#7

「学園長!学務課のスミスさんからお電話です!」
「わかりました、あなたはそのままポストオフィスに行ってクリスマスカードボックスの件を終わらせて来てください!帰りに生活課に寄ってモミの木の発注についても聞いてきてもらえると助かります!」
「かしこまりました!」

修羅場とはこのことを言うのだろうと、学内ポストオフィスに走りながら監督生は思った。クリスマスパーティーまであと一週間、クロウリーも監督生も日々の仕事をこなすのに精一杯でまともに会話する時間がなかった。秘書業もすっかり慣れてきた今、彼女はクロウリーの代理として現場に駆けつけることも多く、そもそも二人で一緒にいる時間がほとんどなくなってしまったのだ。

「失礼します。学園長の代理で来ました。」
「ああ、待ってたよ。」

ポストオフィスのスタッフに誘導され中に入ると、大量の段ボールが積み上がっていた。中身は全て空であり、外側には大きく『ハーツラビュル』『サバナクロー』『オクタヴィネル』…と7つの寮の名前が書かれており、用意されている。今日からクリスマスパーティー前日までこの箱を設置し、クリスマスカードを送りたい人の所属する寮が書かれているボックスに入れてもらうのだ。そしてパーティー当日に寮の係りの者が選別し、各々持って行ってもらうようになっている。今日は設置場所の最終確認と承認書類を受け取りに来ていた。

「すごい大きい箱ですね。」

クリスマスカードを送る習慣があると監督生が知ったのは最近のことだった。こちらでは非常に気軽に贈られるものらしく、同級生やお世話になった先輩、学園の先生など、彼女が知っているもので例えるなら年賀状のようにやり取りされているものであった。そしてそれは監督生が思っている以上に重要視されるもので、一昨年母親からしかもらえなかった生徒が、去年クリスマスカードボックスを爆発させるという事件が起きた程らしい。そのため今年は再発防止の為にクロウリー直々に指揮を取っていた。

「そりゃそうさ。いくらスマホが普及したとはいえ、クリスマスカードがなきゃ一年が終わった気がしないしな。」
「そんなに大事なんですね。」
「なんだ、あんたはあまり送らないのか?たしか、熱砂の方は送る習慣がないって聞くが。」
「ええっと、そんなところです。」

監督生は苦笑いしてその場をやり過ごした。ここのスタッフは誰も自分がオンボロ寮所属であることを知らない。というか恐らく興味がないのだろう。特に困ることもないので、答えづらい質問は笑ってごまかしていた。

クロウリーからの伝言を伝えて設置当日の手順と場所を確認する。多少の変更面はあったものの、これで問題はなさそうだった。

「では、当日はそのまま設置の程宜しくお願いいたします。その後すぐに、クルーウェル先生のハウンド・ドッグが見張りに着くようになっていますので。」
「あいよ、君が来てくれて助かったよ。」

そう言うとスタッフは快活に笑った。もしかしたら彼は他人に興味がないわけではなく、大らかなだけかもしれない。そう思わせるような笑顔だった。

監督生は軽く会釈すると、出口に向かった。次は生活課に向かわなくてなならい。しかし、出口すぐ近く置いてある、色とりどりのクリスマスカードに思わず足を止めてしまった。それは想像していた以上に豪華でキラキラと輝いている。クリスマスの町並みに空を飛ぶサンタクロースのイラストや、可愛らしいアッシュベリーが描かれたカード、そしてエンブレムに『Merry Christmas』とだけ書かれたシンプルで品のあるデザインのものなど様々だ。

「あ、これ…。」

その中でも目を引いたのが、クリスマスケーキの上にカラスが乗ったイラストのカードだった。監督生は思わずそれを一枚手に取った。全体はモノトーンとゴールドでまとめられており、他のカードと比べるとシックな印象である。

「カラスは幸運の象徴だ、他のカードと比べると派手さはないが、逆にその方が他のカードに紛れても目立つから他と被りたくない人にオススメしているよ。」

カラス、と言われて想像するのは一人しか居ない。そして監督生はこのシックなデザインは年上の彼の雰囲気にぴったりじゃないかと思い始めた。買ってみようか。普段なら絶対に買わないものだが、今は自分で稼いだお金がある。

「あの、これいくらですか?」

彼女がそう言うと、スタッフは一瞬意外そうな顔をしたが、すぐに嬉しそうに破顔すると、値段を告げて会計窓口に案内した。



クリスマスパーティ前日、この日の仕事はほとんど終わっており、監督生とクロウリーは夕方にクリスマスツリーの搬入に立ち会うだけであった。日も落ちてきて寒さはさらに厳しくなっている。制服の上から防寒着を色々と着込んではいるが、それでも裾から入る容赦ない北風が監督生の体温を奪っていった。反してクロウリーは防寒はしっかりしているものの、憎たらしいほどいつも通りで全く寒さを感じていないようだ。監督生は冷えた手をこすりながら、グリムがいればもう少し暖が取れるんだけどな、とか、着込んでる学園長は冬毛で膨らんだ鳥みたいだな、など取り留めのないことを考えていた。しかし、魔法で突然現れたクリスマスツリーを見て、そんな寒さも吹き飛ぶこととなる。

