運命の人


好きな人の、好きな人になりたい。
言葉にすれば単純なことだ。だけどそれがどれだけ難しいことか、私は誰よりも知っている。

「なまえ、来週の土曜って空いてる?」

HRを終え、帰り支度をしていると、隣のクラスの幼なじみが私の席までやって来た。

「暇だけど...合コンなら行かないよ」
「えー...たまには付き合いなさいよ」
「いや、私一応彼氏いるし...」
「あー...例の雄英のエリート君ね。でも最近、全然連絡返してくれないんでしょ?」

その言葉が胸にぐさりと刺さる。相変わらず、人が気にしていることをバッサリと言い切ってくる奴め。

「まぁ...そうだけども」
「じゃあいいじゃない。失恋の傷には新しい恋だよ?」
「...勝手に失恋したことにしないでくれる?」
「あはは、冗談よ。まぁ、気が向いたら今度来てよ。あんた需要そこそこあるからさ」
「まぁ、気が向いたら、ね」

じゃあまた、と軽く手を振り、さっぱりと去っていく幼なじみの背中を見送り、ポケットに入れたスマホを見る。ディスプレイにはいくつかの通知が表示されていたが、その中に私が今待ち望むものはない。2日前に送ったメッセージの横についた既読マークを見て、私は小さくため息をついた。

1年半も経てば、こんなもんなのかな。みんな。

校門にむかって歩いていると、ひとりの女の子が私の横を走り去っていく。スカートをふわりと揺らしながらむかうその先には、彼女を優しく見つめる男の子が立っていた。肩で息をする彼女の少し乱れた髪を優しく直してあげると、女の子は少し照れくさそうに微笑んだ。
幸せそうなその二人に、何故か心はちくりと痛み、そんな自分に嫌気がさした。彼女はまるで、いつかの私のようだ。あんなふうに幸せな時が、私と焦凍の間にもあった。
全国屈指の名門校、雄英高校のヒーロー科に通う彼と、県内でもそこそこな女子校の普通科に通う私。住む世界が違う私たちが出会ったのは、きっと運命に違いないと、あの頃の私は信じて疑わなかった。







高1の秋、塾の帰り道で知らない男に襲われそうになったところを、焦凍が助けてくれたのが、私たちの出会いだった。

それは夜の公園での出来事だった。
後ろから急に腕を掴まれて、死角になっていそうな茂みに連れ込まれ、両手をロープのようなもので縛られて、口をガムテープで塞がれた。恐怖で身体は動かなかった。目出し帽を被った男が覆いかぶさってきた瞬間、全てに絶望した。
その時だった。彼が現れたのは。真っ暗な公園で、彼が明かりの代わりにと灯してくれた炎は、とても優しくて暖かかった。
その後は、怪我の手当やら事情聴取やらで、結局お礼を言えずじまいだったので、警察の人に彼にお礼を伝えて欲しいと頼んだ。二度と会うことはないだろうと、そう思っていたから。
しかし程なくして、まさかの二度目は訪れた。彼の方から私に会いに来たのだ。怪我は大丈夫か、と聞かれたので、もう平気ですと答えると、彼はそうか、とだけ答えた後、彼は二言目にとんでもないことを言い出した。

『惚れちまったから、付き合ってくれ』

今日は天気がいいですね。そんなありふれた話をするかのように、さらりと焦凍はそう言った。そしてそのたった一言で、彼はいとも簡単に私の心を奪ってしまったのだった。







付き合うようになってから、彼は沢山会いに来てくれたし、電話もメッセージも沢山くれた。
だけど、高2の後半になると、焦凍は徐々に忙しくなって、2ヶ月に一度程度しか会えなくなった。ここ最近は電話やメッセージをくれることもほとんど無くなり、私の方から送っても、大体3日後くらいに短く一文返ってくる程度。私たちの関係はそんなものになってしまった。

メッセージを送ってまだ2日だし、忙しいんだから仕方ない。そう自分で言い聞かせながら、気を紛らわすように本屋さんに立ち寄った。いつもなら絶対に読まない占い雑誌のページをめくると、自分の星座の恋愛運には、"恋人の愛を再確認する出来事が起こるかも"と書かれていた。会うことはおろか、連絡すらまともに取っていない私たちに、どうやって愛を再確認するというのだろうか。やっぱり読まなければよかったと、小さくため息をつき、そっと元の位置にそれを戻した。

