選抜合宿1日目3

技能テストを終えると食事の時間だと伝えられた。やっと昼かと息をついた。寝坊して朝食を食いっぱぐれた優輝は一刻も早く食事にありつきたかった。食堂へ向かって無心に足を進める。その道すがら見慣れた後ろ姿を見つけてドンと背をこづいた。

「なんで朝起こしてくれなかったんだよ、柾輝」
「俺はお前が参加するなんて聞いてない」
「あれ、怒ってる?」

優輝はちゃかすように言った後しょうがないとばかりに肩を竦めた。そんな優輝に柾輝は呆れた視線を寄越した。相変わらずふざけた性格だと思った。並ぶと似ていると言われる外見だが、中身は全くと言っていいほど似ていない。

「玲が来いって言ったから、かな」
「そうかよ」
「じゃなかったら来ないよ」

その言葉には「めんどくさい」という気持ちが表れていた。柾輝がなんとなく下の姉弟たちにやるように、優輝の頭をわしゃわしゃかき混ぜると「んだよっ!」と反発があった。そうやってじゃれていると「なにやってんの?」とどこか冷めた声が聞こえてきた。

「お、玲んとこのリベロじゃん」

優輝の言葉に腕を組んでいる小柄な少年はぐい、と片方の眉を上に上げて見せた。

「んな顔すんなよ、かわ…ってーな!柾輝!」

カワイイ顔が台無しだぜ、と言いかけたものの柾輝にぐっと腕をひねられたせいで、優輝が全て言い切ることはなかった。目でその先を言うなと訴えかける柾輝への仕返しに胸をドンと軽く叩くと、改めて小柄な少年に向き直った。見れば見るほど女顔負けのカワイイ容姿である。実際、女である優輝より華奢だ。

「黒川優輝っていうんだけど、あんたは?あ、ちなみにこいつと双子のキョーダイな」
「柾輝と双子?へえ。僕は椎名翼。なにあんた、玲と知り合いなの?」
「んまー、知り合いっつーか恩人かな。色々と世話になってさ」
「ふぅん」
「別に玲とったりしねーよ?」
「はあ?!」

険しい顔でまくし立てられる言葉に優輝は素早く耳を塞いだ。優輝が聞いていないのを見て肩パンをしてくるあたり、可愛い顔をしてなかなか攻撃的な性格をしている。

「ちょっとした冗談だろー」

あまりに怒るものだから本気で玲を好きなのか、からかわれるのが嫌いなのかよく分からなかった。だけど、この手の話題で椎名をからかうのを止めとこう、と優輝は思った。
今まで同年代の男子の基準は柾輝だったけれど、藤代といい、椎名といい、優輝が思うより幼さがあった。まあ、たまたま二人の性格がそうだったのかもしれないし、柾輝が大人なのかもしれない。

*****

昼食をとって食休みをしたあと、午後の練習が始まった。

「パス練習、ね」

早速ミニゲームなどの実践的な練習を始めるAグループに対して、優輝の混じるBグループは芝生でのパス練習だった。この中でどれくらいの人間が重要性に気づいているか知らないが、練習の差に腐らないでほしいと思う。
優輝が組む相手を探す中で、Aグループと合わせても一、二を争う体格に恵まれた選手を見つけた。

「お前、でかいなー。何センチ?180くらい?」
「ああ、そうだ」

あ、戸惑ってる。
そう気づいた優輝は決まり悪そうに苦笑いした。これじゃあ午前中の藤代を悪く言えない。この絡み方じゃ彼の気安い感じと同レベルである。

「ごめん。いきなりびっくりしたよな。黒川優輝っていうんだ。お前は?」
「天城燎一だ」
「天城な、よろしく。ペアまだ組んでないなら一緒にやろうぜ」
「ああ」

天城からは体格を裏切らず、重く鋭いパスがとんでくる。あまりにも重いボールだから、トラップが下手な選手だと足を痛めそうだ。パスだからある程度の力加減をされているんだろうが、もしシュートとなるとたいがいのGKは体全体を使ってでも止めないと当たり負けしそうだ。少なくとも優輝はとるのに苦労するだろう。あるいは力負けして、取りこぼすかもしれない。

「天城、芝って地面よりボール飛びにくいけど、もうちょい力抜いても十分届く距離だぜ」
「悪い」
「いや、とれるしいーんだけどね」

蹴って、止めて、また蹴ってを繰り返すうちに、徐々に感覚を掴んでいってるのだろう。目に見えて上手くなっている。

「あ、それ!今の!すっげーとりやすい!」
「こうか?」
「おー!」

パスのやりとりをして気づいたが、天城のセンスは悪くない。むしろ良い方だ。

(20130531)
(20200808)


High Five!