A Princess and Three Knights.


こんなに辛い日は久しぶりだ。
ここのところ訓練やインターンで忙しく、多少無理をしていたことが原因だろう。全身の倦怠感と腹部の痛みで起き上がることもままならず、今日は学校を休んだ。

「はぁ...情けない...」

こういう時、男の子だったら良かったのになぁと、いつも思う。何も悪いことはしていないはずなのに、毎月やってくる女子特有の悩み。みんなだって多少無理して、日々の訓練やインターンをこなしているというのに、こんなことで休んでいる自分がすごく情けなく思える。

何かできることはないだろうか。起き上がるのは辛いので、せめて横になりながらでも、この時間を有効に利用する方法を探す。部屋をぐるっと見渡して、中央に置かれたテーブルの上にある英語の教科書が目に入った。
そういえば、最近は実践的なことばかりに時間を取られていて、座学の方は予習も復習もほとんど出来ていなかった。
久しぶりに、復習でもしようかな。そう思い、ベッドに横になったまま、テーブルの上の教科書に手を伸ばす。ページをめくり、わからないまま放ったらかしにした単元の文法解説を読んでみる。授業からしばらく経っているからか、いまいち解説を読んでもピンと来ない。
物事を理解できないというのは、思った以上にストレスのたまるものだ。初めてまだ15分ほどしか経っていないというのに、このまま続けていると余計に体調が悪くなるような気がしてきた。身体を休めるために学校を休んだというのに、これでは本末転倒だ。ひとまず区切りのいいところまで解説を読み、深いため息をつきながら、教科書をパタン、と閉じた。

「お腹痛い...」

痛む腹部に手を添えて、ベッドの中でそう小さく呟いた後、諦めたように一度身体を起こし、ベッドサイドにあるチェストに置かれた薬とペットボトルの水を手に取った。錠剤をひと粒口に含んでから、水を飲んで身体にそれを流し込んだ後、再びベッドに潜り込み、目を閉じる。次に目が覚める時は、どうか痛みが治まっていますように。そう祈りながら眠りについた。






目が覚めると、部屋の中は薄暗くなっていて、窓の外を見ると、世界はオレンジ色の光に包まれていた。
薬が効いたのか、腹部の痛みはほとんどなく、ゆっくりと身体を起こすと、先程よりも随分すっきりした気がする。壁にかけられた時計を見ると、ふたつの針はそれぞれちょうど一番上と一番下の数字を指していた。

「よく寝たなぁ」

両腕を上げて、背筋をぐーっと伸ばしてみる。すると突然、コンコン、と部屋のドアをノックする音が聞こえた。だいぶ軽くなった身体でベッドから抜け、部屋のドアを開けた。

「ご、ごめんね...具合悪い時に」

ドアを開けると、遠慮がちな様子の緑谷くんが立っていた。深緑のくりっとした大きな瞳は、少し不安そうに揺れている。

「ううん。もうだいぶ良くなったから...。どうしたの?」
「あ...えっと、その、これを...」

緑谷くんは申し訳なさそうに、私に一冊のノートを差し出した。

「これは?」
「明日の英語小テストやるって、プレゼントマイクが言ってたんだけど...確かみょうじさん、最近やったとこの範囲苦手って言ってたから、対策ノート作ってみたんだ」

彼に渡されたノートをパラパラとめくると、単元ごとに彼らしい一生懸命な文字で、とても丁寧にまとめられている。テストをやると言っていたのはおそらく今日のはずなので、彼は数時間でこのノートを作り上げたのかと思うと、素直に感動してしまう。

「わざわざ作ってくれたの...?」
「あ、いや...!自分の復習も兼ねてだから...そんな大層なものじゃないんだけど...っ、ちょっとでも力になれたら、と思って...」
「いいの?こんなすごいノート私が借りちゃって...」
「ぜ、全然すごくないよ...!えっと...もしわかんないところあったら、後で連絡してくれればいいし」

彼は両手をバタバタさせながら謙遜する。もっと自信を持てばいいのになぁと思いながら、そんな彼の様子がおかしくて、ついくすりと笑ってしまう。

「ふふ、本当にすごいんだから、もっと自信持っていいのに...でも助かるよ。ありがとうね」

私がお礼を言うと、緑谷くんはほんの少し頬を染めて、頬を人差し指で掻く。

「あと、これ...もし良かったら」

彼は自分のリュックを前に下ろし、ガサゴソと音を立てながら、彼はそれなりの大きさのビニール袋を取り出して、それを私に差し出した。中を開けると、ゼリーやプリンなど、軽く食べられそうな甘いものがたくさん入っていた。

