Variety is the spice of life


「これでひと段落かな...」

今回の仕事はそこそこに大きなものだったが、何とか想定内の被害で対処に当たることが出来た。数名怪我人はいるようだが、全員軽傷のようだし、この場はレスキューに任せて、あとは事務所に戻って報告するだけだ。
そう思って歩き出そうとすると、鋭い視線を感じる。視線のする方へ顔をむけると、数十メートル離れた場所から、ズカズカと私の方へ歩いてくる男の姿を見つけて、私の顔は自然と引きつった。

「てめぇ、どんだけ俺をイラつかせれば気が済むんだよ」

男にむかって聞こえるように舌打ちをすると、男は元々あった眉間のシワをより深くして、私のことを見下ろした。

「攻撃に巻き込んだのは悪かったわよ。でも仕方ないじゃ無い。あの状況じゃ」
「どう考えてもわざとだろうが、さっきのはよ」
「気のせい気のせい。そんなことより、人のこと見下ろさないでくれます?」
「んなもん、てめぇがチビなだけだろうがよ」
「女の子なんだから当たり前でしょ?そんなこともわかんないの?かの雄英のご出身ともあろう人が?ずいぶんレベルの低い学校になったのね。あんたの母校」

矢継ぎ早に嫌味を口にしてやると、顔に青筋を立て、彼は更に険しい表情になる。今にもブチッと音がして、どこかの筋が切れそうな形相だ。いっそアキレス腱でも切れろ。

「...いい歳こいて、自分のこと"女の子"とか抜かしやがる頭イカれた女に言われたかねぇんだよ。てめぇこそ育ちが知れてんな、このブス」
「誰がブスよ。眼科行ってレーシック受けてきなさいよ」
「てめぇ以外に誰がいんだよ。俺の視力は正常だわ。その俺が言ってんだから、てめぇはまごうことなきブスだろ」
「自分の視力が異常なことに気付いてないじゃないの?やだやだ、その歳でもうボケちゃってるわけ?」
「てめぇ、何でもかんでも俺がイラつく言い方で返しやがって...」
「そんなのお互い様でしょ。何言ってんの?馬鹿なの?」
「上等だコラ、今日こそてめぇぶち殺す...」
「ちょ、ちょっとかっちゃん!ストップストップ!」

目の前にいる大嫌いな同期が、火花を散らせた掌を私の前に突き出し、私も応戦するように構えると、慌てたように彼の幼なじみが止めに入ってきた。

「ここ現場だから...!とにかくまずは報告が先だから...ね...?」
「この女秒で叩きのめしたら、すぐ行ったるわ」
「叩きのめしちゃダメだから!君たち同じ事務所の同期でしょ?協力しないと...ね?」

デクさんの困った顔を見て、私は構えた手をそっと下ろした。
目の前にいる、この粗暴でデリカシーの無い男の幼なじみとは思えない、優しさの塊のようなデクさんに、そんな顔をされてしまったら何も言えない。

「はぁ、今回は引いてあげるわよ。良かったわね、今日が命日にならなくて」
「...てめぇ、マジでいつか、ぜってぇ泣かすからな」
「30分くらいは覚えといてあげる」
「っとに、可愛くねぇ女だな、てめぇはよ!!」

うるさいわね。あんたに言われなくたって、わかってんのよ、そんなこと。

可愛くない女。そんなことは百も承知だ。
小さい頃から運動だけが取り柄で、ピアノもバレエも、およそ女の子らしいものは何一つだってうまくいった試しはない。可愛いフリルのついたワンピースなんて、動きにくくて大嫌いだったし、同級生の女の子達が、口を揃えて言う"可愛い"という言葉に共感できたことは、申し訳ないけど一度もない。
人には得手不得手というものがあるが、私の場合は、"女らしくあること"が、不得手の最たるものなのだ。一時期はそれに悩んだりしたこともあったが、自分にないものを今更羨んだところで、ただ負の感情に支配されていくだけで、もっと自分を活かせる場所はないかと考えるようになった。

そして考えた結果、私はヒーローになった。
ヒーローになるためには、やはりそれなりの高いハードルがあった。勉強は苦手だったけど、とにかく毎日がむしゃらにに勉強していたと思う。"思う"、という表現なのは、高校受験を控えた中学3年生の時の記憶は、正直ほとんど覚えていないからだ。
努力の甲斐あって、地元である九州の名門と言われる高校への進学が決まり、3年間、文字通り死に物狂いでヒーローになるために頑張った。

高校を卒業した後は、ありがたいことに私を指名してくれた複数ある事務所の中で、最も都市部に近く、知名度の高いところを選んだ。これからプロヒーローとして、たくさんの人を救うんだ。ちっとも女らしくない私でも、人のために自分の能力を生かして働くんだ、とそう思っていたのに。