「うっっっっっっっっっっわ。」

監督生は思わず女子らしからぬ声を上げた。

「大きいでしょう!立派でしょう!これこそナイトレイヴンカレッジにふさわしいクリスマスツリーです!」

クロウリーは監督生の反応を見て嬉しそうにはしゃいだ。そう、クリスマスツリーである。しかし、ただのクリスマスツリーではない。ものすごく大きいのである。監督生は勝手に自分と同じ背丈のものあたりが来ると思って居たので、おそらく校舎の三階に届くであろう大きなクリスマスツリーに開いた口が塞がらなかった。その姿を見てクロウリーは得意げに笑う。監督生は目一杯顔を上に上げる。しかしそれでもギリギリ天辺が見えるか見えないかの大きさである。

「これをいまから飾り付けするんですか…?」
「ええ、もちろん!飾り付け専用の業者を呼んでいるので時間はかかりませんよ。」

あたりには色とりどりのオーナメントが大量に入った箱が綺麗に並べられていた。夕日に照らされてそれらは金色にキラキラと輝いている。やはり大きい木に飾るからだろう、オーナメントも相当大きく、オーナメントボールはバレーボールくらいの大きさであるし、キャンディケインは彼女が実際に杖として振り回せそうなサイズである。

「あっ!」

トップスターはやはり特別なのだろうか、一つだけ別の箱に入れられ、分けて置いてあった。

「トップスターは最後に乗せるんです。これが乗るとツリーの飾りが一気に点灯されます。なので我が校では飾り付けは夕方からと決まっているんですよ。」
「だから人が集まっているんですね。」

中庭には校舎から顔を出す生徒や、寒い中渡り廊下に集まっている生徒が結構集まっていた。

「ええ、点灯式みたいなものですからねぇ。一気に電飾が光り輝く様は迫力がありますよ。」

クロウリーもまた、クリスマスツリーを見上げていた。転移魔法で次々とツリーにオーナメントが生っていく様子は見ていて小気味が良い。冬の夕暮れは短く、あっという間にオレンジの空は夜に飲まれようとしていた。

「…これで、あなたと放課後にこうやって仕事をするのも最後になりますねぇ。」

監督生は身を硬くした。そうだ、すっかり忘れていたのだ。クリスマスパーティーの日までという約束だ。明日は一応学園長が総責任者となってはいるが、特別主だった仕事はない。

「そうですね…。」

この関係はどうなってしまうのだろうと思った。監督生とクロウリーはもはや先生と生徒という関係にしては距離が近すぎる。だが、この秘書と雇用主という関係がなくなった後も、今のような関係でいるには距離が遠すぎるのだ。

「…でも、まだですよ。学園長。」
「?」
「ちゃんと終わるのは、明日です。明日全部成功してからじゃないと、終わったとはいえません。」
「………いやぁ、さすが監督生くん!しっかり者ですねぇ!」

まただ、と監督生は自己嫌悪した。また、自分は問題を先延ばしにしようとしている。恋心を自覚したあの時から、いつもいつも今を凌ぐことばかり考えてしまうのだ。まだ終わりにしたくない、もっと一緒にいたい、…彼の唯一になりたい。どれも叶わず、明日には全てが終わる。

「監督生くん?」

ぐるぐると考え込んでしまっていたのか、クロウリーが訝しげに彼女を見た。監督生は慌てて顔をあげる。

「すいません、なんか、感傷的になっちゃって…。たった今、終わってないって学園長に言ったばっかりなのに、すいません。」
「いえ……。」

クロウリーも黙り込んでしまった。二人でツリーが出来上がっている様子をぼーっと見つめる。ちょうど電飾が蛇のようにゆっくりと巻かれていっていた。

「…ちょっと失礼。」

ふとクロウリーは監督生にそう告げると、業者のスタッフに向かっていった。現場責任者らしき人に何か話している。どうやら交渉しているようだった。特にそのスタッフは渋った様子もなく頷く。クロウリーは機嫌良さそうに礼を言うと、またすぐにまっすぐ彼女に歩いてきた。

「学園長?」
「ちょっと失礼。」
「えっ!?」

クロウリーは突然監督生を抱き上げた。監督生は思わずクロウリーの頭にしがみつく。

「なっなななな」
「舌噛みますよ!」

クロウリーは彼女の動揺をよそにそのまま飛び上がった。冬の冷たい空気が監督生の頰を撫でる。思わぬ寒さに身体中が総毛立った。重力を一身に感じて、クロウリーの腕の中から落ちそうだ。

「落ちる!!!学園長!!落ちます!!」
「落としませんよ。」
「落ちます!学園長ひょろひょろなのに!!」

監督生は突然飛び立たれて混乱し、思わずオブラートに包まず感情のままに暴言を吐いてしまった。クロウリーはわかりやすくショックを受けている。

「君、私のことそんな風に思っていたんですね…。」
「だって!!」

言い返そうとした瞬間、クロウリーがふわりと上昇するのを止めた。もう動いていないはずなのに、中庭から抜けたせいか空が近いせいか、地上よりもはるかに冷たい、刺すような強風が二人を襲う。

