁね」

好きな人がいることを否定しないクロに、自分で話を振ったくせに、心がズキズキと痛む。

「...クロの好きな子って、どんな子?」

気づいた時には、口からぽろっとその質問が出ていた。聞けば余計に傷つくと自分でわかっているのに、どうしてこんなことを聞いてしまうの私。

「聞きたい?」
「別に、言いたくないなら...」
「顔は結構可愛いのに、すげぇ意地っ張りな奴」
「ふーん...そういうタイプが好きなんだ」

想像していたクロの好きそうな女の子のイメージと違って、ちょっと驚いた。てっきり今朝会ったような、いかにも男を立ててくれそうな女の子が好きなんだと、勝手に思っていた。

「でもねぇ...なんか、俺にだけっぽいの」
「嫌われてるんじゃないの」
「なまえさん、言っていいことと悪いことがありますよ」
「だってクロにだけ冷たいなら、そういうことなんじゃないの」
「まぁ、俺には冷たいのに、俺の幼なじみとは仲良く昼飯食うしね。今日とかも」
「え...」

鞄に埋めていた顔を上げると、真剣な顔をしたクロが私を見下ろしていた。まるでバレーの試合中のような、真っ直ぐな目で。

「こちとらずっと中学からアピールしてんのに、全然気づかねぇし?」
「ちょ、ちょっと待って...」

クロの言葉に動揺する私を余所に、彼は極めつけの一言を放った。

「本当は毎年誕生日プレゼント用意してくれてんのに、当日には絶対渡してくんねぇし?」

そんな条件に当てはまる女子なんて、私の知る限り一人しかいない。自分の顔に血液が集まり、鼓動がドクドクとうるさいほどに響くのがわかる。

「...何で...知ってんのよ」
「お前、自分じゃ気づいてねぇかもしんねぇけど、意外とわかりやすいよ」
「なっ...!?」
「まぁ、そういうことだから、さ」

彼はいつもの飄々とした笑顔でそう言うと、ゆっくりと立ち上がって、教室のドアにむかって歩き出した。

「ちょっ...そういうことって、どういうことよ!」
「んー、まぁ、そうだな。じゃあ、鞄の中にあるそれ、今日くれるんなら教えてやるよ」

クロは振り返ってから少し上をむき、少し考えるような素振りを見せる。そして、あ。と思いついたような声を出し、ニヤニヤした顔で私にこう言った。

「そん時は、俺の彼女になる覚悟もしといてね」

じゃあ部活戻るわ、と手をひらひらさせて、クロは教室を出ていく。私は目の前にある自分の鞄を見つめて、もう一度そこに顔を沈めた。

あんなの、反則じゃない...。

もしも今日、勇気が出せたなら。もしも今日、素直になれたなら。もしも今日、鞄の奥底に隠したそれを、彼に渡すことが出来たなら。その先に待つ未来は、一体どんな景色だろう。

その答えを私が知るまで、あと、少し。


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黒尾さんお誕生日にTwitterで書いたものをこちらにも。
Twitterにあげた時のタイトルはあんまり好きじゃなかったので、変えてしまいましたが。
彼はキャラが固まってるので、かなり書きやすくて楽しかったです。

2020.11.27

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