#1

「ほんっっっっっっと〜〜〜〜にうちの生徒たちは問題しか起こしませんねぇ…。」

ナイトレイヴンカレッジ学園長、ディア・クロウリーは頭を抱えていた。その悲痛な叫びに、報告に来たクルーウェルも気まずそうに視線を逸らす。上司の発狂している姿なぞ、あまり進んで目に入れたいものではないのだ。

「どうして!大人しく!椅子に座って!先生の話を聞く!これだけのことができないのでしょうかね〜〜〜〜!!!!」

これにはクルーウェルも深く同意した。新学期が始まって2ヶ月が過ぎたが、生徒たちに落ち着きという文字はなく、何度躾けても何度痛い目に遭わせても、生徒たちは手を変え品を変え何かしらやらかしてくる。決して学習能力が無いわけではない。学習して、想像もしていなかった違うアプローチでやらかしてくるのだ。シャンデリアを壊してはいけません!と叱れば次は花瓶を割ってくる、そんなことが続き、生徒と教師のいたちごっこになっていた。

「…ともあれ学園長、問題を起こした生徒たちは各寮長に預けてきました。今回の件はローズハートもシェーンハイトも随分と憤慨なようで、きちんと“生活指導”をしてくるといっていましたよ。」
「それもそれで心配ですけどねぇ!」

彼らは優秀だが、同時に過激だ。この学園には極端な生徒しか入学できないのであろうか。クロウリーは頭を抱える。

「念のため、ハウンド・ドッグをつけています。」
「知っています!」
「それは失礼を…。」

カァカァわんわんカァカァわんわん。どちらかというとワンちゃんの威力が弱めである。当然カラスが学園長だからだろう。クルーウェルが入ってきたときから学園長室にいた監督生はそんな現実逃避をしながら、2人に温かい紅茶を出す。外はもう吐く息が白く、冬の足音が聞こえてくるようだった。一度温かい紅茶を飲んで落ちついてもらおう。そうでないとそろそろクロウリーもクルーウェルも脳の血管が切れてしまう。

「仔犬、いたのか。」

クルーウェルはそこで初めて彼女の存在に気づいたようだった。

「だいぶ前から…。」

へにゃりと苦笑した監督生を見て、クルーウェルは気まずそうに頭を掻いた。上司に叱責されている姿を生徒に見られるのは誰だって居心地の悪いものだろう。

「私の優しさだって限界があるんですよ…。」

クロウリーはブツブツ言いながら手慣れたように監督生が煎れた紅茶に口をつけ、行儀悪くズズッと啜った。

「学園長、お行儀悪いです。」
「うう〜…猛獣使いならもう少し私にも優しくしてくださいよォ…。」
「猛獣使いではないので…。」

そしてクロウリーも猛獣ではない。監督生から見たら、それはチワワのようで、カナリアのようで、厄介ごとを持ってくる上にいまいち頼りないが、決して自分に害を与えない生き物。そんな認識だった。本人に言ったらまたカアカアと喧しそうだったので口を閉ざしたが。

「ああ〜〜〜忙しいのになんてったってこんな…。生徒にも冷たくされるなんて…。」
「私は学園長に優しいでしょう。」

そう冷たく言い放つ監督生を見て、クルーウェルはフッと鼻で笑った。監督生は良くも悪くもこの学園に馴染んでいる。この大人へのあしらい方が異常にうまいのは、ナイトレイヴンカレッジの生徒にはよくある傾向だ。大人からしたら鼻持ちならず可愛くないことこの上ないかもしれないが、そういった受け流す力こそ、これからの社会に必要である。それを一足先に理解する生徒は大成するのだ。…たまにその鬱憤が原因で事件が起きたりもするが。それはそれである。

「ところで仔犬、お前の用はもう済んだのか?」

見たところ、監督生は手持ち無沙汰にぼんやりしているようだった。とても用事があり、クルーウェルの話が終わるのを待っているようには見えない。

「あ、用事というか。」
「私がお呼び立てしたんですよ。」

監督生の代わりにクロウリーが答えた。彼はだらりとテーブルに体を突っ伏しながら器用に顔だけあげて何かの書類を確認している。

「ああそうだ、この書類を同じ種類のところに置いていただけますか。ついでに時系列に整理して頂きたいんですが…。」
「はーい。」

監督生は素直にクロウリーから書類を受け取ると、勝手知ったると言った様に大量にファイルが並ぶ棚に向かう。そして書類と照らし合わせながらファイルを取ると、ドサッと空いていたテーブルに置いた。

