More holes than Swiss cheese


「てめぇ、ペットボトルを可燃ゴミに入れんじゃねぇよ」

眠い瞼を擦っていると、キッチンに立つ爆豪に、早速文句を言われた。

「え、だって燃えるじゃない。どうせ」
「そりゃ極論の話だろうが。ヒーローやってんならそれくらい守れや」

"俺の家に来るか"、という意外すぎる提案を爆豪から受けた、あの夜。
事務所の倉庫にこっそり隠しておいた、一週間分の荷物を入れたスーツーケースを持って、彼の家にやって来た。事務所から歩いて20分程の場所にある、かなり綺麗なマンションの一室が彼の家だった。外観だけでなく、室内もとても綺麗で、自身の暮らす古びた一軒家の自室と比較して、ちょっと悲しくなった。もともと几帳面な性格なのは知っていたが、爆豪の部屋は整理整頓がきちんとされていて、無駄なものが一切ない。私は彼の部屋に着き、必要なものをスーツケースから出した後、シャワーを借り、リビングのソファで一晩を過ごしたのだった。

「あんた、前から思ってたけど、本当にみみっちいわね」
「あ!?」
「というか...意外と真面目よね。そんなん燃えりゃ一緒だろ、とか言い出しそうな見た目なのに」
「喧嘩売っとんのか」
「あ、そうだ。これから一週間ここでお世話になるわけだし、その間のルールはあんたが決めてよ」
「シカトしてんじゃねぇぞ...このアマ」

不本意、かつ致し方なくとはいえ、人様の家にお世話になるのだから、最低限、家主のルールには従うべきだ。ひとまずペットボトルについては、可燃ゴミに入れないようにしよう。

「入られたくない場所とか、見られたくないものとかあるでしょ?」
「あ?ねぇわ。そんなもん」
「え、ないの?」
「そもそも何で"あること"が前提なんだよ」
「だって男の人って、色々隠してたりするんでしょ?えっちな本とか、いかがわしい道具とか」
「ねぇわそんなもん!!つーか、てめぇ女だろ!!もうちっとオブラートに包めや!!」
「ふーん...じゃあ、今度あんたがいない時にでも、こっそり覗こーっと」
「つまみ出すぞ」

互いに勤め人なのに、何故こんなに悠長に話をしているかというと、今日は何の偶然か、二人とも非番だからだ。昨日は色々あって疲れていたのか、爆豪家のソファに横になって、ほんの数分で意識を手放した。意識を取り戻したのは、頭に鈍い痛みが走ったからで、重い瞼をゆっくり開くと、"いつまで寝てんだ"とでも言いたげな顔で、爆豪が私を見下ろしていた。
まだ身体は睡眠を欲していたが、さすがにここは人の家だし、私が居たら彼はソファを使えない。仕方がない、起きるか、とまだ重たい身体をソファから起こした。ソファに置かれた掛け布団を畳み、カーペットの上に移した。人の家なので、その後どこにいればいいか分からず、迷った末にひとまずダイニングテーブルの椅子に腰掛けると、気怠そうな声で先ほどのペットボトルのダメ出しが飛んできたのだった。

「ねぇ、爆豪何やってるの?」
「あ?見てわかんだろ。飯作ってんだよ」
「え!?あんた、自炊出来んの!?」
「出来るからやってんだろが、アホかよ」

あの雄英高校にトップで合格して、在学中もトップクラスの成績で、今の事務所にも当然1位指名。良いとこ住んでるし、この綺麗さを保てるのだから掃除も出来るのだろうし、おまけに料理も出来るなんて。

「才能マン...ムカつく」
「おい、今てめぇ何つった?」
「ねぇ、私のもある?」
「んなもん、ねぇわ」

自分の分だけしか用意しないなんて、知っていたけれど嫌な奴だ。だったらそのまま寝かせておいてくれても良かったのではないだろうか。そう思って、もう一眠りしようかと、テーブルに顔を伏せると、ゴト、と食器を置く音が聞こえ、美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐる。

