*名前変換なし
*恋愛のれの字もない他人同士の話





最近肩こりがひどい。あと1時間もすればシフトの時間も終わりで、予約していたマッサージを受けに行く。週末だから店内は程よく混んでいてケーキ類でそこまで重量はないとはいえいい運動になるし、それと同時にこれが肩こりの原因のひとつなんだと思う。
注文の品を届けるために番号札を探す。テラス席で番号札を見つけてお客様の顔を伺う。カフェでの仕事は楽しいけれど、夜はバーも兼ねているだけあって色んなお客様がくる。先日同僚が昼間っからしつこいナンパをされたって聞いてからなんとなく気にして見てしまうのだ。私が昼間っからナンパをされるような顔をしているかはこの際おいといて、あくまで気持ちの問題である。

テラス席には20代くらいの女性と目に黒い布を巻き付けた男性がいた。目元はよく見えないものの顔が整ってそうだ。女連れならナンパなんてまずないだろう。カップルかな。ひとまず安心する。
よく見たら女性は膝の上にくまのぬいぐるみを抱いていた。UFOキャッチャーの景品だろうか。ちょっと素直にかわいいと言い切れない顔つきをしている。「失礼いたします」と一言断ってからボリュームたっぷりのアメリカンクラブハウスサンドをテーブルの真ん中に置き、取り皿をその横に置く。食事と一緒でいいと言われた季節のフルーツパフェとザッハトルテの行き先を伺うと、男性の方が両方受けとった。え、待って。ふたつともお前が食べんの??黒い布の男性は甘党男子だった。そういう人いっぱいいるし全然いいんだけど、絵面的には女性の目の前に置きたかった。特に季節のフルーツパフェ。キラキラしたパフェを食べそうな女性はサンドイッチの大皿を自分の目の前に寄せて写真を撮っていた。飲み物は二人ともコーヒーだったのでそれぞれの前に置いて「ごゆっくりどうぞ」と声をかけて立ち去る。

「あ、お姉さん肩のとこ虫付いてるよ」
「えっ?!」

ギョッとしている間に男性が肩の辺りを払ってくれた。これだからテラス席って嫌なんだよね。てか目の周りをぐるぐるに巻いてるのにどうやって彼は虫を認識したんだろう。……さすがに危ないから見えるように工夫してるのか。男性にお礼と虫が出たことへの謝罪を告げる。女性の方が嫌そうな顔をしていたから本当に申し訳ない。屋内の方がマシだと思って席の移動を伺うと断られたので大人しく立ち去る。……おかしい。さっきまでゴリゴリに凝ってた肩が軽くなった気がする。
ふと、昔のことを思い出した。

中学生の時、同じクラスにいた五条くんはとても綺麗な顔をしていた。モデルとか俳優とか芸能人顔負けのお顔立ちだった。それだけじゃなくてお金持ちの子どもばかりが集まるうちの学校の中でも群を抜いてのお金持ちの御曹司だった。同時にお家が呪われてるらしい、なんてほんとかウソかよく分からない不気味な噂もあったけれど、そんな噂なんか知らないと言わんばかりに女子たちからの人気は絶大だった。とにかく顔がいいとちょっとくらいの難点は気にならないらしい。私はめちゃくちゃ気になるけど。だって、自分も何かの拍子にうっかり呪われたりしたら怖いもの。
そんな女子の注目の的の五条くんに男子たちからのやっかみがあるのかと思いきや、気が強い性格だからか知らないけれど、何かと慕われているようだった。それは端から見ればヤンキードラマなんかであるような恐怖政治のように見えたし、実際その予想はあながち間違っていないと思う。内部進学者が多い中、五条くんは別の高校に進学したのは周知の事実だったけれど、ある時"あの"五条くんが髪の長いボンタンを来た男の子と歩いていたって噂で校内は持ち切りだった。ボンタンって何?ってなって調べたらヤンキードラマの元になるような人たちの写真がいっぱい出てきた。そんな人と仲良く肩を並べて歩くだけで立派なヤンキーの仲間だと思う。偏見かもしれないけど。
当時、私は彼が怖かった。こういうヤンキーっぽい雰囲気だけじゃなくて、目が合っているようで合わないところとか、どこか人を小馬鹿にしたような様子とか。特に、どこを見ているのかよく分からないところが何より一番怖かった。何もない空を見つめて煩わしそうにするのだ。時々虫でもいたのか心底嫌そうに手を振っていた。私はオバケとか見えるわけじゃないけど、五条くんが見つめる空間はなんとなくどんよりとしたイヤーな気配がしていたのだ。だから五条くんはオバケとかを見えているような気がしていた。
先ほどの男性も、見えないどこかを見ていた気がした。虫と言って払ってくれたけど、ほんとだろうか。あの五条くんみたいに。……いやいやいや。考えすぎ!かな!?連勤続いてるし、疲れが溜まってるんだ。だいたい五条くんがほんとにオバケが見えるのかなんて知らないし。
よし。残り1時間。マッサージのためにもがんばろう。

嘘と真実


(20210130)
くまのぬいぐるみ女子は連作のヒロインです。

tittle by Mermaid 「愛されたいと願った」

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High Five!