遠い人

梅雨が過ぎるとあっという間に暑い夏になった。わたしの毎日はあまり変わり映えしなかったけど、良則くんは劇的に変わったようだった。
新しいチームになったばかりの6月は、リーグ戦がない代わりにキャンプや練習試合をしたらしい。リーグ戦が始まる前にどういうチームかある程度掴めたと言っていた。
7月になりリーグ戦が再開すると、最初はベンチに入ることはなかったけど、トップチームの試合ついて行って試合を見たらしい。そして試験とレポートに追われていた7月末、次の試合でベンチに入ると前の前の日くらいに連絡があった。相手チームのホームでの試合だったから見れなかったけど、その時は試合に出ることはなかったみたいだ。
試験を終え、8月と9月は丸々夏休みだった。夏休みの予定といえば高校の時から続けている花屋のバイトが週に4日、あとは課題のために学校や図書館に行き、たまに遊ぶくらいでほとんどないに等しかった。
もうすぐ8月も終わりだなー、なんて思っていると久しぶりに良則くんから電話があった。「今週末ヒマか?」良則くんの声は弾んでた。「うん、バイトも予定もないよ。」そう返すと「スタメンの可能性が高い」ってさっきよりもっと興奮した声で言った。スタメン?って聞き返したら、試合の最初からでる人だと教えてくれた。だけど伝えきってから良則くんの明るさは急にしぼんだ。同じポジションの人が怪我したから得たチャンスで、素直に喜びにくいんだって。良則くんは真っ直ぐだ。そんなの抜きにしてもすごいことなのに。「良則くん、試合みたい。見に行くね。」そう言えば二日後にチケットが2枚届いた。サッカー部に彼氏がいる友だちを誘って行くことにした。



良則くんがくれたチケットは座席が決まっていて、真ん中の前の方で試合がよく見えた。お客さんは広いスタジアムに対してあまり入ってない。空いてる席がいっぱいある。だけど、ゴールの後ろにいる人たちは飛び跳ねたりいっぱい叫んでいた。
あの日見たときと同じように、良則くんは人の影からビュンと飛び出して、パスをもらったり、逆に出したりした。良則くんは今日出ている選手の誰よりも足が速かった。どっちも得点しないまま前半が終わった。
後半は良則くんのチームが前半より攻めている気がした。半分くらい過ぎたとき、ボールを持った良則くんがゴールに向かって走っていき、そのままボールを蹴った。敵チームに止められそうになったとき、味方の選手がボールを蹴って得点が入った。
後半のあの1点のおかげで試合が終わった。良則くんが異動してきて、はじめての試合は勝ったのだ!それに良則くんは交代してない!!
選手の人たちはみんなでぐるっとトラックを回った。応援にきた人に手を振ったり、頭を下げてお礼を言っている。選手たちが真ん中の席の前にきて、頭のてっぺんで拍手した。わたしも他の人に負けないように拍手した。良則くんと目が合った気がした。手を振ると、最近見た一番の笑顔で同じように手を振ってくれた。やっぱり良則くんは誰より一番かっこいい。ずっと楽しそうにしてた。わたしもすごく嬉しかった。だけど、良則くんがずっと遠い人みたいで、もやもやした。さみしかった。

(20131128)


High Five!