まさか、あんな奴が同期にいるなんて、ホント最悪。







『俺はてめぇみたいなモブと、協力なんぞする気はねぇ』

初めて会った時の開口一番がこれだ。今思い出してもムカつく。私のことをブス呼ばわりしたあの男、爆豪勝己は事務所の同期であり、私の大嫌いな相手である。

私の他にもう一人、同じ事務所に入所する同期がいると聞いた時は、どんな人だろう、仲良くなれたらいいな、と思っていた。しかし、そんな期待はその同期を目の前にして、一瞬にして崩れ去り、私はそんな期待をふくらませていた少し前の自分を殴りたくなった。
実際に出会った同期は、粗暴で無愛想で、デリカシーはないくせに、みみっちいほど神経質な男だった。
私の方も、決して協調性が高いとは言い難い性格だけど、それでも今までの人生、苦手な相手とも折り合いをつけて、それなりに上手く付き合ってきたと思う。

でもあの男に関しては、折り合いをつけようにも、彼はそもそも人の話など聞かない。こちらが歩み寄ろうと何か言っても、黙れ、うぜぇ、カスなどの、ヒーローとは思えぬ罵詈雑言のオンパレードで、デクさん曰く、"それが彼のニュートラル"らしいが、そんな相手と毎日顔を合わせなければならないなんて、たまったものではない。
それなのに、悔しいことにヒーローとしての戦闘における才能とセンスは、間違いなく同世代の中では群を抜いていて、それが更に腹立たしい。実力さえ備わってれば問題ないだろとでも言いたげな態度が、彼に対する嫌悪感を助長する。
爆豪も、そんな私の気持ちを知ってか知らずか、何かと突っかかってくるし、顔を合わせれば常に喧嘩腰な態度で、気づいた時には今のような関係になっていた。

「はぁ...疲れた...」

仕事を終えて、もうすぐ家に着くというのに、何で大嫌いな男との最悪な出会いなど思い出さなければならないのだ。

「ただいま...って、あれ、誰もいない...」

ギィィ、という不快な音を立てるドアを開けると、玄関には誰の靴もなく、中からは誰の声も聴こえてこない。スマホを見ると、今の時刻は22時17分。こんな時間に誰もいないなんて妙だ。
とりあえず電気をつけようと、玄関の電気のスイッチを押すが、電気がつかない。

電球切れ...?

仕方が無いので、スマホのライトで周囲を照らしながら、リビングにむかい、今度はリビングの電気をつけようとスイッチを押すが、先程と同じく明かりはつかない。
もしかすると停電だろうか。そう思って、私はスマホの発信履歴の中にある、ある人物に電話をかけた。コール音が3回ほどなると、相手の人物が電話に出た。

「あ、もしもし」
"あぁ、アンタかい。どうしたんだい、こんな遅くに"
「何か、部屋の電気つかないんですけど...」
"は?あんた、今"ハウス"にいるのかい?"

電話の相手は、昔この家に住んでいた大家さんで、今はマンションを借りて一人で暮らしている。ハウスというのは、私が暮らすこの家の呼び名みたいなものだ。シェアハウスだから、"ハウス"という、単純明快な呼び名。築30年以上は経過している、木造建てのこの古い一軒家で、私を含めた6人が生活している。

「え、えぇ...まぁ...ここに住んでるんで」
"......あぁ。そういえば、なまえちゃんには伝えてなかったかもしれないねぇ"
「...嫌な予感しかしないのですが、一応教えてください」
"明日からキッチンのリフォームで、ハウスは一週間利用禁止ってことになったんだよ"

突然聞かされる衝撃の事実に、一瞬言葉を失う。

「...は!?」
"だから、アンタも一週間くらい友達のとこにでも行っておくれ"
「行っておくれって...そんな、急に...」
"今日はひとまず、ハウスで寝てもらっても構わないけど、明日からの寝床は自分でどうにかやって"

そのあとも大家さんが何かを言っていたが、あまり内容は頭に入らなかった。完全に自分の伝達ミスだと言うのに、全く悪びれもなくそう言う大家さんに、怒りを通り越して、むしろ感心すらしてしまう。

これから一週間をどうやって過ごしていこう。つい昨日見た、記憶に新しい自分の預金残高を思い出し、私は深いため息をついた。







「今日は随分遅くまで残ってますね」

仲の良い女性の事務員さんにそう話しかけられて、心臓がドキッとする。現在21時40分。室内にはもう、私とその事務員さんしか残っていなかった。

「あ、いや...ちょっと、書類仕事が溜まってて...」
「何かお手伝いしましょうか?」
「だ、大丈夫!私が溜め込んでたものですから...っ」
「そうですか...あまり無理はしないで下さいね」

私がそう言うと、事務員さんは心配そうな顔をしながら、遠慮がちにお先に失礼します、と事務所から出て行った。"書類仕事が溜まっている"というのは、事務所に残り、そのままここに泊まるためについた、真っ赤な嘘だ。彼女に何か迷惑がかかるわけではないのだが、去り際に見せた心配そうな顔に、少し罪悪感を覚えた。マストな業務があるわけでも無いので、ここしばらくの敵犯罪のデータベースを見ながら、事務員さんが帰り際に煎れてくれた、温かいコーヒーを飲む。