「わ...たくさん...」
「ごめん!食欲ないかもと思って、こういうものにしたんだけど、どれがいいかわからなくて...ちょっと買いすぎちゃって...多いよね。ホントごめん!」
「そんなことないよ!甘いもの好きだから、すごく嬉しいよ」
「そ、そう...?ならいいんだけど...」
「色々ありがとうね。緑谷くんって本当に優しいよね」

何気なくそう言った私の一言に、彼はなぜか少しだけ困ったような顔を見せた。

「ごめん、何か気に障った?」
「あ...いや!そうじゃないよ!そうじゃないんだけど...えっと...その、なんていうか...」

彼は言葉を詰まらせながら、しばらく視線を泳がせていたが、彼自身の中で言葉が定まったのか、泳いでいた視線を私に真っ直ぐに向ける。

「誰にでもこういうことするわけじゃないから」

彼はそう言うと、じゃあ、僕はこれで!と言いながら、ひょっとすると最近見た中では一、二を争うくらいのスピードで、寮の廊下を走って行ってしまった。残された私は彼の言葉を頭の中で繰り返し、その意味を考えた。まるで私が特別かのようなあの言い方に、心がくすぐったくなる。部屋の奥に戻り、彼がくれたビニール袋の中からプリンをひとつ取り出して、スプーンで口に含む。何度か食べたことがあるはずのものなのに、やけにそれは甘ったるく感じた。







緑谷くんからもらったプリンを食べたおかげか、かなり調子が戻ってきた。今のうちに明日の小テストに向けて準備をしようと、彼に借りた対策ノートを見ながら復習をしていると、再びドアをノックする音が部屋に響いた。

「今度は誰だろ...」

部屋のドアを開けると、緑谷くんとは対照的に、鋭い赤い瞳がまず飛び込んできた。

「あれ...今度は意外な人が来た」
「今度はっつーことは誰か来たんか」
「あぁ...さっき緑谷くんがノートを持ってきてくれて」

緑谷くんの名前を聞くや否や、彼の幼なじみである爆豪くんはものすごく嫌そうな顔をした。

「...あのクソナード後で殺す」
「いや、なんでよ...!幼なじみなんだから仲良くしなよ!」
「うっせぇわ」
「それで...爆豪くんは何の用?英語以外にも小テストあるの?」
「何言ってんだてめぇは」
「いや...教科別でそれぞれ来てくれてるのかと...」
「んなわけねぇだろ。そもそもそんなめんどくせぇこと俺が引き受けるかよ」
「あぁ...確かにね。ふふ」

私が笑うと、爆豪くんは笑ってんじゃねぇよ、と言いながら軽く私を睨みつけた。そして相変わらずの仏頂面で私の顔をじっと見たあと、私の部屋の方へ視線をむけた後、小さなため息をひとつ吐いた。

「何で普通に起きて勉強してんだよ」
「え...いや、ほら、明日は小テストだって聞いたから」
「んなもん、いちいち勉強なんかしなくても余裕だろ」
「爆豪くんはそうだろうね...頭いいし」
「つーか、てめぇ何で飯の時間に降りてこねぇんだよ」
「あ」

彼の言葉に対する返事に詰まる。完全に忘れていた。ポケットに入れたスマホを見ると、時刻は19時55分。寮の夕食の時間は完全に過ぎている。

「あ、じゃねぇわ」
「えっと...その、本当小テストどうしようってことばっかり頭にあって...それにプリンも食べたから...」
「んなもんで栄養取れるわけねぇだろ」
「それは、仰る通りなんだけど...」

彼の言うことはもっともだ。とは言え今日休んだのは生理痛なので、風邪などと違って病気ではなく、それほど栄養価を気にする必要はないのだが、男の子である彼にそれを言うのは躊躇われる。煮え切らない返事をする私に、爆豪くんは呆れたように小さく舌打ちをする。私がご飯を食べないことで、彼に特段迷惑がかかるというわけではないと思うのだが、何か言うと火に油になりそうなので、何も言わないで彼の言葉を待った。

