今季のJ2は開幕当初から最後の最後まで大混戦だった。最終節を迎えてもなお、将大の所属するパンテーラ府中を含む上位3チームが同じ勝点で並んでいて、得失点差もそこまで開いていないからこの試合でどれだけ得点できるかが重要になっていたし、その下に着ける4位と5位のチームも上位の試合結果によってはJ1昇格の可能性があるという混戦っぷり。J2の舞台は長いことみてきたけれど、いや、J2に限らずここまで荒れるのも珍しい。だからだろうか。普段は別チームのサポーターで、そちらに行くことも珍しくない私に珍しく試合を観にきてほしいと言われたのは。いつになく真剣な顔で「俺、ゴール決めるから。絶対きて。俺に力を貸して」そう伝えてきた将大の手は熱かった。

そうして迎えた試合当日、渡されたチケットの座席を探していると「夢さん」と私を呼ぶ声がする。振り返ると、将大と本当の兄弟のように仲がいい親戚の子たちがいた。スタグルを手に知らない男の子と3人で連れ立っている。ふたり姉弟だから智佳ちゃんの彼氏さんか晴人くんの先輩あたりだろう。年が離れているからそこまで気にならないけど、横に並ぶのが申し訳なくなるくらいみんな顔が整っている。

「夢さん席どこ?」
「ここなんだけど、晴人くんわかる?」
「んーと、あっ並びだよ!一緒に行こう!」

晴人くんは「こっち」と言いながら案内してくれた。指定された座席の一列上には将大のご両親と智佳ちゃん晴人くん姉弟のご両親(こちらはさすがにはじめてお会いする)がいたので、簡単に挨拶をさせてもらった。正直気まずいのだけど、1番端で少し離れてたことと隣の席の晴人くんと智佳ちゃんが気を遣って話してくれていたので気は紛れた。

改めて最終節を迎えたパンテーラの順位を確認する。得失点差は2点差で負けていて現在2位。3位のチームとは1点差しか変わらない。同じ時間にキックオフの別会場の上位チームの試合結果によるとはいえ、少なくとも3点差をつけて勝ちきりたいところだ。パンテーラの対戦相手は昇格圏内にいる現在4位のチームなので、そういった意味でも負けられない。

いざ試合がはじまるとJ2優勝をかけたチーム同士ということで、どちらも引かず、攻めて攻められで試合は動かないままあっという間に45分が過ぎた。前半のアディショナルタイムは2分と表示された頃、ペナルティエリアの2メートル外側という絶妙な位置でフリーキックのチャンスを得た。蹴るのはMF登録の岩井選手でセットプレーでは比較的パスが多い選手だけど、直接シュートもあり得る。どうでるか緊張しながら見届けると笛が鳴る。蹴った先は壁の右端にポジションをとっていた山根選手で、彼が頭で合わせてゴールを狙うがポストに弾かれた。そこへ寄せていた加藤選手がゴールを狙ったがこちらはゴールキーパーによるパンチング。こぼれたところを詰めていた将大がゴールの反対側ヘディングする。パンテーラによる怒濤のゴールラッシュの末、将大のヘッドで得点が決まった。ウワーッという歓声がスタジアム内で鳴り響き、隣に座る晴人くんは「今のみた!?ヒロくん決めたよ!」とハイタッチのために両手を差し出してきた。このゴールは前半のラストプレーとなり、ハーフタイムを迎えた。

ハーフタイムで一旦試合の流れは止まってしまったものの後半6分に相手のパスミスを起点に、将大は足でゴールを決めた。スコアは2-0。後半の早い時間に追加点をとったのが功を奏したらしい。立て続けにもう1点将大のアシストで加藤選手が決めて3点め。それから試合は再び膠着状態へ入った。パンテーラは最低目標ラインの3点差をつけたので、ディフェンス陣はゴール前を固めはじめていた。後半も残り10分を切った頃、岩井選手が直接コーナーキックを決めて4点。その後前半同様にシュートラッシュが続き、最終的にゴールネットが揺れるのが見えたがこれは誰の得点か見えなかった。リスタート後にモニターを確認すると将大の名前が増えていた。試合終了を告げるホイッスルが鳴る。パンテーラが勝ったのだ。3点差が最低ラインだったゲームもいざ終われば5-0の夢のスコアだ。おまけにチームのエースを張っている将大はハットトリック。他会場の結果によるとはいえ、J1昇格はほぼ間違いなさそうだ。ゴール裏のサポーターを中心に勝利後に歌うチャントがスタジアム中に響き渡る。

「モニターみて!1位だよ!優勝だ!!」

もともと2あった得失点は今日の5得点で見事にひっくり返っている。試合後の選手たちが凱旋する中で見つけた笑顔で手を振る将大の姿は忘れられそうにない。

呼ばずとも春は来る


(20210515)

Jリーグの日記念に。
原作から数年後のイメージです。

title by エナメル

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