あぁ、お腹すいたなぁ...。

「みみっちい上にケチなのね。あんたって」
「...てめぇ、それ捨てたろか」
「え?」

"それ"とは何のことだろう、と思って咄嗟に顔をあげると、朝食の食器は、全て2つずつテーブルに置かれていた。私の分なんて、絶対に用意するわけないと思っていたのに。一体何を企んでいるのだろうか。それとも。

「あんた、熱でもあるの?」
「...マジでいらねぇらしいな」
「わーい爆豪くんさいこー素敵ー」
「台詞が棒読みなんだよ!!てめぇホントいい性格してんな!!」
「...まぁ...ありがと」
「きめぇ」
「は?人がお礼言ってんのに"きもい"とは何よ」
「てめぇこそ、熱でもあんじゃねぇのか」
「あんたホントムカつく!」

ほんのちょっと、小指の爪の甘皮ぐらいなら見直したかも、と思った私が馬鹿だった。やっぱりこいつは嫌な奴だ。やけくそぎみに手を合わせて、いただきます、と言い、テーブルに置かれたお箸を手に取る。見た目はすごく綺麗だが、これで味が不味かったら、思い切り馬鹿にしてやる。そう思って、用意されたかぼちゃの煮物をまず口の中に放り込んだ。

「う...」
「あ?」
「うまっ...!何これ...超美味しいんだけど...っ!」

ホクホクとした食感が絶妙だ。下手な人が作ると、ちょっとべちょっとしたり、逆にパサパサしたりするのに、ちょうどいい具合で、それに味付けもいい。ご飯がすすむ、少し濃いめの味つけも美味しい。

「...そうかよ」
「あんた、副業で料理人になったら?」
「なるわけねぇだろ」
「あ、でも確かに副業の人にこんなの作られたら、本業の人は商売上がったりよね...いや、でもこんな才能、活かさないのは勿体ないし...あ。じゃあそういうイベントでもやったら?ファンサの一環で!」
「...ふっ」

この才能をもっと活かす方法はないだろうか、と考えていると、急に目の前の男が、吹き出した。

「え...何よ」
「てめぇは...何目線で、言ってんだよ...っ...ふっ」

私は素直に褒めたつもりだったのだが、何故か爆豪は肩を震わせながら、必死に笑いを堪えていた。

「今のどこに笑うところがあったのよ?」
「あるわ...くくっ...笑うところしかねぇわ...」
「えー...意味わかんない。才能の活用法を考えてあげたのに...」
「だから、何でてめぇがそんなこと考えてんだよ」

マネージャーかよ、とそう言いながら、ついに耐えきれなくなったのか、爆豪は声に出して笑い始めた。同じ事務所で同期入所。毎日のように顔を合わせているけれど、こんなふうに笑っているところは初めて見た。

ふーん。そういう顔もできるんじゃない。

「おい、間抜け面で人の顔ボーッと見てんじゃねぇぞ」
「...あんた、笑ったりすんのね」
「あ?」
「ファンの子にも、そういう顔してあげればいいのに」
「誰がするか。くっだらねぇ」
「才能マンというより、才能の無駄遣いマンって感じね」
「てめぇは余計な一言を言わねぇと死ぬ、不治の病かなんかなのか」

顔に青筋を立てながら、そう言う爆豪を無視して、私はお椀に入ったお味噌汁を飲んだ。







「で、何をどうしたら住む場所が無くなんだよ」

朝食を食べて、せめて片付けくらいはと思い、食器洗いを終えた私に、爆豪がそう尋ねてきた。正直なところ、この男にプライベートなことなど1ミクロだって話したくないのだが、今回は致し方ない。

「私、シェアハウスに住んでるんだけど、そこのキッチンを改修するらしくて」
「そんなん普通、前もって日程決まってんだろ」
「それが...大家さんが私にだけ伝えるの忘れてたみたいで...私こういう仕事だから、帰る時間もバラバラだし、多分、一番家にいる時間短いから」
「普通に考えりゃ大家の過失だろ、それ」
「まぁちょっとマイペースな人ではあるけど...色々...お世話になってるから...何より安いし」
「お前、俺とそんな収入変わんねぇだろうが」
「それはそうなんだけど...ちょっとお金溜めたくて...だからお金がかかる方法はダメなの」
「そーかよ、まぁ俺の知ったこっちゃねぇがな」
「うわ...聞いといてそれ言うの?なら聞かないでよ」
「...お前、どうせ事情の三割程度しか話す気なんてねぇんだろ」
「え...」