「食わねぇと縮むぞ。ただでえチビなんだからよ」
「いや、一食抜いたくらいじゃ流石にそんなに変わらないんじゃ...」
「マジレスしてんじゃねぇよ」

彼はすかさず私の言葉に鋭いコメントを入れると、無言で茶色い紙袋を私に押し付けてきた。

「え?何?」
「...やる」
「やるって...」
「食える時に食っとけ」
「え...食べ物なの?これ...」

私の質問に対して答えをくれない爆豪くんに戸惑いながらも、押し付けられた紙袋を受け取った。紙袋が手に触れると、それはほんのりと暖かく、中を見てみると、ラップに包まれたおにぎりが二つ入っている。どうやら熱を発していたのはこれのようだ。中から香るほのかなお米の香りに刺激されたからか、なんだかお腹が空いてきた。

「こ、これ...爆豪くんが...?」
「...この状況で他にいるかよ」
「ま、まぁ...それはそうだけど...。あ、そっか、確か林間学校の時も、料理手慣れてる感じだったもんね」
「こんなもん誰でも作れるわ」
「いやいや、男の子でこんなきれいなおにぎり作れる人そんないないって!すごいって!」
「...そーかよ」

荒々しい言動からは想像し難いが、彼はおそらく几帳面な人だ。爆豪くんから渡された袋の中をもう一度見ると、中に入っているおにぎりはすごく綺麗な三角の形をしていて、彼の性格がよく現れているなと思った。

「ありがとうね。大事に食べる」
「大事にすんじゃねぇ。さっさと食ってさっさと寝ろや」
「それもそっか...じゃあ、あったかいうちにいただきます」

もう一度私がお礼を言うと、彼は私の頭に手を置き、ぐしゃぐしゃと髪の毛を乱した。

「ちょ...っ!」
「すでに寝癖だらけだから、関係ねーだろ」
「そ、そんなことないし...!さっき鏡みたけど普通だったし...」
「いいから、もうさっさと寝ろ。勉強やるなら朝と昼休みにやれ。どうせ英語は午後の授業だろうが」
「あ、あとちょっとで終わるから...」
「あ?」
「...はい。すぐに食べてシャワー浴びて寝ます...」
「わかりゃいいんだよ」

そう言うと、彼は私の頭を二回ぽん、ぽん、と軽く叩いて、一時間以内に寝なかったらぶっ殺すからな、と、何とも物騒な言葉を残し、私の部屋を去っていった。部屋の中に戻り、爆豪くんからもらったおにぎりを食べる。

「なんか...すごい美味しいんだけど...」

握り方が上手なのだろうか。ちょうど良いふわっとした食感で、これを男の子が作っているのだからすごい。まだ少し暖かいご飯の優しい甘さと、今日の晩ご飯のおかずだったと思われるシャケと金平牛蒡がそれぞれ入っていて、こういうところもしっかりしているなぁと、改めて感心してしまう。
おにぎりの美味しさに感動しつつ、一時間以内に寝るようにという彼との約束を果たすべく、そのあとは急ぎ目にシャワーを浴びて髪を乾かし、身体の熱がまだ残っているうちに、ベッドに入って目を閉じた。







「ん...」

腹部に感じる強烈な痛みで目を覚ます。先ほどまではあんなに軽かった身体が、今は鉛のように重く、チェストに置かれたペットボトルの水を手に取るだけで、まるでスローモーションのような動きしか出来ない。

「痛...」

薬の効き目が切れたのだろう。そう思ってペットボトルの横にある薬の箱を手に取り、中身を出す。しかし中には錠剤が入っていない残骸のフィルムがあるだけだ。

「うそ...最悪...」

いつもなら買い置きしているはずの薬だが、最近はドラッグストアに行く時間も取れなくて、今はもうこれしか残っていない。
女の子の誰かなら、薬を持っているかもしれない。壁にかけられた時計を見ると、今は22時45分。意外とあれから時間は経っていないが、もうだいぶ遅い時間だ。こんな時間に部屋を尋ねるのは迷惑かもしれないが、この痛みが夜の間ずっと続くのは耐えられそうにない。

