荒船兄妹

「ここ空いてる?」
「どうぞ〜」

愛真が防衛任務前の腹ごしらえに食堂で一人黙々と食べていると、出水と米屋が揃って目の前にやってきた。広い食堂なので他にも空いてるところがあるのに、わざわざ愛真を見つけて目の前に来てくれたらしい。きっとボッチ飯中の愛真を気にかけてくれたんだなぁ、と検討をつけて、ふたりとも世話焼きさんだ〜、なんて内心ほっこりする。まあ、食べる量が多い愛真は受け取りカウンターから近いテーブル席を陣取ることが多いので目に付いたから来てくれたのかもしれないけれど。
愛真はもぐもぐ口を動かしながら、前ふたつの席に二人が座れるようにお盆の位置をずらした。すっかりつき合いが長くなって食事風景を見慣れた二人は何も言わないが、愛真の前には今日もたっぷり3人前の食事がある。

「ほんと先輩たちニコイチですねっ」
「気持ち悪いこと言うなよ」

ふたりは顔を見合わせてて苦い顔した。実際仲は悪くないどころか良い方であるし、ボーダーの人間といると楽だし、クラスも一緒だから出水と米屋は何かと二人で行動することの方が多い。とはいえ、ニコイチなんてSNSでツーショット写真を上げる女子高生のような言い回しをされると照れくささの方が勝る。そんな心情を知ってか知らずか「いいじゃん、仲良し仲良し!」と愛真はにこにこした。

「それA級セット?」
「 そーですけど…よく覚えてるね」
「太刀川さんがよく頼むやつだからな」
「あ〜、うん。だって慶くん好きなもの詰め合わせセットだもん。これ食堂のおばちゃんと仲良くなった慶くんが作ってもらったのかなぁ」

真相はわからないけれど口に出してみると益々そんな気がしてくる。
A級セットは力うどんとコロッケの珍しい組み合わせのセットメニューだ。防衛任務前の愛真は腹持ちを優先して炭水化物中心の食事をとるからA級セットはよく頼むメニューのひとつだった。

「で、荒船先輩のことは実際どうなの?」
「どうって何が?」

先ほどまで食堂のなにが一番おいしいか話していたのに、米屋が急に切り替えた話に首を傾げた。

「いやさあー二人とも仲良いじゃん?兄妹っていうか、実際イトコなんだろ?好きになったりしねーの?」
「ん〜??愛真、哲次くんのこと米屋先輩より好きだけど」
「ぶはっフラれてやんの〜」
「え、オレ今フラれた?まじか〜ショック〜」
「哲次くんと恋愛したいかってことですか??」
「そーそー」
「つーか、米屋それブーメランじゃね?」
「しおりと?家族だし、ねーわ」

今日もおうどん美味しい。すすった時に汁が飛んできた口元を拭く。米屋は自分のことはあっさり否定したけれど、愛真の場合はどうだろう。頭に従兄の顔を思い浮かべる。

「んー…ちゅーしたいかって言われるとそんな風に思わないからやっぱ家族かなー。ほっぺにしても口にはしないもん」
「「ちゅー」」
「え、なに?二人して」
「いやー女の子がちゅーって言うとかわいいなーと思って」
「つーか、ほっぺはすんのかよ」
「子どもの時ですよー!恥ずかしいじゃないですか!。でも、やろうと思えばできるな。あーでも、哲次くん嫌がりそ〜」

できんのかよ。
え、これ突っ込んだ方がいい?

今はまだトリオン隊ではないから内部通話はできないはずだが、出水と米屋は目線だけでしっかりと通じ合っていた。

「今はなーそんな人いないですね」
「今は?じゃあ昔は?」
「……笑わない?」
「相手による」
「じゃあ言わない」
「なるだけガマンする」
「………、…さん」
「なんて?」
「しのださん」
「本部長」

いやまぁ、確かに会う時めっちゃ尻尾振ってるよな。
と出水の呟きは愛真の「あーもう恥ずかしい〜!愛真も子どもだったの〜 だって忍田さんかっこよすぎるから〜 愛真のヒーロー像そのまんま!レッド!ってかんじ〜!!」という言葉に綺麗にかき消された。

そこから忍田さんがいかにかっこいいかという話が始まり、愛真のスマホが防衛任務への呼び出しで鳴るまで永遠と喋り続けた。途中から"真史くん"なんて呼び名が変わった時には、出水と米屋は目配せをしてなんとも言えない気持ちを飲み込んだ。

(20200727)
(20220321)


High Five!