Million-dollar question


「あの、本当にこの格好じゃないとダメですか...?」

鏡に映る自分の姿に、思わず顔が引き攣る。
襟元や裾にフラワーモチーフのレースがあしらわれた、ベビーピンクのオフショルダードレスを身に纏う自分に、拭いきれない違和感を感じる。
いつも適当に結んでいる髪も、丁寧な編み込みのあるフルアップにされ、首からうなじにかけてが広く露出されている。
ファッションはとにかく動きやすさ重視。スカートなんてここしばらく履いていない私が、こんな格好をしているのは、一週間前に舞い込んできた、ある仕事のためだった。







『パーティ会場の警備ですか?』

私のその質問に、先輩は白い歯を見せて、ニカッと笑ってみせた。

『そ。主催企業と会場となるホテルからの依頼でな。各界の著名人も多く出席するらしくて、その警備をうちの事務所に、とのことだ』
『なんか、珍しいですね。うちの事務所にこういう依頼が来るのって』

私の所属する事務所は、戦闘向きの個性を有するヒーローが多く所属していることから、舞い込んでくる依頼は戦闘になる可能性が高いものばかりだ。
もちろん警備などの仕事もないわけではないが、そういった依頼は、守備に強い個性持ちで固められることが多く、私にその仕事が回って来たのは初めてのことだった。

『今回招待されてるゲストがな...いわゆる過激な発言でSNS等でしょっちゅう炎上している連中で。これは俺の個人的な見解だけど、まぁ恨みを買ってる自覚があるんだろうよ』
『あぁ...それで、もし万が一襲われた時に、ってことですね』
『そういうことだな』
『それと面倒なことに、警備していることを周囲に悟られないようにして欲しいっていうオーダーでな』
『え...でもそれだと、抑止力にならないんじゃ...』
『こっちもそう説明したんだが、そこはなんとかお願いしますの一点張りでなぁ...。要するに、パーティの雰囲気に水を刺さず、警備もして欲しいってことだな』
『なんか...言い方悪いですけど、面倒な注文ですね...』
『まぁそんな訳だ。それで、パーティの会場にはお前と、あともう一人行ってもらおうと思ってる』
『...あの、まさかとは思いますけど..."こいつ"とじゃないですよね?』

先ほどから偉そうにソファに座り、先輩の話を仏頂面で聞いていた人物を指差すと、先輩は苦笑いをしてみせた。

『やっぱ...ダメ?』
『嫌です。冗談じゃないです。御免被りです』
『俺だって冗談じゃねぇわ。つーか指差すんじゃねぇよクソ女』
『...お前らが仲悪いのはよく知ってるけど、見た目的に、爆豪とみょうじが一番いいんじゃねぇかっていう、所長のお達しでな...』
『こんな目つきの悪い奴のどこがいいんですか』
『可愛げも色気も壊滅的な女に言われたかねぇわ』
『何ですって?』
『あ?本当のことだろ。それとも、どっちもあるって言いてぇのか。図々しい女だな』
『そんなこと言ってないでしょ!』

ソファに座る爆豪に向かってそう言うと、彼はうるせぇな、とでも言いたげな顔で、自分の両耳をわざとらしく塞いだ。
仮にだ。万が一私に、女としての可愛げや色気なんてものが備わっていたとしても、こいつにそれを振りまいてやるつもりなど毛頭ない。

『そういう反応するとは思ったけどな...。でも所長命令だから、俺も立場的に"無理です"とは言えないわけよ。お前らだって、所長怒らせるのは嫌だろ?』

先輩のその言葉に所長の顔を思い浮かべ、私たちは無言になる。
戦闘向きの個性持ちばかりが所属する事務所のトップとは思えぬ、温厚な人柄の所長だが、仕事に対してはかなり厳しい人だ。
私情を持ち込んで配置を変えさせたことが知られれば、普段の穏やかさはどこへやら。冷ややかな視線で、理論武装を固めた数時間にも及ぶお説教は免れない。
入所した当初、仕事の途中で言い合いを繰り広げていたことが所長に知られてしまった時は、爆豪と共に約三時間、ひたすらに正論をたたきつけられたことがあった。

