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母が教えてくれた。俺が生まれる一年ほど前まで、ゼファーは兄姉達とよく交流を持っていたらしい。当時はサイドキック契約をしていた頃で、休日やエンデヴァーが長期間家を開けるとき、よく他のサイドキックを伴って家に様子を見に来ていたのだと。契約が切れたあと、ゼファーは地元である遠方へと活動場所を移していた。だからもう何年も会っていなかったと。
「―――お前、何故ここに」
「炎司さん……お久しぶりです」
家へ帰ってきたエンデヴァーが、居間に座るゼファーを見て目を見開いた。俺は母に連れられてそっと居間から離れる。遠くで同じようにお手伝いさんに背を押されて遠ざかっていく兄姉の姿が見えた。不安を隠せないように何度も振り返る冬美姉と夏兄の後ろで、燈矢兄だけがじっと、閉じられた居間の戸を見ていた。
あらかじめ、遠くの部屋に移動するよう言われていた俺たちは、二人の会話を聞かなかった。今思えば、大人の怒鳴り声を俺たちに聞かせないように配慮したのだろう。エンデヴァーの怒声に慣れている俺は静かな部屋が落ち着かなくて、いつもより弱々しい母の傍らでじっと時間が経過するのを待つことしか出来なかった。
それからしばらく経って、ゼファーの声がして顔をあげる。ゼファーの足元には夏兄と冬美姉が不安そうに立っていた。
「冷さん、ちょっといいですか。―――夏雄くん、冬美ちゃん。焦凍くんと一緒にここで待っててくれるか? ほんの少し、エンデヴァーさんと三人でお話をしてくるから。ほら、みんなにお土産をたくさん買ってきたんだ。好きなものがあるか、三人で広げて見てごらん」
「……うん!」
「焦凍、おいで!」
冬美姉の言葉におそるおそる立ち上がって歩み寄る。たくさんの紙袋を広げてみると、見たこともない食べ物やきらきらした包みの袋が地面にころころと転がった。冬美姉が分かりやすく目を輝かせるのを横目に、母がゼファーと一緒に部屋を出て行くのを見送る。
「……燈矢兄は?」
「……お手伝いさんと居るよ」
一瞬だけ暗い表情をした夏兄が呟く。冬美姉も眉を下げたけど、すぐに「これなんだろう! すごく綺麗な包みだよね! 食べ物かなあ」と明るい口調で言った。
その日から、俺の日常は大きく変わった。父の特訓は変わらずあったが、その表情は以前とは変わっていた。なにより、俺と母に手をあげることがなくなった。見たくないものから目を逸らすように、俺達から顔を背けることが増えたが……俺の体に傷は出来なくなった。俺たちに寄り付かなくなったエンデヴァーの腕を引っ張って、ゼファーはよく家に顔を出すようになった。
手土産を大量に持ってくるのは相変わらずで、ゼファーは冬美姉にリクエストされたという小さな花束をよく抱えていた。
夏兄や冬美姉と以前より顔を合わせる機会が増えた。燈矢兄とは相変わらず同じ空間に居ることはなかったが、二階の窓からゼファーと燈矢兄が、二人で会話しているところをしょっちゅう見かけた。ゼファーに頭を撫でられた燈矢兄の髪は遠目で見てもわかるぐらいぐちゃぐちゃになっていて、燈矢兄は嫌がりつつも少し嬉しそうに笑っていた。
そんな平穏が十日程過ぎた、ある日。
俺は、偶然一人で縁側に座るゼファーを見つけた。いつも兄姉の誰かか、エンデヴァーと一緒だったゼファーは珍しく一人で居た。ぼうっと空を見上げる無機質な赤い瞳は、俺に気付くと優しい温度に変わる。ずっとこの人を警戒ばかりしていたのに、俺はいつの間にかその温度を見ると安心するようになっていた。
「……ゼファーは、超能力が使えるんだよね」
「そうだよ。見てみたい?」
「……うん!」
ゼファーは俺の前でたくさんの力を見せてくれた。物を浮かせ、空中に水を出現させ、透明の壁を作り出した。今思えば危険性のない技ばかりで、あの人は本当に優しい人だったんだと思い知る。もっと見たいと我儘を言った俺を抱えて、ゼファーは立ち上がって庭へ降り、少し歩いたところにしゃがみこんだ。ポケットから取り出した黒く小さな丸い粒を、何個も地面へと埋め込む。
「炎司さんにバレたら怒られるから、内緒な」
ゼファーの言葉に小さく頷く。満足げに笑ったゼファーは、粒を埋めたその上に手の平を置いて目の色を変えた。きらきらと輝く金色の瞳。俺の好きなヒーローの髪の色と同じだ。ゼファーの手元を見ていると、緑色の芽が土を押し上げて外へ出てくる。
「!」
芽はどんどん成長し、数秒で俺の膝ぐらいまでの高さまで育った。早送りを見ているように蕾が出来上がると、ゆっくりと開き様々な色の花を咲かせていく。
「すごい……」
「ここの家族は花が好きな人が多いから、ちょっとでも癒しになればと思ったんだ。焦凍くんにお世話を頼めるかな」
「うん!」
花びらを撫でるゼファーがそっと視線を落とす。
「冷さんから聞いたよ。焦凍くんはヒーローになりたいって」
「……」
「俺は―――」
ゼファーは眉を下げて何かを言った。穏やかで、優しい笑みを浮かべてゼファーが口にしたことを、俺はいつの間にか思い出せなくなっていた。
この数日後にゼファーは死んだ。
知ったのはニュースの速報だった。
救助活動中の事故死なんて信じられず、俺は毎日毎日、玄関でゼファーが来るのを待っていた。泣きすぎて熱を出し、寝込んだ俺はゼファーとの約束を思い出して真夜中に部屋を飛び出す。
裸足のまま庭に降り花があった場所へ走るも、長く雨が続いたせいか、花は跡形もなく消えていた。黒い土だけが残され、ゼファーの残したものは無くなってしまった。