*猪野くんの元カノとお友だちの女の子の話





中学を卒業してから年に数回、地元の人間が集まって同窓会と言う名の飲み会を開いている。成人式の後からは酒か飲めるようになったことも相俟って開催頻度は若干増えた。1学年3クラスしかないような小さい学校とはいえ他の学年では仲間内で集まることはあっても、ある程度の人数揃って何度も集まることはあまりないらしいからうちの学年はかなり仲がいいと思う。

「猪野ー七篠さん来てんぞ」
「お、まじで!?」

3クラスしかないのに七篠さんとは一度も同じクラスになることはなかった。でも、中1の時につき合ってた彼女の友だちだったからクラスが違った割に親交はあった方だ。まーそれも彼女と別れてから関わりはほとんどなくなったわけだけど。見かけるとつい目で追ってしまうくらいには七篠さんは好みの顔だった。
大学に行ってる友人によれば仲間内でつき合ったり別れたりはありがちらしいが、中学生だった当時は元カノの友だちとつき合うなんて発想はなくて、遠目に眺めてるのが常だった。
件の元カノは以前の飲み会から変わってなければ、年上の彼氏がいるらしいから俺たちの関係はもう時効と考えていいだろう。七篠さんはあんまり飲み会に来ないから今日は連絡先くらい交換したい。

「ほらあっち」

お前の元カノグループ、と揶揄い混じりに指差されるところを見ると元カノを筆頭に仲良いらしい女子で集まって笑っている七篠さんが見えた。うわー!相変わらずかわいいなー!でもちょっと疲れてるようにも見える。時期的に就活疲れとかだろうか。日本人のほとんどは義務教育のあと高校、大学と進学して就職をするんだろうが、呪術師の家系出身の俺はあいにくその"ほとんど"に当てはまらないからネットやSNSなんかで話題になる就活疲れとやらには無縁で憶測でしかないけど。

ある程度酒も回って席がぐちゃぐちゃに入り混じった頃、既に何人か入れ替わってた元カノと七篠さんたちのグループがいた席へジョッキ片手に押しかけた。何度めかの乾杯をして、その場にいる何人かの話に混ざれば就活の話や、誰かがデキ婚したとかの現状報告みたいなのが大部分を占める。普段血生臭い環境にいるから、こうやって昔の仲間と馬鹿みたいに騒げるのが楽しい。

「あ、虫」
「え、どこっ!?」

元カノの肩の辺りに蠅頭がふよふよ浮いていたから呪力を込めて叩き潰す。思いのほかバチンとデカい音が鳴って、それに驚いた元カノに肩を殴られた。相変わらず力が強い。

「あんた昔っからそうやってあたしビビらして嬉しいか!!?」
「わりぃ!でもほんとにいたんだって!……仕留め損ねたっぽいけど」

蝿頭は消えてなくなったから、何もない手のひらを捕まえ損なったというアピールを込めて見せる。つき合ってた当時からたまに飲み会する今に至るまで、元カノだけでなくクラスメイトに対してもこんなことがよくある。蚊を捉え損ねるのは誰でもあることだと思うけど、俺はたぶんそうやって蚊を叩くような動作をする頻度が人より多い。"見えない"元カノからすれば俺はしょっちゅう手を叩いて驚かしてくる男に見えてたんだと思う。当時フラれた時の言葉は「行動が幼稚すぎて無理」だったのを思い出した。

「あのさ、虫…ほんとにいたよ。肩のとこらへん。……どっか行っちゃったけど」
「七篠さんも見えたの?」
「うん、」

どこか神妙に頷く七篠さんは「猪野くんに謝ったら?悪くないのに叩いちゃったんだから」と元カノに謝罪を促した。

天使がいる…!

酒が回ってたこともあって口に出てたらしい。「大げさだなぁ」って七篠さんは微笑った。

*****

「猪野くん、ちょっと相談あるんだけど…」
「ん?なに俺にできること?」

席を外してた七篠さんが戻ってくるなり俺の隣へきて小声でそう話しかけてきた。困ったような、どこか深刻そうな顔をしている。

「さっきの虫なんだけど……猪野くんほんとは潰してたよね?」
「虫?」

酒で回らない頭をなんとか動かす。潰すっていうか消えたってかんじに見えたけど、と続く言葉にピンときた。

「あ、蝿頭か」
「えっ?なんて?」
「さっきの"虫"。俺は子どもの時から見えたんだけど、七篠さんも?」
「ううん、わたしはちょっと前から…」

それから七篠さんが話してくれたのはバイト先で変死事件があったこと。その変死はいわゆる不審死ではなくて、ホラー映画のように人間の体がめちゃくちゃに変形していたような文字通りの"変死"であったこと。それがきっかけで見えるようになったこと。
どこかで聞いたことのある話だと思ったら、6月に人間を改造されて作られた呪霊を大量に相手したことを思い出した。

「さっきみたいなのはしょっちゅう見かけるし、もっと大きいオバケみたいなのもたまに見るの。できれば見たくないんだけど……」
「うーん…見えないようにか」

見えるようにするための呪具は知ってるけど、その逆は聞いたことがない。これは見える必要のある術士に囲まれていることもあるかもしれないけど、見えるのであれば呪霊に悟られないように逃げるのも防衛の手のひとつだからだろう。等級の高い呪霊にそんな逃げは通じないとかはおいといて。

「悪いけど、見えなくするのは難しいと思う」
「そっか……」
「でも、あいつらに気づかれにくくするお守りみたいなのはあるから今度持ってくるよ」

だから連絡先教えて!

ポケットからスマホを出すと七篠さんもカバンの中を探りはじめた。たぶんめちゃめちゃ高い呪具だけど、七篠さんのためにもすぐ手配しよ!!

はじめの一歩


(20210407)

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