何かを見透かしたような目で、爆豪は私の顔を見ている。私はこの男が大嫌いだが、特にこう言う時の、この目が嫌いだ。言葉の端々から、あっという間に触れられたくない確信まで、気づかれそうで。

「言わねぇくせに、俺に何かを求めんじゃねぇよ」
「べ、別に求めてないわよ、あんたになんか!っていうか、その言い方やめてよ!なんか嫌!!きもい!!」
「てめぇ...飯作ってくださった相手にその態度...なめてんのか...」
「あ、そうだ。ねぇ、ちょっと買い物に行きたいんだけど」
「だからシカトしてんじゃねぇぞ...」







「別に、ついてこなくても良かったんだけど」

買い物に行きたいと言ったのは、買い物ができる場所を教えて欲しいという意味で、別についてきてほしいという意味ではなかったのだが、何故か私は今爆豪とスーパーに来ている。

「俺がいなきゃ、オートロック開けらんねぇんだろうが」
「普通にインターホン押すから、それで開けてくれればいいじゃない」
「めんどくせぇわ」
「ついて来る方が、よっぽど面倒だと思うんだけど」
「いちいちうるせぇな!俺の勝手だろ!!」

いいからさっさとカゴとれや、と爆豪が言う。素直に言うことをきくのもシャクだが、カゴがなければ買い物は出来ないので、渋々カゴを手にとった。

「...で、何買うんだよ」
「最近ちょっと寒くなってきたじゃない?」
「......おう」
「だから、シチューでも作ろうかなって。...まぁ、泊めてくれたのと、朝ご飯のお礼に、本当は嫌だけど、あんたも特別に食べていいわよ」
「...遺言まだ書いてねぇわ」
「失礼ね!私だってちゃんと自炊できるわよ!!」

そりゃあ、あんな美味しい朝ごはんを出してもらって、ちょっと自分の料理の腕に自信がなくなったことは間違い無いけれど、こいつに借りを作ったままになんてしたくない。シチューは得意料理だし、シェアハウスのみんなに食べてもらったこともあるけれど、かなり高評価だった。今回に関しては勝つことが目的ではない。少しでも借りを相殺することが目的だ。

「おい」
「何よ?」
「んで、そんなもん入れてんだ」
「え。シチューに入れるからだけど」
「は?」
「え、ウインナーは入れるでしょ?」
「いや、入れねぇだろ。普通に肉入れるわ」
「まぁ確かに、たまに鶏肉の時もあるけど...」
「"たまに"じゃねぇわ、いつも大体そうだわ」

これは結構よくあることだ。シェアハウスでもそうだったが、カレーの肉は何の肉かとか、野菜は何が多めがいいとか、そういう話をすると、結構それぞれ意見が違う。

「...ちなみに聞くけど、野菜って何入れてんの、あんた」
「普通にカレーと同じ。たまにブロッコリー」
「コーンとか入れない?」
「あ?んなもん入れたら、甘くなんだろうがよ」
「その甘さがシチューにいいんじゃない」
「はっ、てめぇみたいな甘ったれた女には丁度いいだろうな」

馬鹿にしたように笑いながらそう言う爆豪に、カチンときた。

「何でもかんでも辛いものかける奴に言われたかないわよ」
「あ?」
「前事務所の食堂で麻婆豆腐に、あんた七味めっちゃかけてたでしょ?周りが引いてたわよ」
「俺の辛党が誰かに迷惑かけてるわけじゃねぇだろうが。てめぇの甘ちゃんと違ってよ」
「確かにまだ未熟ですけど、あんただって同じペーペーじゃない。こないだだってデクさんに怒られてたし」
「あれはてめぇも含まれてただろうが!」
「とにかく!コーンは入れるの!絶対!」
「入れねぇわ!」

