始まりを告げる君の声

俺が運転することがよっぽど以外だったらしく、助手席に座るなり「良則くん運転できるの?」と言った。失礼なヤツだ。「できるよ」と頭を小突けば「ごめんなさい」と返ってきた。まともに交わした会話はそれくらいで、普段なら聞かなくても良いことも悪いこともぺらぺらと喋る愛実が、今日は黙り込んでいる。窓越しの景色が変わる度に少しは反応しているから、完全に塞ぎ込んでいるようには見えないが、まあ上の空というのが正しいのだろう。2時間ほどあてもなく車を走らせて、10時には愛実の家の前についた。
もたもたと荷物をまとめている間に助手席に回って、扉を開けてやる。入り込んだ冷気にきゅっと目をつむったのは一瞬で、すぐ外にでてきた。

「今日はなにも言わなかったな」
「え?」
「いつもは聞かなくても言うだろ、悩んでることとか困ってること。良いこと悪いこと全部」

黙り込んだまま静かな時間に居心地の悪さは特別感じなかったが、次から次へと話しかけられることに慣れていたから少なからず違和感があった。よっぽど重要な悩みなのか、あるいは俺には言えないことなんだろう。
黙って塞ぎ込みそうな気配があったから、無理に言う必要はないと頭を撫でてやった。

「なにに悩んでるのか知らねーけど、愛実なら大丈夫だよ。お前はできる子だもんな。どうしてもつらくなったら俺んとこ来いよ。俺が助けてやる」
「良則くん…」
「どーした?」

あ、また泣くな。愛実の反応にはすっかり慣れたもので、ただ黙って抱きしめた。頭や背中をなでてやれば、すんすんとすすり泣く声がする。

「…よしのり、くんが……大好きなの」
「え、マジで…?」

たどたどしく告げられた言葉が頭の中でリフレインする。今、俺のこと好きって言った、よな?え、マジで?
愛実は愛実で俺の声に我に返ったのか涙も止まったようで、呆然としている。きっと無意識に出てしまっただけで、言うつもりなかったのだろう。そしてみるみるうちに顔を赤くしてうつむいてしまった。これはつまり、そういうことなんだろう。

(20131218)

title by マーメイド「溺れた人魚」


High Five!