#3
あの日の一件以来、クロウリーは彼女へ大きな信頼を寄せるようになった。そして監督生も、一緒に仕事をしていくうちに彼への気持ちが信頼・尊敬から敬愛の気持ちに変わるのに時間はかからなかった。今ではクロウリーも彼女が最後の時間までいることに何も言わなくなった。一応区切りとして声は掛けているが、その後細々とした仕事を片付けていても、本を読んでいても、課題をしていても、許容するようになったのだ。彼女はしっかりと補佐を務めてくれるし、無茶をして次の日体調を崩すこともない。どうやらそのあたりのさじ加減もラギーやジャミルなどにアドバイスを受けているらしく、クロウリーが言うことなどもう何も無くなってしまったのだ。

「この辺りで。」

彼女へ割り振った仕事が終わった頃を見計らって声をかける。彼女ははーいと呑気に返事をした。クロウリーもそれ以上は気に留めず、自身の仕事を片付けていく。11月も下旬に入り、季節は本格的に冬になっていた。彼女を秘書に任命して一ヶ月、もはや学園長室に監督生がいる風景はすっかりクロウリーの日常の景色となっている。

クリスマスまでに一ヶ月も切り、仕事の忙しさはピークに達しようとしていたが、例年と比べると煩雑さがないのは確実に彼女のおかげだろう。

「んん〜っ!」

外はすっかり暗くなっていた。監督生に声をかけてから数時間、延々とデスクワークを続けていたせいか、肩がすっかり硬くなっており、首を回すとバキバキと音が鳴った。

「お疲れさまです。」
「おや、まだ残っていたんですか。」

ちょうど何か一服したいな、と思ったタイミングで監督生が温かい紅茶を差し出した。まだ入れたばかりなのだろう、淡く白い湯気が立っている。

「まだ閉門の時間じゃなかったので。」

先ほどまで姿が見えなかったのでもう帰ったのかと思っていたが、どうやら彼女は別室で書類整理をしていたらしい。何枚か用意していてほしいと言っていた書類も一緒にデスクに置いてくれた。

クロウリーは冷める前に紅茶に手を伸ばした。彼女に目を向けると、彼女も自分用のティーカップに紅茶を入れていた。おそらく彼女のものはミルクと砂糖がたっぷり入っているのだろう。

「ああ〜労働の後の紅茶は沁みますねぇ…。」
「あはは、おじさんみたいですよ。」
「もうおじさんですよまったく…みんな人使いが荒すぎです…。」

クロウリーは、あーーーと変な声を出しながら仮面越しに目の周りをマッサージしだした。監督生はそのマッサージは効いているのか疑問に思ったが、疲れているようだったので口には出さなかった。

「今日はこれで私の仕事も終わりなので、紅茶飲み終わったら帰りましょうか。送って行きますよ。」
「近いので大丈夫ですよ。」
「今日はいつもに増して遅い。おとなしく大人を頼りなさい。」

少し呆れたような声色であったが、それは親のように兄のように幼い身内を諭しているような言い方で、彼女は少しくすぐったくなった。

「じゃあ、えっと、お願いします。」

控えめでありながら嬉しそうに笑う彼女を見て、クロウリーはすっかり懐かれたな、と紅茶を啜りながら思った。以前までは恐縮しているのか(減らず口は叩いていたが)、何かとこちらの申し出にも頑なに断っていたが、最近は素直に申し出を受けることが多い。不器用ながら甘えているのだろうなと思う。最初、彼女が現れた時は面倒なことになったと心底思っていたはずなのに、今では彼女に甘えられることに煩わしさを感じない。胃の腑の底の方が静かに冷えていく。この感情は危険だと、理性が訴える。クロウリーは考えることをやめた。

「さて、そろそろ帰りますかね。」

紅茶も飲み終え、カップは監督生が軽く洗いに行った。その間デスクを片付けていたクロウリーが折を見て声を掛ける。

「あっ待ってください!」

扉に向かうクロウリーに彼女がひょこひょこと後ろをついてくる。まるで刷り込みされた雛鳥のようであった。絆されているのは自覚している。それでも彼女の親鳥でありたいと、漠然とそう思う。決して自分が親鳥になれないと知りながら、矛盾した思いを抱くのだ。


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