お茶子ちゃん、起きてるかな...。

隣の部屋のお茶子ちゃんのところに行こうと、ベッドから重い身体を何とか起こして、ずるずると引きずるように部屋のドアを開けた。

「お」

ドアを開けると、今度は水色とグレーの綺麗なオッドアイの瞳と視線がぶつかる。ちょうど私の部屋を訪ねてきたらしいその人物は、私の顔を見るなり、いつもの冷静な顔つきから、少し焦ったような顔つきに変わった。

「みょうじ、大丈夫か?顔青いぞ」
「と、どろきく...」
「どっか痛いのか?」
「...頭と、お腹...痛くて...」
「なんでそんな身体でどっか行こうとしてんだよ」

轟くんは怪訝な顔でそう言うと、ふらつく私の肩を支えてくれた。

「一旦中戻れ。なんか必要なら取ってきてやるから。歩くのきついか?」
「だい、じょぶ...」
「いや、大丈夫じゃねぇだろ。嘘つくなよ」

彼は少し呆れたような声を出すと、肩を支えていた手を離してから、私の身体を簡単に持ち上げた。

「ちょ...重いよ...」
「重くねぇ。と言うか、お前軽過ぎだろ。ちゃんと食ってんのか」
「一応は...」
「部屋入るけどいいか?」
「はい...」

彼がなぜここに居るのか一瞬不思議に思ったが、ズキズキと響くような頭と腹部の痛みに意識が奪われていく。轟くんはそんな私を抱き抱えたまま部屋に入り、ゆっくり私をベッドに下ろしてくれた。

「で、何が必要なんだ?」
「薬...」
「コンビニとかで買えるかそれ」
「多分、女の子の誰かなら持ってると思う...」
「何の薬なんだ?」
「えっと...その...私が薬分けて欲しいって言ってたって伝えてくれれば...」
「...よく分かんねぇけど、その説明で通じるのか」
「うん...多分...」
「じゃあとりあえず麗日のとこ行ってくる。お前は寝てろ」
「ごめん...ありがとう...」

すぐ行ってくる、と言い残して、轟くんは一度部屋を出ていく。結局彼がなぜ私の部屋の前にいたのかわからないが、成り行きとはいえ、面倒ごとを押し付けてしまって申し訳ない気持ちでいっぱいになる。彼もインターンこそないものの、仮免補講でだいぶハードなスケジュールをこなしているはずなのに。
そんなことを考えていると、部屋のドアがガチャ、と開く音がする。少し急いだような足音と共に、赤と白の鮮やかな髪が揺れるのが見えた。

「麗日に言ったらすぐもらえた。これで大丈夫か?」

轟くんは錠剤の入ったフィルムを私に差し出した。箱ごと彼に渡すと私が気まずいと思ってくれたのか、薬の名前と用法が書かれた付箋が貼ってある。下の方には"お大事にね!早く元気になるといいね!"という優しいメッセージが可愛らしい字で書かれていて、友達の気遣いと優しさに涙が出そうになった。

「うん...ありがとう、轟くん」

轟くんから受け取った薬をフィルムから取り出して、それを水で体に流し込んだ。飲んですぐに効果が出るわけはないのだが、薬を飲んだという安心感からか、少しだけ心に余裕が戻ってきた。

「病院とか行かなくて大丈夫なのか?」
「あ、うん...何ていうか...病気じゃないから...これは」
「そんな具合悪そうなのにか...?」
「えっと...まぁ...その...何ていうか、体質みたいなもんっていうか...。とにかく病院に行かなくても、ちゃんと薬飲めば大丈夫なやつなので...」
「お前がそう言うなら無理にとは言わねぇが...悪化したら言えよ。病院連れてってやるから」

心配そうにしながらも、真剣な表情で轟くんはそう言う。さっきまではあまりの痛みで意識していなかったが、今のこの状況とこれまでの一連の出来事は、改めて考えるとかなり恥ずかしい。肩を支えられたり抱き抱えられたり、こうして薬を取ってきてくれたり。
まるで具合の悪い彼女のために、部屋を訪れた彼氏のような。

「と、轟くん」
「ん?」
「さっき聞きそびれちゃったんだけど...何で私の部屋の前にいたの...?」

恥ずかしさを紛らわすように、話題を別の方向へと逸らした。

「みょうじの様子、見にきた」

彼は何の躊躇いもなく、あっけらかんとした様子でそう答えた。紛らわそうとした恥ずかしさは余計に上乗せされてしまったような気がする。

「本当はもっと早く来ようと思ったんだが、明日の補講のことで相澤先生と話してて、遅くなっちまった」
「そう、だったの...」
「悪かったな。こんな時間に」
「ううん...逆に轟くん来てくれてなかったら結構やばかったかも...さっきまで本当に辛かったから...」
「少しは役に立てたか?俺は」
「役に立てたどころか...感謝しかないよ」
「そうか」