店を出て歩きだそうとしたその瞬間、すぐ近くのバス停に立つ人物に、目を見開いた。白と赤のサラッとした特徴的な髪に、雄英高校の制服。見間違えるわけない。ずっとメッセージの返事を待っている相手が、そこに居た。

「ありがとな、付き合ってもらって」
「私は何もしてませんわ。あとはやはりご本人からもご意見を伺うとよろしいかと...」
「あぁ、そうだな。助かった。八百万」
「ふふ、頑張ってくださいまし」
「...あぁ」

焦凍の隣には、彼と同じ制服を着た、とても綺麗な女の子が立っていた。上品に微笑む彼女に、焦凍は少し照れたような顔を見せていて、本屋さんで温まったはずの身体が、あっという間に冷えた。
その場からしばらく動けずにいると、私の視線に気づいたのか、彼がこちらをむき、目が合った。焦凍は珍しく驚いた顔をしていて、それが更に心を抉った。

何でそんな、バレた、みたいな顔するの。

焦凍とその子を見ているのに耐えられなくて、踵を返して走り出した。

私には、メッセージの返事すらくれないのに、ほかの女の子と出かける時間はあるんだ。何で彼女は私なのに、私は彼から逃げているんだろう。

「...んで、逃げんだよ...っ」

手首をぐっ、と掴まれ、身体ごと彼の方に振り向かされる。久しぶりに見た焦凍は、少しだけ髪が伸びていて、今まで見た中で一番焦った顔をしていた。

「...そんなんじゃねぇ、から」

何のことを言っているのかは、すぐ分かった。だけどそんな彼の言葉に、私は何一つ安心できなかった。

「もう別れよう、焦凍」
「な、んで」

手首を掴む手が緩んだ。私はゆっくりとその手を外して、彼から視線を逸らした。

「だって私たち、もう全然会わないし、連絡も取らない。私が連絡しても、焦凍からはほとんど返事も来ないし...こんなの付き合ってるなんて言わない」
「...悪ぃ。インターンとか、色々...忙しくて」
「あの子とは出かけるのに?」
「それは...」
「まぁでも、焦凍と別れる私には、あの子がどんな子だろうとどっちでもいいけど」
「...嫌だ。別れねぇ」
「焦凍はさ、お世辞にも器用じゃないし、近くにいてくれて、同じ夢を持って、同じ目線で、焦凍のことを理解してくれる子を選んだ方がいいよ」
「なまえ、頼むから話聞いてくれ」
「もういい。もう疲れた」

あんなに幸せで満たされていた時間も、今はもうただ辛いだけだ。会えない時間も、返事を待つ時間も、この人のことを思い出す時間でさえ、胸が締め付けられて苦しいのだ。

「戻ってあげなよ。バス停できっと待ってるよ、あの子」
「なまえ...っ」
「じゃあね、轟くん」

私の名前を呼び、私に伸ばそうとするその手を避けて、再び歩き出す。かつての呼び方でわざと呼んだのは、私なりの決意だった。
ちょっと不器用で言葉は不躾だけど、いつも優しくて、カッコいい焦凍が好き。こんな人が私と付き合ってくれている幸せを、いつも噛み締めていた。もしもこの関係が終わる時が来たなら、それは彼が私から離れていくときだろうと、そう思っていたのに。
こんなに大好きな人の手を、まさか自分から離す日が来るなんて、思いもしなかった。

あぁやっぱり、占いなんて非現実的で、アテにならないものだ。







そしてあれから、一週間が過ぎた。

「あ、なまえまだいた」

たまたま割り当てられた日直の仕事を終えて、いつもより少し遅めの帰り支度をしていると、隣のクラスの幼なじみが私の席までやって来た。

「行ってもいいよ、合コンなら」
「なんだろう。用件はまさしくそれなのに、そう言われて何故かがっかりしている自分がいる...」
「いや、知りませんよ、そんなの」
「ちゃんと話さなくて良いの?なんだっけ...しょーとくん?だっけ?」
「...元々終わりかけてたし、あの時がちょうど潮時だったと思うから」
「でもあんた、話聞かないで一方的に別れるって言った挙げ句、メッセージも見ないままブロックしちゃったんでしょ?むこうにだって、言いたいことはあったかもしんないのに」
「それは...」