『まぁそういう訳だから、頼むよ。なっ!』

拝むように両手を合わせながら、先輩は私たちにそうダメ押しした。私は爆豪をじっとりと睨みつけ、わざとらしく大きなため息をひとつ吐いた。
彼はそんな私に、明らかにイラついた様子で盛大な舌打ちをしてみせたが、思うところがあったらしく、それ以上は何も言わなかった。

『頼んだぞ!無事に終わったら飯奢ってやるから!』

先輩は私と爆豪の肩をバシバシと叩きながら、再びその白い歯を見せて、ニカッと笑った。







そして今日がパーティの当日だ。
開始まであと数時間と迫ったタイミングで、会場のあるホテルのスタッフさんに声をかけられ、言われるがままについて行くと、そこはウェディングサロンだった。
そこからはあっという間で、サロンのスタッフさんによって、採寸、ドレス選び、小物選びなどが手早く行われ、私はされるがままの状態だった。

「警備を悟られないように、とは伺ってましたが、別にこの格好じゃなくても、スーツとかで...」
「女性の方は皆様こういった装いでご出席されますから...スーツですとかえって目立ちます」
「いや、でもこんな可愛いデザインのドレスじゃなくても...」
「お気に召しませんでしたか?」
「あ、いや...!そういう意味ではなく...!ドレス自体はとても素敵なんですけど...私にはちょっと...」
「そんなことありません。とてもお似合いですよ」

朗らかな微笑みを携えたサロンのスタッフさんは、そう言いながら最後の仕上げにと、私の頬にチークを塗った。

「こちらでお支度は以上になります」

椅子から立ち上がり、鏡に映った自分を改めて見る。
本人はともかくとして、さすがはプロがやってくれただけあって、素人目にもとても綺麗な仕上がりだ。
こういう服は動きにくくて昔から嫌いだったが、こうして至れり尽くせりで綺麗にしてもらうと、たまには悪くないかもしれないと思ってしまうほど。
確かに自分の目で鏡を見ているはずなのに、目の前に映っているのが自分だとは信じられない。

「もう御一方の方は、既にお支度を終えて、ロビーでお待ちいただいておりますので」
「げっ...!」

"もう御一方"。
その人物を想像した瞬間、自分でも悲しくなるほどに色気のない声が出た。

「どうかなさいましたか...?」
「.........いえ、こっちの事情なので、お気になさらず...」

せっかくこんなに綺麗にしてもらったというのに、何が悲しくて、あんな奴とこれから過ごさなければならないのだ。
まぁかといって、他に過ごしたい人がいるかと聞かれれば、そんな人はいないのだけど。


ウェディングサロンの人にお礼を言い、エレベーターに乗ってロビーのある一階に降りる。
中央に重厚感のあるブロンズ像が置かれた、仰々しいロビーのソファに、ベージュ色の後頭部を見つけて、ため息をひとつ吐いた。

きっと馬鹿にされるんだろうなぁ...。
"ブスは何着てもブスだな"とか、いかにも言いそう。否定はしないけど。

「スミマセン、オマタセシマシタ...」

どこからこんな声が出ているのだろうと自分でも思うほどの声で、カタコトな日本語を用いて後ろから話しかける。まず、振り向く前に"遅ぇんだよクソが"、という怒声がまず飛んでくるだろうと予想していたのだが、意外にも彼はゆっくりと振り向いた。さすがに私の姿を見れば、皮肉の一つも言ってくるだろうと思ったのだが、驚くことに爆豪は一言も言葉を発することなく、ただ私の方をじっと見ているだけだった。

なるほど、似合わなすぎて声も出ない、と。

「あのさ...ノーコメントだと逆に傷つくんですけど...」
「あ?何言ってんだてめぇは」
「似合わないなら似合わないとはっきり言われた方が、まだ心が軽いというか...」
「んなこと別に思ってねぇわ」
「え...」

爆豪の言葉が意外すぎてパニックを起こしていると、彼はソファから立ち上がって、私の方に近づいてくる。そして上から下まで、品定めするように首を上下に動かした。

「な、何...?」
「......まぁ、悪くはねぇんじゃねぇか」

彼は意地の悪い笑顔を浮かべながらそう言うと、私の横を通りそのまま歩き出す。

待って、今の何?幻聴?夢?

