知らないふり

去年会ったときは進路のことでいっぱいいっぱいで泣いていた。今日もまた何かで悩んでいっぱいいっぱいだったんだろう。すぐ近くまで行って抱きしめて背中をなでる。子どもの頃と変わらず愛実はやっぱり華奢だ。だけど、子どもの頃と同じ距離感でいられないくらいに俺も愛実も成長していた。
なんとなく気まずく思えて、誤魔化すように「ごめんな、なんも上手いこと言ってやれねーけど」と言えば、かえってすがるように抱きつかれた。

ある程度落ち着くと場所を移動した。人の目もあるし、いつまでもその辺の道端でいるわけにはいかない。
公園の角の自販機でペットボトルのお茶を買うと公園のベンチに座った。ふうを切って手渡すと、愛実は一口飲んだ。長い間泣いていたから話せるようになるまでまだ時間はかかるだろう。また一口飲むと小さく息をついて口を開いた。

「あのね、よし、のりっくん…あのねっ……」
「いいよ、無理に話さなくて」

泣きながらじゃまともに話せないだろう。うつむいて涙を拭う愛実の頭をなでてしばらく待つ。変に意識してしまって、さっきみたいに抱きしめるのは憚られた。愛実にはそんな考えないだろうに。
再び「あのね、」と切り出した愛実の声はすっかりかれてしまっていた。うつむいたままで表情はさっぱりだった。

「良則くんと、もう会わない方がね、いいと思ったの」
「は?なんで」
「良則くん、だってプロの、サッカー選手なんでしょう…?」

伺うようにする愛実と目が合った。どこか怯えたような、傷ついたようなそんな目だった。

「……プロって、んなの名前だけだよ」

やっとのことで返したそれはふてくされたような声だった。おまけに喉がカラカラに渇いてしまった。唾を飲み込む。

「いつどこで知ったのか知らねーけど、俺はプロって言ってもギリギリのラインに立ってんだ。愛実、こうやってさ、たまにお前の話を聞いて俺はいい気分転換になってんだ。もう会わないとか言うなよ」

思いの外、情けない調子の懇願がもれた。この言葉や気持ちに他意はない、と思いたい。先行きが不安ではっきりしない俺と違って、大学生になったばかりの愛実には色々なチャンスがあるのだから。
また泣き出してしまった愛実を今度は軽く抱き寄せた。くだらない考えを頭の隅に追いやって。

(20131121)


High Five!