あの後すぐに家に帰り、鞄の中にしまいっぱなしになっていたスマホを取り出すと、彼から何件も通知が来ていたが、着信履歴はそのまま消して、メッセージは内容を見る前に全て消した。そして連絡先も。残っていれば未練になると思った。自分から別れを告げたのに、ディスプレイに表示された彼の名前を見て、嬉しいと思ってしまう愚かな自分が、まだそこにいたから。

「...まぁ、辛そうだったし、無理にとは言わないけど。本当に楽しめる自信がついたら言ってよ。イケメン沢山集めるからさ」
「うん、ありがと」

じゃあまたね、と言いながら、教室を去る幼なじみを見送って、私もそのまま教室を後にした。
上靴をローファーに履き替えて昇降口を出ると、いつもならもっと人がまばらなはずなのに、校門へと続く道は何故か妙な賑わいを見せていた。

「あの人超かっこ良かったね...!」
「いい目の保養になったよね!」

外周から戻ってきた運動部の子達だろうか。校門の方からやってきたジャージ姿の女の子たちとすれ違う。

そういえば、あの日もこんな感じだったな。

彼と出会うきっかけになったあの事件の数日後、焦凍が私のところへいきなりやって来た、あの日。女子校なので、男の子が校門の前に立っていれば、まぁそれなりに目立つのだが、あの外見かつ、誰もが知る名門校の制服を着ている男の子がそこにいれば、当然女子は大騒ぎだ。
だけど、彼がまさか自分に会いに来ることなど予想だにしなかった私は、他人事のようにざわつくその現場を通り過ぎた。そんなにかっこいい人ならちょっと見てみたかったなぁ、とぼんやり思いながら普通に歩いていると、後ろから急に腕を掴まれた。驚いて振り向くと、そこに立っていたのがまさしく騒ぎの元凶である彼だったのだ。

あぁ、ダメだな。こんなことを思い出していたら、いつまで経っても忘れられない。

あの日はイレギュラーだったけど、きっと今回こそ私にとっては他人事だ。もしもあの時と同じように、今日ここで誰かが結ばれることがあったなら、その人たちには幸せになって欲しいものだ。




「あの制服って雄英でしょ?超名門でイケメンとかやばくない?」
「あの髪って天然かな?オッドアイも綺麗だったなぁ...」

続けざまに聞こえて来たその声に、足が止まる。
雄英の制服。天然の色素を疑う髪。オッドアイ。そんな特徴の人なんて、そうそういないし、そんな簡単には出会わない。
だけど私は、そんな人を知ってる。見た目に反して言葉は不躾で、世間知らずで、急に学校までやって来て、突然付き合ってくれとか言い出してくるような、変な人を。

「...なまえ」

その声につい反応してしまい、視線がぶつかった。彼が私に気づいて歩きだそうとするのがわかって、私は文字通り、全速力で走り出した。
その顔も、その声も、もう見たくないし聞きたくなかった。
だって思い知らされる。自分からその手を離したくせに、まだこんなにも好きだということを、嫌というほど思い知らされるのだ。
それなのに。

「なんで追いかけてくるのよ...!?」
「お前が逃げるからだろ!!」

男子と女子。しかもヒーロー志望と一般人代表。そんな両者の追いかけっこの勝敗など、始めから決まりきっている。あっという間に私を追い越して、すぐ目の前に立ちはだかる彼が、私の腕を掴んだ。

「か、帰って...」
「断る」
「...別れたんだから、もうほっといてよ...」

少しだけ怒っているようにも見える焦凍の顔がすぐ近くまで来て、思わず顔を横に逸らすと、そんなことはさせないとでも言うように、顔を強制的に元の位置に戻され、そのまま口付けられた。グレーとターコイズの綺麗な目と視線がぶつかり、真っ直ぐな彼の視線に耐えきれず、逃げるように目を閉じた。いつの間にか腕を掴んでいた手は私の腰に、頬に触れた手は頭の後ろに回されていて、私に逃げ場を与えてくれない。一度離れた唇が、軽くもう一度だけ触れた後、そのまま彼の腕の中に閉じ込められた。

「"別れた"なんて言うな」
「...嫌です」
「...絶対に、別れないからな」
「か、勝手なこと言わないで...」
「お前だって勝手に別れるって言い逃げしただろ。おあいこだ」
「だって、それは...」
「おまけに連絡全部無視しやがって...そしたらこうするしかねぇだろ」
「焦凍だって、全然連絡返してくれなかったんだから、おあいこでしょ」