今のが私の聞き間違いでないのなら、私は今のこの姿を、爆豪に褒められたことになる訳で。
たった今聞いたばかりの言葉が頭の中でリピートされると、自分でもわかるくらい鼓動が早くなり、顔が熱くなる。

待って、何これ。どういうことなの。何でこんなことになってるの私は。

「オイ、何してんだ。さっさとしろ。もうちょいで始まんだろうが」

少し後ろの方から聞こえるイライラした様子の声に、ハッと我に返る。
そうだった。今から私は確かにパーティには出席するけど、それはゲストとしてじゃない。あくまで警備、仕事としてだ。今私の中に存在している訳のわからないものは、ひとまず一旦閉まっておこう。

「分かってるわよ...っ」

踵を返し、慣れないヒールをカツカツと鳴らしながら、彼の後を追う。何を言われたわけでもないのに、特にいつもと変わらない様子の爆豪に、なぜか少しだけムカついた。立ち止まっていた彼を追い越し、パーティ会場へ向かうエレベーターの方へ行くと、今度は後ろの方から、小さく舌打ちの音が聞こえて来た。







「では、皆様の今後の益々のご多幸とご発展を願い、乾杯!」

広いパーティ会場のあらゆる場所から、シャンパングラスがぶつかり合う音が響く。
ホテルのスタッフが手に持つシャンパンは、私でも名前を知っているほどによく知られた銘柄で、私の一年分のお給料を注ぎ込んでも、手に入らない代物だ。
会場を視線だけで見渡すと、テレビや雑誌で見たことのある人が沢山来ていて、会場そのものやテーブルに置かれた料理はもちろんだが、その空間はまさに"豪華絢爛"と呼ぶに相応しいものだった。
グラスに注がれたシャンパンを形式的に一口含むと、耳につけたイヤホンから、ザザ、と微かなノイズ音が聞こえ、各持ち場の現状を確認する声が聞こえた。

"D班、現状は"

「こちら特に異常はありません」

髪を耳にかける仕草をしながら、左腕のブレスレットに忍ばせた小型のマイクに向かってそう呟く。他の班の現状報告も終わると、引き続きそのままその場所で待機するようにという指示が下った。

「しばらくここで待機ですって」
「聞こえとるわ、バカが」

こちらに視線を向けることなく、馬鹿にしたように隣でそう吐き捨てる同期にイラッとする。"そうして毎回、暴言を織り交ぜないと会話できないのか"と文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、ここで揉め事を起こして目立ってしまっては本末転倒だ。
喉元まで出かかったその言葉を、グラスに注がれたシャンパンをもう一口含み、一緒に飲み込んだ。

「でもホントあれね。テレビとかで見る人ばっかりね」
「悪目立ちするアホばっかじゃねぇか」
「...それ、あんたが言っちゃうの?」
「なんか言ったかオイ」
「あんたもそうして眉間にしわ寄せずに普通にしてれば、そこそこマシなのに」
「てめぇ、ここで俺が怒鳴らねぇの分かってて言ってんだろ...」
「まぁでもあれか。すぐボロが出て怒鳴り散らしちゃうんだろうから、意味ないか」
「...家に戻ったら覚えとけよ。ぶっ飛ばすかんな」
「女の子に手をあげるなんてサイテー」
「てめぇは女の子にカテゴライズされねぇんだよ。身の程知れや」

"女の子にはカテゴライズされない"。
爆豪のその言葉に、不意に心がチクッと傷んだ。そんな言葉よりもっとひどい言葉を、散々こいつには言われてきたというのに。

「...どうせ私は女の子じゃないわよ」
「あ?んだよ?」
「な、なんでもないわよ...っ」

別に自分のことを女らしいと思ったことなどないし、そう思って欲しいと思ったこともない。どちらかといえば、女だからという理由で変に気を遣われる方が、ずっと嫌だと思っていたのに。
今だって、それは変わってないはずなのに。