彼は短く返事をすると、口角と目尻を少しだけ下げ、落とすように笑った。そんな彼の表情に、心臓がとくんと跳ねる。今更なことではあるけど、綺麗な彼の顔でそんなふうに微笑まれてしまうと、うっかり心を持っていかれそうになってしまう。

「まだ腹痛いか?」
「うん...さすがにまだ薬は効かないからね...」
「わかった」

何が?と聞こうと私が口を開きかけた時、彼の左手が私のベッドの中に突如入ってきた。

「え...っ!?轟くん、何してんの...っ!?」

私は驚いて思わず大きな声を出すが、彼はさほど気にした様子もなく、そのままその手を私の腹部に置いた。

「何って...こうすると楽なんだろ?」

彼の言葉に一瞬クエスチョンマークが浮かんだが、その答えはすぐにわかった。彼の左手が置かれた腹部が、彼の個性のおかげでじんわりと暖かくなっていく。

「誰に聞いたの...?」
「麗日が、こうしてやるといいって、言ってた」

お茶子ちゃん、完全に面白がってるな...。

おそらく今頃自分の部屋でニヤニヤしているであろう彼女の顔を思い浮かべて、私は轟くんに気づかれないように苦笑いをした。

「どうだ?少しはマシになったか?」
「うん...すごい楽...ありがとう...」
「良かった」
「今度何か...お礼させてね...」

まるで湯たんぽをお腹の上に乗せているような、ポカポカとしたちょうど良い温もりが心地いい。ズキズキと刺すような痛みが、温められたことで溶けていくような、そんな感じがする。

「やっぱり素敵な個性だなぁ...轟くんの」

思わずそう口走ると、彼は少し驚いた表情を見せ、ありがとな、となぜか小さくお礼の言葉を呟いた。しばらくすると、腹部から全身に伝わりつつある暖かさに、少しずつ眠気が襲ってくる。

「眠てぇのか」
「ちょっと...だけ...」
「眠ってもいいぞ」
「え...でも...」
「眠ったら、俺も部屋に戻るから」

空いている方の右手で、私の頭をゆっくりと撫でながら轟くんはそう呟いた。優しく触れる大きな手と、低く落ち着いた声に、全身に伝わるじんわりとした心地のいい熱。それは、私の瞼を重くする理由には十分で、自然とそのまま瞼は閉じる。ほんのわずかに残った意識の中、おやすみ、と言う彼の声が聞こえたような気がした。







「おやすみ」

起こさないようにそっと左手を彼女の身体から離すと、久しぶりに空気に触れた左手は、まだ彼女の身体の柔らかさを覚えていた。警戒心が少し無さすぎるのではないかと、かなり心配にはなったが、安心したように眠る彼女の寝顔に、自然と顔が綻ぶ。自然と吸い寄せられるように、彼女の方へと近づくと、規則的な息遣いが聞こえた。明日のことを考えると、このままずっと側にいたいと思う心を、ここに置き去りにしなければならないことが悔しい。だから、その代わりに。そんな都合のいい口実を作って、俺はみょうじに問いかけた。

「先にお礼貰っちまうけど、いいか」

眠る彼女には届かない、そんな無意味な確認をする。その白い柔らかい頬に、たった一度だけ唇を寄せて、俺は静かにその部屋を立ち去った。


−−−−−−−−−−

10000HIT記念リクエスト第6段、オリジン組夢でした。
夢憂様からのリクエストで、生理が辛い女の子とオリジンのお話(轟くん寄り)です。
多分オリジンの中では爆豪くんがいちばん看病とか器用に出来そうな気がしますが、轟くんに頑張ってもらいました。
ウルトラどうでもいいですが、私は生理がめちゃめちゃ軽い人間なので、周りの方に相談しました(笑)

夢憂様、大変お待たせして申し訳ありませんでした。
また、素敵なリクエストをありがとうございました♡
こんな感じで大丈夫したでしょうか...?喜んでいただければ幸いです><

2020.01.09

BACKTOP