可愛げのかけらもない台詞を吐き捨てると、彼は私を抱きしめたまま、言葉に詰まったように黙り込んだ。

「お前に甘えて、ちゃんとやれてなかったのは...悪かった」
「もういいよ」
「ちゃんと返す。時間も、出来る限り作るから」
「...そんなことしてくれなくていい」
「じゃあどうやったら、別れるって取り消してくれんだよ」
「...だって、それでもし、やっぱりダメだったってなったら、もう立ち直れないもん」
「え...」
「焦凍が今言ったようになってくれたとして...それで今回は凌いだとしても、いつかやっぱりダメだった、負担だった、別れてくれって言われたら、もう立ち直れない」

出会わなければよかった。好きにならなければよかった。そんなふうに彼が思う日が来てしまったら。そんなの絶対に耐えられない。

「あの時、やっぱり別れておけば良かったって...そうなるくらいなら、もう...」
「お前は俺のこと、もう嫌いか?」
「それは...」

ずるい。どうしてそんなことを聞いてくるの。嫌いじゃないから、こんなに苦しい。嫌いになれないから、早く忘れたくて必死なのに。

「俺はなまえが好きだ」

抱きしめる腕の力が、少しだけ強まった。それと同時に少しだけ懐かしい気持ちになる。喧嘩をして仲直りをする時は、いつもこんなふうだった。私の不安をどうにかして和らげようと、だけど私が痛くないように、いつもよりほんの少しだけ強く抱きしめてくれた。この腕に抱きしめられている時が幸せで、他には何も要らないと、本気でそう思った。

「お前が俺のこと、もう嫌いで顔も見たくねぇって言うなら、諦める。でもそうじゃないなら、絶対に諦めない。もう別れたことにしてるみてぇだけど、それならそれでもいい。絶対また、振り向かせる」
「...その自信、一体どこからくるの...」
「自信もねぇし、余裕もねぇよ。他の奴に渡したくねぇだけだ」

この人を好きでいることが苦しい。それなのに、誰にも渡したくないというその言葉に、涙が溢れるくらい嬉しい。こんなに苦しいのに、私はこの人のことを、それ以上に好きになってしまったのだ。

「...そう言うなら、もっと大事にしてよ」
「...ごめん」
「ちゃんと...愛されてるって、わかるように、私のこと...大事にしてよ...っ」
「悪かった。ごめん、ごめんな」
「しょうと、しょうと」
「ん、わかった。わかったから。大事にする。ちゃんと」
「焦凍のバカ...おたんこなす...」
「そうだな、俺は馬鹿で、おたんこなすだな」
「...でも好き...やっぱり、好き」

私がそう言うと、焦凍は私の髪をゆっくりと撫でてから、顔が見えるように少しだけ私の身体を自分から離した。涙でメイクは全部落ちてしまっているだろうし、ここ一週間はずっと寝不足で、顔はきっとひどい有様だ。

「俺も好きだ。あの時からずっと、なまえだけが好きだ」

一切照れることなどなく、そう言い切った彼に、私の方が恥ずかしくなって俯くと、少し高い位置から、ふ、と小さく笑う声が聞こえた。

「何で、笑うの」
「いや...可愛いなって、思って」
「......そんなこと言っても、しばらく許してあげないんだからね」
「じゃあ許してもらえるように、もっと沢山言わなきゃな」

何なんですかその嬉しそうな顔は。さっきまで、余裕ないとか言ってたくせに。

「...バカ焦凍」
「ん。怒ってる顔も可愛い」
「もう、ちょっと黙って...!」







「こないだ一緒にいた奴のことだけどな」

久々に手を繋いで一緒に歩いていると、唐突に焦凍がその話題に触れた。

「う、うん...」
「実は下見に付き合ってもらったんだ」
「下見...?」
「部屋の」
「へ、部屋...?」

焦凍が何を言いたいのかよく分からず、先ほどから会話がオウム返しのようになってしまっている。

「もうすぐ卒業だから、寮は出ることになる」
「そりゃあ...そうだろうね」
「お前も、実家出たいって言ってたよな?」
「う、うん...言ったけど...」
「だから、一緒に暮らす部屋の、下見に行った」

イッショニクラスヘヤノシタミ...?

