初出場、初スタメン

移籍したのがリーグ戦の休止期間だったこともあり、キャンプや練習試合を消化していった。練習試合とはいえ、控えだけでなくレギュラーに混ざったこともあったから、トップチームですぐに起用されるかもしれない。単純に実力を見るために入った可能性も高いが。

案の定、 7月になりリーグ戦が再開しても、最初は試合に帯同させてもらえることはあっても、ベンチ入りしなかった。まだ入ったばかりでどう使うか考える段階なのだろう。そんな言葉のひとつひとつに応えてくれる愛実に癒やされながら、新しいチームにきて一月が経っていた。7月最後のアウェイ戦でベンチ入りしたが、デビューを果たすことはなかった。
8月は一度もベンチ入りすることなく、クラブの夏休みのイベントで顔を売って過ごすのかと思われた。最後の週、週末のホームゲームに向けて練習していると、FWの一人が怪我をした。こないだ三十を迎えたばかりのベテラン選手で、ほぼ全部の試合に出ていたから疲れも溜まっていたのだろう。ETUは一部から落ちてきたチームとはいえ、選手層は他の二部チームと変わらない。自然と次の試合で試しにスタメンで出る話が出た。
その日の夜、いつもはメールで済ましているのを電話をかけてみた。なんとなく愛実の声を聞きたくなったのだ。

『もしもし?良則くん?』
「ああ。愛実、今週末ヒマか?」
『うん、バイトも予定もないよ』
「俺、スタメンの可能性が高いんだ」
『スタメン?』

意味がわからなかったらしく、聞き返す愛実の声に我に返った。知らず知らずのうちに興奮が抑えきれてなかったらしい。

「試合の最初からでる人なんだ。だけど、同じポジションなベテラン選手が怪我をしたから出れるようになったんだ。あんまり喜ぶべきじゃないよな」
『そんなことないよ。ねぇ、良則くん、試合みたい。見に行くね』
「なら、ちゃんと活躍しないとな」

自然と頬がゆるむのを感じた。どう考えても愛実は試合慣れしている風ではないし、一人で観に来る可能性は低いだろう。メインスタンドのチケットを二枚送った。

試合当日、無事スタメンに選ばれた。入場を待っている間は久しぶりに緊張した。トップチームでの試合はずいぶん久しぶりだ。おまけに移籍したばかりのチームで初出場なのだ。今後どうなるかは今日のゲームでいかにアピールできるのかにかかっている。
入場し、写真撮影をすると、スカスカのメインスタンドの中にいる愛実を見つけた。一緒にきた友だちらしい子と何かを話しているのが見えた。やってやる。気を引き締める。

今までもずっと足の速さを売りにしていたが、今日出ているどの選手よりも速く走っているのは気のせいではないだろう。相手によっては自分がドリブルをしていても抜かれる気はしない。何度かパスをもらい、ゴールを狙ったが止められたり、枠をとらえきれないまま前半が終わった。失点していないが、得点もしていない。
後半は前半以上に攻めるように指示が出た。タイミングがまだ合っていないとはいえ、たしに得点のにおいはした。後半も半分が過ぎた頃、気持ちのいいパスが足元にきた。すかさずDFがひとり詰めてきた。抜ける!そう確信してかわすと、ゴールに向かって走る。左足を踏ん張り、ゴール目掛けてボールを蹴った。キーパーに読まれたか…!止められそうになったボールをコシさんが押し込んでくれた。
あの1点を守りきる形で試合を終えた。初得点は逃したが、アシストは決められた。フル出場もした。FWとして得点できてないのは褒められたものではないが、掴みとしては悪くない。
コシさんのヒーローインタビューを聞きながら応援にきてくれたサポーターに挨拶に回る。メインスタンドにつくと、他の選手に倣って頭の上で拍手をした。一生懸命に手を叩いてくれる愛実を見つけた。俺に気づいたのかパッと笑顔になって手を振った。ここ最近で一番晴れやかな気持ちでの笑顔で手を振り返した。
まだまだ課題は残る。何より早くチームに馴染まなくてはいけない。この試合をきっかけに出場機会も増えてきた。

(20131128)


High Five!