「そろそろ忙しい時期でしたので、お手伝いに来てもらっていたんですよ。」
「ああ、なるほど。」
「お掃除と書類整理とお茶出ししかしてないですけどね。」

監督生はパッパッと書類を確認しては入れ直しを手早く繰り返しながら苦笑した。随分と手馴れている様子である。

「まあ、機密事項もあるからな。」

ナイトレイヴンカレッジは教育機関であるが、同時に研究機関でもある。その中心部となれば一生徒に見せられない物事も多い。手伝うと言っても、その程度が限界であろう。

「は〜〜〜それでも彼女は真面目に取り組んでくれるので大変助かります。ハロウィンでクタクタだというのに、もう一ヶ月後にはクリスマスですもんねぇ。」
「ハロウィンもクリスマスも学園の威信のためにも手を抜くわけにもいきませんしね…秘書でも雇ったらどうですか。」
「秘書…。」

クルーウェルは何の気なしに言った事だったが、クロウリーはげんなりとした顔をした。とはいえ、クロウリーほどの役職の者に秘書がいないのも不自然な話だ。以前、秘書を雇っていた様な気がしたが、そういえば気が付いたらいなくなっていたような気がする。

「クルーウェル先生には言ってなかったでしたかね。何年か前に雇った秘書に物凄いハニートラップに遭ったんですよ…。」
「えっ」

反応したのは監督生だった。ハニートラップなんて、映画の世界だけだと思っていたからだ。それがまさかこんな身近にあるなんて。しかも顔立ちこそ(多分)整っているが、こんなどっからどう見ても奇人変人の格好をしている学園長に。

クルーウェルもその話は知らなかった。

「初耳です。」
「もうあんなの懲り懲りですよ…。仕事はまあ、そこそこやってくれていたんですけどねえ、やっぱり怖いじゃないですか。捕食者の目をしてましたもん。」

クロウリーは当時の秘書を思い出した様でブルリと震え上がった。

「椅子に座っているだけで跨ろうとしてくるんです…。当時は恐ろしさのあまり逃げ回っていたので、結局秘書に仕事をやってもらっていても何も解決しませんでしたね…というか、その時点で信用なりませんしすぐに解雇しましたが。資産目当ての個人の犯行だったみたいですし。」
「逆に食べちゃったらいいじゃないですか。逆ハニートラップみたいな。」
「なんって恐ろしい事をいうんですか!」

監督生の言葉に、今度こそ本当にクロウリーは総毛立った。

「私は見た目通り綺麗好きの潔癖なんです!そんな不潔な事…考えただけでもおぞましい。」

潔癖かどうかはともかくとしても、確かにクロウリーは綺麗好きだ。だから今もこうして、わざわざ監督生を小銭で釣って掃除をさせている。

「クルーウェル先生はいいですよねぇ、生徒がいますし。」

クロウリーは心底羨ましそうにクルーウェルを見る。仮面をつけていても心から羨ましいという感情がだだ漏れだった。

「まあ、少なくてもハニートラップの可能性はないですからね。」

クルーウェルのみならず、大学部で研究室を持っている教師は、ティーチアシスタントという教育補助業務を担当する生徒がいる。これは教育指導者育成の観点から、優秀な大学院学生が選ばれ、大抵自分の研究室所属の生徒に任命する。大学部から何年も見ていた生徒を任命するため、多少やんちゃ者が多いナイトレイヴンカレッジでも間違いが起こる事はほとんどないのだ。

「こればっかりは教師でない事を恨みます…。」
「私、もう少しお手伝いしますよ?いつもカツカツですし。」
「…!!!」

クロウリーは何かひらめいた様に目をカッと見開くと、突然立ち上がった。

「そうです、私には君がいるじゃないですか!!」

ばさっと飛び上がると、一瞬で監督生の目の前に着地した。突然の事にびくりと肩を震わせ、身を硬くして半歩下がった監督生を気にも留めず、クロウリーは勢いのまま監督生の手を取った。