なんでちょっとショック受けてんのかしら、私。

「ごめん、ちょっとお手洗い行って来ていい?」
「さっさと行けや。なんならずっと戻ってこなくてもいいわ」

馬鹿にしたように笑いながら言う爆豪に、いつもなら絶対何か言い返しているところなのに、なぜか何も言葉が出てこない。
私が何も言わないことに、彼も違和感を感じたのか怪訝な表情をしてみせたが、私はそんな彼に背を向けて、会場の入り口の方へと歩き出した。







「はぁ...警備中に何をやってんだ私は...」

思わずそう漏れ出す本音に、慌てて口を噤む。
もしもパーティに来ている人に、これが警備であることを知られるのはまずい。

でもほんと、何やってんだろう。私は。

思えば、爆豪の家にお世話になることになってから、妙にこうして心がぐらぐらすることが増えた。
以前は彼に対して、嫌悪感以外の感情は何も持っていなかったというのに、ここ数日の間でいがみ合うこと以外での関わりが急に増えたことにより、ほんの少しだけ、けれど確実に、彼に対する認識が変わってきている。

いや、だからなんで、私があいつのことを考えないといけないのよ。




そんなことを考えて悶々としながら、パーティ会場に戻る道を歩いていると、不意に肩をトントン、と叩かれた。少し驚いて振り向くと、落ち着いた雰囲気の、私より少し年上であろう男性がそこに立っていた。

「あの、すみません。これ落としましたよ」

彼は笑顔をたたえながら、私が鞄に入れたはずのハンカチを持っていて、それを私の方に向かって差し出していた。

「あ...、すみません、ありがとうございます」
「いえ、全然。あそこのパーティに出席されてる方ですよね?会場でお見かけしました」
「見かけたということは、あなたもご出席されてるんですか?」
「えぇ、まぁ」

そう言いながらにっこりと微笑む男性は、いかにも女性にモテそうなタイプだ。ここ数日、急に目にする機会が増えたムカつく同期とはえらい違いで、この人の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいものだ。

「あの、こんなことを初対面で言うのは気がひけるのですが...」
「なんでしょう?」
「良ければ、連絡先を教えていただけませんか?」
「え...」

少し照れたように笑いながらそう言う彼に戸惑う。今まで同級生や仕事関係以外で、男の人に連絡先を聞かれたことなどない。

「あ、もしかして、お付き合いされてる方がいたりしますか?」

"いませんよ"。
そう即答できる質問のはずなのに、私はなぜか答えに詰まった。そして混乱した。
付き合っているわけでもなければ、好きな相手でもない、むしろ嫌いな相手である人物の顔が、その質問の直後に浮かんできたからだ。

「い、いえ、そういうわけではないんですが...」

どういうことだ。一体私に何が起こっているんだ。

「困らせるつもりはなかったんですけど...すみません」
「あ...いや...その、すみません。仕事柄、異性関連は気をつけるように言われていまして...」

それは嘘ではなかった。
ヒーローは今や人気商売であるが故、スキャンダルが活動を妨げる要因になりかねない。
実際のところ、私たちの事務所からも、その点については入所の時点で形式的な指導が入っている。


「...へぇ、やっぱりヒーローってそういうの気にするんですね」

彼が発したその言葉に、急に全身が警鐘を鳴らした。
今の今まで一度だって、私は自分の職業が"ヒーロー"だとは言っていない。

「あなた...」

"誰なの?"

そう問いかけた言葉は、背後から聞こえた多数の悲鳴によって掻き消された。これから戻ろうとしていたパーティ会場の入り口から、わずかに煙のようなものが見える。
状況を確認しようと、私が後ろに気を取られている隙に、目の前にいた男は駆け出した。

「待ちなさい...っ!!」

ヒールを脱ぎ、ストッキングのまま全速力で逃げた男を追う。個性やパーソナルな情報は何一つ持っていないけど、単純な足の速さならば、私の方が速そうだ。
個性を使い、彼の行手を阻むと、彼は先ほどまでの穏やかな表情から一変。険しい顔で私を睨みつけ、ポケットから鋭利な刃物を取り出した。

