彗星ゆずりの過失
金鹿の学級の生徒に、変わった生徒が居るという噂があった。それが男であれば大した興味も湧かなかったのだが、とんでもなく可愛いというじゃないか。シルヴァンは通りかかった金鹿の学級の教室の中をちらりと覗く。既に名を知っているヒルダ、マリアンヌらに視線を向け、ぐるりと全体を見渡した。とんでもなく可愛い変わった生徒。それらしき人物は見つけられず、シルヴァンは早々と歩き去った。
「それって、ナマエのことじゃないかな」
同学級のアネットとメルセデスに「金鹿の学級に、可愛くて変わった子が居るって噂、知らないかい?」とお茶に誘うがてら聞いてみると、個人名が飛び出してきた。初めて聞く名だ。
「ふふ、確かに。とっても可愛らしい子よね〜」
「へえ……変わってるって言うが、具体的にどう変わってるんだ?」
「うーん、そうだなあ。実際に話してみたら分かるよ!」
二人から聞いた特徴を元にナマエという生徒を探す。「ナマエさんは……薔薇園のほうじゃないかと……いつも、あのあたりで生徒から相談事を受けていますし……」というマリアンヌや、「ナマエなら、温室じゃないですか? セテス殿に追いかけられて、いつも逃げ込むのを見かけるので」というリシテア。「ナマエ? そうだな……部屋に引きこもってるんじゃないか? この前も女生徒に追い回されてたし」レオニーの言葉にひくり、と口元が引き攣る。自分が探している「とんでもなく可愛い生徒」の幻想が崩れていくのが分かった。生徒の相談事を聞く親切な子かと思いきや、セテス殿や女生徒に追い回されることがしょっちゅうとは。素行の悪い自分でさえセテス殿に追い回されることはないというのに。
「シルヴァン、ちょっと……いいかな」
「あー……勿論」
どこか怒ったような表情の女生徒に向けて笑顔を作り、二人で街の方へ移動する。他の女の子と一緒に居るところを見られたか、誰かから聞かされたか。……遊びだって言った筈なんだけどな。
「ナマエちゃんなら、さっき教室でクロードくんと一緒に居るのを見たわよ」
ヒルダの言葉を聞いて金鹿の学級の教室へ向かう。赤く腫れた頬を摩りながら向かうその足取りは今朝に比べてとてつもなく重い。中身が猪のようでも、見た目が可愛ければ……という考えもほとんど消え去っている。ナマエという少女と既に面識があったアッシュはシルヴァンの叩かれた頬を気遣いながら「彼女はいい子なんだけど、変わってますね」と疲れきった顔で言っていた。
あの、アッシュがだ。
教室に近付くにつれ聞こえてきた呻き声が、徐々に大きくなる。その正体が女の泣く声だとすぐに気付いたのは、自分が女の泣く声をよく聞くからだろうか。
金鹿の学級の教室の前には見物人が集まっていた。
「うわあああああん!!」
子供の泣き叫ぶような声に、(まさか本人じゃないよな)と疑いつつも教室を覗き込む。教室のど真ん中で級長であるクロード=フォン=リーガンにしがみついて泣く女生徒の姿が、そこにはあった。
「聞いてよクロードくん!!」
「おー、聞いてる聞いてる」
「恋愛相談をしたいっていうから話を聞いてあげたのに! 二人の行く末を“視”て欲しいっていうからそうしたのに!! 知りたいっていうから教えてあげたのに!」
「うんうん」
「“どうしてそんな酷いことを言うの!?”って叩かれたの! 信じられる!? 見てよこのほっぺ!」
クロードは慣れた様子で「可哀想になあ」と女生徒の頬を摩っていた。女生徒の後ろ姿だけで顔は見えないが、確かに声は可愛らしい。これで泣き叫んでいなければもっと良いんだが。
「で、ナマエは占いの結果を、相手になんて言ったんだ?」
「視たものをそのまま伝えたよ? “シルヴァンって人はあなたのことなんて微塵も好きじゃないよ。体の関係を持っている相手が黒鷲の学級と金鹿の学級にも居るし、追求した直後に振られるから。その時に紋章持ちの男を紹介してやろうかって言われるよ”って」
話を聞いたクロードの顔がひきつるのがここからでも分かった。
それ以上に自分の顔がひきつっていることだろう。
「正直に教えたのに、どうしてぶたれたんだろう。酷いことするなぁ」
「確かに、酷いな……色々と……」
「占い料も貰えなかった……」
「お前なあ、またセテスさんに叱られるぞ?」
「値下げしたもん!! 良心的な価格だよ!!」
ひん! と再び泣き始めた女生徒の背をクロードがぽんぽんと叩く。そっと離れようとした自分の肩を後ろからぐわしと掴まれ、強制的に動きを停止させられた。その力強さには一人しか心当たりがなく、今日一番の嫌な予感がする。
「シルヴァン……」
聞こえてきた声はやはりファーガスの王子のもので、シルヴァンは笑顔を作ろうとして変な顔になった。シルヴァンに傷付けられた生徒に泣きつかれたのか、誰かがちくったのかは分からないが、背後の人物がかなりお怒りだということは分かった。
「ちょっと、落ち着いてくださいって、ね?」
そう。落ち着いて欲しい。確かにここに来る前に、遊びの関係だった女子を振った。その時に「紋章持ちの男を紹介してやろうか」とも言った。現在進行形で他学級の生徒複数と関係を築いている。
だけど、どうしてあの女は全て知っているのか。お互いに面識もないはずなのに。
教室入口で騒ぐシルヴァンに、クロードに泣きついていた少女が振り返る。ぐちゃぐちゃに泣き崩れた顔をしていても、確かに可愛らしい顔をしていたし、状況が違っていたらシルヴァンは口説いていたかもしれない。
「お揃いだな」
ナマエの頬とシルヴァンの頬を指差して笑うクロードに、ナマエが再び泣き出した。