「...は!?」
「は?」
「い、一緒に暮らすなんて話...してたっけ...?」
「してねぇけど...暮らすだろ?」

相変わらず、大事なことを唐突に言ってくる人だなぁ、この人。

「女がどういう部屋がいいとかわかんねぇから、他の女子とか、友達にも来てもらってた。あん時は、たまたまあいつだけ一緒だっただけで、その前には他の奴もいた」
「そういうことか...」
「だから、浮気じゃねぇ」
「うん。それは、そうだろうなって冷静になってすぐ思ったから、もう疑ってない」
「...そうか」

この人に浮気をするほどの器用さはないと、冷静に少し考えればわかることなのに。それほどあの時の私は余裕がなくて、いっぱいいっぱいだったんだろうな、と何だか少し恥ずかしくなった。

「相談したら、本人の意見を聞いてやれってほぼ全員に言われた」
「...いいお友達がいっぱいいて、何よりだね」
「だから、次の休みに行こう」
「でも...焦凍、忙しいんじゃ...」
「また別れるって言われて、連絡無視されて、全速力で逃げられたら嫌だ」
「...すみません」
「それに」
「それに?」
「お前、会いたいと思ってるのが自分だけだと思ってるみたいだけど、そんなことねぇからな」
「ほんとかなぁ...?」
「俺だって、何度も会いてぇと思ったし、声だって聞きてぇと思ったけど、演習は日に日にきつくなるし、インターンの後も疲れてて全然余裕ねぇから...何か...弱音とか、愚痴とかばっかになりそうで」
「別にそれでも良かったのに...」
「...情けないとこ、好きな女には見せたくねぇだろ」

"好きな女"。そう言われて顔が熱い。そんな不意打ちは卑怯だ。

「それでも、私は焦凍と会ったり、話したり出来る方がいい、な...」
「そうだな」
「...さっきの、言ったこと...約束だよ?」
「大事にする。お前こと、不安にさせねぇようにする」
「うん」
「だからもう、別れるなんて言わないでくれ」
「それはあなた次第」
「...善処する」

少し困ったような顔でそういう焦凍が、何だかおかしくて笑ってしまう。すると彼の大きな手が、私の頬に再び触れた。

「やっと笑ってくれたな」
「そうだっけ...?」
「笑ってる顔が、一番可愛い」
「ま、た...そういうことを...っ」
「ご機嫌とりで言ってんじゃねぇ。本当にそう思ってる」
「...ソウデスカ」

私がそう言うと、焦凍はゆっくりと私の方へ自分の顔を近づけた。瞼を閉じてそれを受け入れると、優しく唇が重なり合い、触れ合ったその場所から、彼の気持ちが流れ込んでくるような気がした。大好きな人にちゃんと愛されているという実感を、今私はようやく取り戻した。

「笑ってる顔が、一番好きだ」

唇が離れ、視線がぶつかめると、焦凍は優しく愛おしむように笑って、そう言ってくれる。そんな彼の胸に飛び込み、世界一幸せな彼の腕の中で、もう一度愛されていることを確かめる。

「...占いもバカにできないなぁ」
「占い?」
「何でもない。こっちの話」
「そうか」
「......焦凍」
「ん?」
「...大好き」
「ん。俺も好きだ」

例えば今のこの瞬間、空に一筋の星が流れたとしたら、彼はどんな願い事をするのだろう。ほんの一瞬、その僅かな間、彼が想いを馳せるものは何だろう。

「焦凍、今一番叶えたいことって何?」
「このままお前を寮に連れて帰りたい」
「それはダメでしょう」
「...そういうお前はどうなんだ」
「んー、そうだなぁ...私はね」

あなたの運命の人に、なりたい。

−−−−−−−−−−

10000HIT記念リクエスト第4段、轟くん夢でした。
実紗様からのリクエストで、すれ違いからの甘めなお話、でした!
ちゃんと甘くなっていたでしょうか...?
轟くんは彼女のことを絶対ガン見するから、近くにいれば多分こうはならないと思うのですが、
遠距離とかになっちゃった場合、結構彼女の不安とか見逃しちゃうタイプだと勝手に思っています。

実紗様、リクエストありがとうございました!
喜んでいただければ幸いです♡

2020.12.28

BACKTOP