「女の子に向かって、そんなもの向けてくるなんて、随分かっこ悪いことするわね」
「うるせぇな...っ」

刃物を持ったまま向かってくるその男を交わすと、プライドが傷つけられたのか、彼はさらに逆上しながら私に向かってくる。
会場の様子がわからないままだし、こんなところで時間を食っている場合ではない。そう思い、すぐさま彼の後ろに回り込み、足を振り上げた瞬間に、私はあることを思い出した。

しまった。私、今───

足を上げたと同時に巻き上がるドレスの布のせいで、視界が一時閉ざされる。慌てて体勢を立て直し、視界が開ける頃には、すでに相手の射程圏内に入ってしまっていた。

やばい。当たる。

そう思って覚悟した時、爆発音と共に、目の前の男は左側に吹き飛ばされた。窓ガラスに叩きつけられた相手が、意識を失ったことを確認し、ゆっくりと右側を振り向くと、今まで見たことがないほどにイラついた様子の爆豪がそこに立っていた。

「ば、爆豪...あり...」

咄嗟にお礼を言おうとした私だったが、爆豪は最高にイラついた様子のまま、ズカズカと歩いて私の方へやって来て、私の腕を掴んだ。

「...そのカッコで回し蹴りたぁ、なんのサービスだこの痴女が」
「...... ちっ!?はぁ!?何言ってんの!?馬鹿じゃないの!?こっちはただ必死で...っていうか、あんた会場の方はどうしたのよ!」
「あ?んなもん片付けたに決まってんだろ」
「で、でも悲鳴が...それに、煙みたいなのも...」
「あれはただの煙幕だ。大方、著名人のパーティを爆破してやるって予告でもしてた馬鹿なんだろ」
「まぁ...確かに動きは素人っぽかったけど...って、それはわかったけど!さっきの暴言は聞き捨てならないわよ!こっちは組織的な何かかと思って真剣に対処してたのに...!」
「相変わらずぴーぴーとうるせぇな、てめぇは」
「な...っ」

爆豪は心底面倒臭そうな顔をしてみせると、掴んでいた腕をぐっと自分の方に引き寄せ、反対の手で私の頬に触れた。

「ちったァ女だって自覚持てや」

彼はそう言いながら、私を見下ろした。そしてそのまま勢いよく自分の肩に私を担ぎ上げた。

「ちょ...っ、なに!?」
「"何"じゃねんだよ。足の裏血だらけになりてぇのかてめぇは」

爆豪にそう言われ、辺りを改めて見回すと、先ほどの爆破によって割れた窓ガラスの破片が床に飛び散っていた。

「わかったら、大人しく担がれろ。暴れたら殺す」

そう言いながら、彼はまた偉そうにズカズカとその場を歩いて立ち去る。

「...爆豪」
「んだよ。降ろせっつーのは却下だからな」
「ありがとう。助けてくれて」
「...きめぇ」
「だから、人がお礼言ってるのに"きもい"って言うの、やめなさいよ!」

何よ。何なのよ。っていうか、あんたの中で私って、"女の子"にはカテゴライズされないんじゃなかったわけ。それなのに。
自覚しろっていうのは、一体どういう意味なの。さっきも今も、私のこと助けてるのは、一体どういう行動原理なの。

そもそも部屋を貸したことだってそうだ。本当に嫌いな相手に、この男がそんなことをするだろうか。

"もしかして"。

そんな考えがふとよぎって、また鼓動が早くなり、顔が熱を帯びていく。
いやまさか。そんなわけはない。そんなことは有り得ない。そして何より有り得ないのは、もし仮にそうだとして、それを"嫌だ"と思えなくなっている、今の私だ。

「爆豪っさ...」
「あ?」
「前は冗談で聞いたけど、もしかして私の───」




「なまえ...!!」

その質問を言い終える前に、離れた場所から、ヒステリックに私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

その声に、つい先ほどとは違う、悪い意味で鼓動が加速した。
恐る恐るその声のする方に顔を向け、もう3年以上も顔を合わせていないその人物に、自分の身体が徐々に冷えていくのを感じた。

「お、母さん...」

少し離れたその場所に立っていたのは、もう3年以上も顔を合わせていなかった、私の実の母親だった。


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2021.02.06

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