いや、別に正直なところはどっちでもいい。コーンが入っていても、いなくても。ただこいつの言う通りにするのが嫌なだけだ。

「あ、あのー...お客様...」
「あ?」
「何ですか?」
「その...店内ですので...もう少し声のボリュームを抑えていただけますと...他のお客様もいらっしゃいますし...」

困ったような顔で私と爆豪を見る店員さんの言葉に、ハッと我に帰って周囲を見回すと、色んな人が私たちを見ていた。迷惑そうな顔をする人、何故かニヤニヤした顔をしながらこちらを見ている人など、様々な視線が私たちに集まっている。顔に熱が集まるのがわかった。恥ずかしすぎる。

「す、すみません...っ、ほら、何突っ立ってんのよっ、あんたも...っ」
「...チッ......すんませんした...」







必要なものを素早くカゴに入れ、逃げるようにスーパーを後にすると、先ほどまでは晴れていたのに、外は雨が降っていた。

「夕立かしら...ついてないわね...」
「どうせすぐに止むだろ。つーかてめぇ、水の個性なら雨くらい何とかしろや、この役立たずがよ」
「無理に決まってんでしょ。そっちこそ、この雨じゃ今敵が出ても爆破使えないわね。この役立たず」
「使えるわ、なめんな」
「...爆豪って、その個性はお母さんの?お父さんの?」
「あ?んなこと何でてめぇに教えなきゃなんねぇんだよ」
「別に、雨で動けないから暇つぶしよ。別に知りたわけじゃないから」
「だったら聞くんじゃねぇ。黙ってろ」
「だって暇なんだもの」
「...お前、俺が嫌いなんだろうが」
「よく知ってるわね」
「さっきも思ったが」
「何を?」
「何で大嫌いな俺に、ベラベラ話しかけてくんだ」

そんなのそっちが突っかかって来るからでしょ。

そう言おうと思って爆豪を方を見ると、何故か爆豪は真顔で、いつもなら深く刻まれている眉間のシワが見当たらない。また初めて見る顔だ。その顔は何だか少し悲しそうにも見えて、私は何故か顔を逸らしてしまった。

「...だって今、他に話す相手いないんだもの」
「別にいいだろ。話さなくたって」
「それは...何て言うか、寂しいじゃない。人といるのに、何も話さないと」

別にこの男と話がしたいと思ったことなど、一度もない。だけどすぐ側に誰かがいて、言葉を、想いを伝えることが出来て、それを共有し合うことができることは、とても尊いものだと思う。

「私だって違う人がいるなら話しかけないわよ。あんたになんか。だけど誠に残念ながら、今話をできる相手があんたしかいないわけ。だから話しかけてんの」
「...そーかよ」
「怒んないの?」

いつもなら、可愛くねぇ女とか、迷惑だとか、そうやって言い返して来るのに。不思議に思って爆豪の顔をもう一度見ると、先ほどと変わらず彼は真顔だ。私と視線が合ったことに気づくと、彼は数メートルほど空いていた互いの距離を、数歩だけ縮めた。不審に思ったが黙っていると、ゆっくりと爆豪の手が動き、その手はポン、と私の頭に落ちた。

「は...?」
「いけすかねぇ女だと思ってた」
「...知ってますけど」

急に人の頭を押さえつけて、"いけすかねぇ"とは、何様だ。そう思って頭に乗せられた手を振り払おうとすると、私の腕は爆豪によって抑えられ、代わりに彼の顔がぐっと近づいた。爆豪はそのまま何をするわけでもなく、私をじっと見た。その行動の意図はが分からず、瞬きもできずに止まっていると、ようやく彼の口が動いた。

「今初めて、てめぇを可愛いと思ったわ」

爆豪は私の髪をぐしゃっと乱して、背中を向けて歩き出した。"ちょっと待って、まだ雨が止んでない"、と、そう言葉に出そうとした台詞を、私は飲み込んだ。

いつの間にか降り出した雨は、いつの間にか止んでいた。


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2020.11.28

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