「クリスマスまででいいです、私の秘書をやりませんか!?」
「は?」

クルーウェルと監督生は同時に間抜けな声を発した。何を言っているのだこのカラスは。

「え、えっと流石に…」

ここ2ヶ月で学園長の無茶振りにも慣れてきた自覚があったが、あまりに今までと毛色の違う無茶振りに監督生もおもわずおよび足になってしまう。しかし、クロウリーはそんなの御構い無しにまくし立てる。

「もちろん正規のお給金をお支払いいたしますよ!私、優しいので!これからの季節、グリムくんの食費もかさむでしょうしねぇ、ウィンターホリデーにも何かとお金は用入りでは?」
「うっ…。」

痛いところを突かれている。冬が近いせいか、グリムの食欲が加速しているのだ。天高くグリム肥ゆる秋。脂肪でも蓄えるつもりなのだろうか。

「日払いでも週払いでも月払いでもお好きな方法で選ばせてあげます。それになんて言ったって私のバイトですから安心安全!学園の敷地からも出ないので、移動時間楽々!もう受けるしかないと思いませんか!?」
「うう…。」

クロウリーは確信していた。彼女のこの反応は後少し押せばいけると。実際自身としてはとてもいい案だと思うのだ。そも年末は忙しいし、イベントも重なっている。得体の知れない外部の人間にかき回されるくらいなら、監督生のようにそこそこ責任感のある生徒を一から育ててしまった方が早い。クロウリーはこれでも部下育成に優れているので、その辺りには自信があった。

「仕方ありません。それならお給金にプラスして1日につきツナ缶1缶つけましょう!」
「やります!」

決め手だった。一瞬監督生は自分にグリムが乗り移ったのかと思った。ツナ缶があればグリムはご機嫌であるし、賃金以外にツナ缶がついてくるなら、この浮いた資金を貯金に回すことができる。多少監督生が放課後グリムを見ていなくても、ツナ缶のために働いていると知れば問題を起こさずにいてくれるはずだ。(そうだと信じたい。)

「………。」

これを聞いていたとクルーウェルは汚い、思った。汚い大人の手口がこれでもかというくらい使われている。金に権力に賄賂だ。最悪である。しかし監督生がオンボロ寮の名に恥じないカツカツ生活をしているのも知っているので、クルーウェルは止めることができなかった。魔法を使えないうえ、唯一の女子生徒である彼女が合法的に働くのは難しい。市街地に降りれば不可能でもないが、やはり安全さと学業の両立という点がどうしても引っかかってしまうだろう。学内ならサムの店とモストロラウンジがバイト先に挙げられるが、血気盛んな者が多いため、魔法を使えないと万が一の時に危ない。その点、クロウリーの提案は彼女にとって悪いものではないが、それにしても…。

「でも、あの、秘書なんて私にできますかね…。」

ツナ缶が決め手にはなってしまったが、破格の条件である。この世界に慣れきっていない今、学外に出なくていいことはとても魅力的だった。だた、専門の人を雇うほどの秘書業を、たかが学生である自分に務まるかが心配である。渋っていてたのはそこに原因があった。お金に目が眩んで受けてはしまったが。

少し自信なさげに言う監督生にクロウリーは呑気な声を出した。

「大丈夫ですよぉ!仕事は私が割り振るので今日と同じくお手伝いだと思っていただければ。無茶振りもしませんし!」
「………。」

これには監督生も思わず半目になってしまった。普段散々無茶振りをしていることを監督生は忘れる程呑気ではない。この言葉は藪蛇である。その視線を受けてクロウリーは少したじろいだ。

「い、いえその、ね、今回は学外の関係者とも連絡をとったりしますし、あまり下手なことはできないので。」
「まぁ、そうだな。」

これにはクルーウェルも同意した。

「仔犬、せっかくだしやってみるといい。学園長の秘書なんて滅多にできることじゃないぞ。万が一何かされたらトレイン先生に言えばいい。」
「トレイン先生を出すのはずるいですよ!」

クルーウェルは鼻で軽く笑った。クロウリーがたまに本気でトレインに説教されている姿は教師の間では有名な話である。

「クルーウェル先生がそういうなら、頑張りたいと思います。」

もとより受けてしまったことだ、後からぐちぐちいうのはよくないなと思い、監督生は腹を括ることにした。先生方もいらっしゃるし、きっとなんとかなるだろう。

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