「まぁ仕方ないよね...緊急事態だし...」

こういう時、男だったら良かったのに、と心底思う。何だかんだ言いながら、結局私は自分が女であることを自覚していて、それに応じた対処をしているのだから。

「ついに空気と会話するようになったんかよ」

誰も居るはずがないと思っていた室内で、急に背後から聞こえる嘲笑に、一瞬身体が動かなくなる。こんな言い方をする奴なんて、私の知り合いには一人しかいない。

「...何で居るのよ」
「あ?んなもん、俺の勝手だろ」
「あぁ...まぁ、そうね」

相変わらずムカつく言い方にカチンと来るが、今はそんなことよりも、一刻も早くこいつに立ち去って欲しい。そう思って適当な返事を返す。

「...どうでもいいが、てめぇこそ、何でここにいんだよ」
「ちょっと書類仕事が溜まってたから、ついでに片してたら遅くなったの」
「つまんねぇ嘘ついてんじゃねぇぞ、てめぇ」
「は?」
「書類仕事なんか、てめぇは即日対応してんだろうがよ」
「...何であんたにそんなことわかんのよ」
「あ?そんなん、普通にここにいりゃわかるわ」

悔しいけれど、爆豪の言う通りだった。それほど器用でない自覚はあるので、書類仕事は溜め込まず、仕事が発生したその日に済ませるようにしていた。彼は"ここにいればわかる"と言ったが、普通そんな、他人の仕事のやり方なんて把握していない。どれだけ視野が広いんだろう。そういうところも鼻につく。

「さっきの緊急事態ってやつかよ」
「...あんたに関係ないでしょ」
「...どうせ家に帰れなくなったとか、そんなんだろ」
「なっ...んで!?」
「はっ、図星かよ。だっせ」
「あ...っ」

しまった。あまりに的確に言い当てるから、思わず反応してしまった。よりによって一番知られたくない、この男に。

「んなこと勝手にしたら、始末書じゃ済まねぇぞ」
「わ、わかってるわよ...でも、他に方法ないし...」

事務所に泊まるという話は、誰にもしていない。九州からこっちに来てからは、忙しくて友達も作れていないし、かと言って、それほど親しい関係でも無い、シェアハウスのメンバーに頼るのも気が引ける。事情を話せば、もしかしたら事務所側で何か対応してくれたのかもしれないが、仮にホテルなどを手配してくれたとしても、あくまでそれは私個人の都合なので、おそらく出費元は自分になるだろう。預金残高残り3万円とちょっと。給料日まではあと5日もある。その間にホテルに連泊などしてしまったら、あっという間に生活がままならなくなってしまう。

「てめぇ、ダチとか居なそうだもんなぁ?」

馬鹿にしたように笑いながら爆豪は言う。その通りだけれど、この男にだけはそんなこと言われたくない。

「あんたに言われたかないわよ。...まぁ、否定はしないけど」
「しかもホテルに泊まる金もねぇ、ってとこだろ」
「...うっ」

そうだった。粗暴な言動が目立つけれど、彼は1を言えば10を理解できる、ムカつくほどに頭の良い人間なのだ。先ほどから図星だらけで返す言葉がなく、非常に悔しい思いをしている私をよそに、爆豪は何かを考え込んでいる。黙っていればそこそこいい男なのだから、永遠に黙っていればいいのに。

「......おい」
「な、何よ」
「来るか」
「は...?」
「来るかって聞いてんだよ」
「......どこに」
「あ?んなもん俺の家に決まってんだろ」

だから何か?とでも言いたげな表情をしている爆豪に、今私が聞いた台詞は何かの間違いだったのではないかと錯覚しそうになる。けれど、わずか数十秒前の記憶が曖昧になるほど私は老いてもいないし、今日はお酒も飲んでいない。確かにこの男は、"俺の家"と、そう言った。

「はぁ!?な、何言ってんの!?意味わかってんの!?」
「キンキンうるせぇな」
「うるっ...!?」

いや、ちょっと待てよ。

あまりにも衝撃的な提案に頭が混乱しているが、冷静に考えてみる。私はこれから一週間生活する場所が無い。お金のかかる手段はNG、泊めてもらえる友人もいない。最終手段として事務所に泊まり込むことを考えたが、これだっていつバレるかはわからない。かと言って公園などで野宿するほど、さすがにそこまで女を捨てていない。
目の前にいるこの男は、私が大嫌いな相手だが、それはお互い様で、こいつも私のことは間違いなく大嫌いだろう。であれば、男性の部屋に泊まる=そういうことになるかもしれない、という可能性は払拭され、尚且つ寝床が確保できるという、今取れる最良の手段では無いだろうか。

あれ、もしかしてこれって、アリなんじゃない?

「おい、てめぇ、いつまで固まってんだよ」
「...わかった」
「あ?」

女は度胸だ。もし仮に、万が一、億が一、そうなった場合は、全力でぶん殴ればいい。

「あんたの家、行くわ」

覚悟を決めてそう言うと、爆豪はほんの一瞬驚いたような顔を見せたものの、すぐにいつもの挑発的な笑顔で、そうかよ、と言い、私はすっかり冷めたコーヒーを、一気に飲み干した。

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2020.11.22

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