「ぎゃー!!…グリム、先立つ不孝を許してね…。」

一周回って冷静になってきた監督生は悟り出した。クロウリーはそれを呆れた顔で見ている。

「普段から飛行術で同乗しているでしょう。何を今更怖がるんですか。」
「あれは箒に乗ってるから気持ち的に平気なんです!」
「ただの補助アイテムなので原理的には同じなんですけどねぇ…。そんなことよりほら、着きましたよ。」

恐る恐る視線を向けると、すぐ目の前にクリスマスツリーがあった。ちょうどツリーの頂点が彼女の胸の高さにある。監督生は改めて高さを実感していまい、危うくめまいを起こしそうだった。

クロウリーは監督生を抱き上げていない反対の手を彼女の眼前に差し出す。監督生はクロウリーの頭に必死でしがみついながらそれを見ていた。

「はい、どうぞ。」
「え?」

パチン、と指を鳴らしたような音がした。改めてクロウリーの手を見ると、そこには金色に光るトップスターがあった。

「何をぼーっとしているんですか、みんな待っているので早く受け取ってツリーに乗せてください。」
「私が乗せるんですか!?」
「そのために連れてきたんですよ。トップスターを飾るのはすべての子どもの憧れでしょう。」

何を言っているんだと思ったが、監督生はおとなしく恐る恐る受け取った。ここで落としたら…と考えると手汗がじっとり滲んできた。手袋をしていて良かったと心から思う。

「も、もう乗せていいんですか。」
「ええ。いつでも。」

クロウリーの腕の中から落ちないようにそっと手を伸ばす。反対の手はクロウリーの襟をしっかり握った。シワになっても知ったことか。少し距離が遠かったが、察したクロウリーがそっとツリーに近付いてくれる。

「うう〜怖いです〜…。」

恐怖と寒さで震えが止まらない。早く乗せて下ろしてもらおうと思い、一思いにツリーにブスッとトップスターを刺した。

「わぁっ……!」

監督生は思わず声を上げた。トップスターを刺したと同時にクリスマスツリーの電飾が点灯し始めたのである。

それは夜を飲み込まんばかりの眩い光だった。一番下から点灯したと思った瞬間、中庭を吹き上がる風のようにトップスターに向かってオーナメントや電飾が光り出す。そして一つ一つがキラキラと瞬きだした。空気が冷たく澄んでいるおかげで、輝きはより鋭く、より明るく光っている。

「すごく綺麗…!」

なにか上手いことを言えたらどんなに良かっただろう。しかし監督生はそれしか言えなかった。だが、この景色は確実に今まで見てきた何より綺麗なものだと感じさせる。

「すごいでしょう、ここから見るツリーの美しさは。」
「はい、本当に…。」

高所への恐怖はあっという間に何処かへ行ってしまった。クロウリーもクリスマスツリーをじっと見つめている。先ほどまで強く吹いていた風はいつの間にか止んでいた。

「…こんな。」
「?」

クロウリーの視線が彼女に向く。監督生はそれに気づかず言葉を続けた。

「こんな綺麗なクリスマスツリーのトップスター、確かに誰だって憧れますね。」

監督生はふにゃりと笑う。その笑顔を見てクロウリーは何故か無性に泣きたい気持ちになった。喉の奥に何かが突っかかっているような感じがし、鼻の奥がツンとする。それを寒さからくるものだと思い込み、鼻をすすった。彼女はツリーを見ているのでクロウリーの表情には気づかない。彼は彼女が表情に気づかないようにそっと監督生を抱く腕を引き寄せ、さらに密着させた。

「…学園長?」
「……あ〜〜〜寒いです。頑張ってあなたをここまで連れてきましたが、やはり真冬の夜空は堪えますねぇ…。」
「なんだ、寒かったんですね。」

監督生も寒かったので、クロウリーにキュッと体を寄せた。といっても片手抱きにされているので、監督生はそこまでの暖は取れなかったが。

「学園長、帰りましょう。温かいコーヒー入れますよ。」
「それはいいですね、私、今日はミルク多めに入れて欲しいです。」

下を見ると業者はもういなくなっていた。元々点灯を見届けたら撤収していく段取りにしていたので、クロウリーはそのまま監督生を抱いたまま、学園長室に飛んで行った。

「わかりました、ミルクいっぱい入れましょう。」
「ちゃんとミルクも温めてくださいね。たまに冷えたミルクそのままコーヒーに入れてるの、私知ってるんですからね。」

飲みやすい温度になってちょうどいいだろう、と言い訳をしてこっそり出していたが、やはりばれていたか。クロウリーが少し捨て腐れたように言うのがおかしくて監督生は笑った。もう、彼に抱かれて空を飛ぶことに恐怖は感じなかった。


戻る