散らす火花は君が為

 想いを寄せる男がいる。
 その人は、同じローズ歌劇団に所属していて、お針子として裏方仕事を請け負っている私と違って、キラキラとした舞台に立つ男だった。
 そんな彼の衣装を担当することになって、少しずつ話をするようになって、ようやく、二人きりで出かける程度には仲良くなった。
 ……だというのに、これはどういうことだろうか。
「……また貴方ですか」
「それはこちらのセリフなんだけどねえ」
「お、おい……」
 意中の男性を挟み、火花を散らす相手は一見して見目麗しい男だった。……あくまでも、見た目の話だ。
 それは私にとって、まるで悪魔のごとき存在だ。ローエルさんとのデート(だと私はあくまでも解釈している)を邪魔するように、ことごとくいく先々に現れるその人は、私の向ける敵意と同じものをこちらに向けて笑っていた。
 道行く女性たちが見惚れるほどの美しい微笑みを浮かべながらも、彼が私に向けるあからさまな敵意の理由を私は嫌という程によく知っている。故に私も、同じように笑いながらそれを返すのだ。
 シェスディという名のその男は、よりにもよって騎士団の一員で、ローエルさんがこの歌劇団に所属するまでのちょっとした事件の主要人物でもある。
 ちょうどその時の私は、ロロさんにデザインについての相談をしに観光都市へと足を運んでいたのが悔やまれる。とにかく、私は全てが終わった後に彼らと合流し、ローエルさんに恋をして、現在に至る。
「騎士団の方はどうやらお暇なようで? 給料泥棒ですか?」
「はは。生憎と、俺たちも任務でこの街に足を運んでいてね。そういう君こそ、なぜ彼と共に?」
「貴方には関係のないことです」
「俺のご主人様のことだ。関係なくはないだろう?」
「いや、違ぇから」
「同じラインに立っていないのであれば、ここで引くべきなのは貴方でしょう?」
「オイ……落ち着けってお前ら……」
「"俺の"ご主人様にやけに馴れ馴れしいじゃないか」
「ええ、親しくさせていただいているので」
「へえ……面白いことを言うね」
 バチバチと互いの間に飛び散る火花を止めることができる人間など、この世に何人いることだろうか。
 私はこの男が気に食わない。この男は私が気に食わない。おまけに事あるごとに邪魔するかのごとく姿を表すのだから尚更だ。
 眉間にしわを寄せて顔だけはいいこの男をにらんでいたら、ふと視界が手で遮られる。
「お前らなあ」
 疲れたような声で間に割って入ってきたのは私の大好きな人で、頭痛を堪えるようにこめかみを抑えるその姿に、なぜだか妙に色気を感じる。
 ……いや。正確には、私は彼が何をしていてもドキドキしてしまうのだ。
 溢れる衝動を抑える術など知らず、知っていたところで抑える気などない私は、衝動のままに彼に体当たりよろしく抱きつく。
「好きっ!」
「あっ!」
「おわっ!」
 突然の横からの衝撃に少しだけよろめきつつも、ぐっと堪えることのできる彼がやはり好きだ。かっこいい。
 ぎゅう、と腕に力を込めて抱きつけば、鼻腔を彼の香りがくすぐる。洗濯物の香りと、薄くつけられたムスクの香り、彼の、ローエルさんの香りだ。
 小さく息を吐いて、彼は私の頭を撫でる。子供にするような優しさを持った行為に少し不満を覚えたけれど、彼がぽつりと呟いた「なんで俺なんだかなあ」という言葉によってそんな不満は吹き飛んだ。どちらかといえば、悪い方向に。
 なんでも何も、運命なのだ。それはまあ、初めは一目惚れだったし、真っ先に彼の外見を好きになったことは否定しない。それすらも彼は納得がいかないみたいだけど、それ以外にだっていいところは、魅力的なところはたくさん出てくる。
 それをいつだって伝えてきてるのに、彼はいまだにその言葉を口にするのだ。
「……お前も、お前もだぞ」
 私の頭をぽん、と撫でてから、彼は私と、シェスディ……さんを見る。
 私からは見えなかったけれども、きっと呆れたような顔を向けられたのだろう。ローエルさんの体越しに見えた顔が少しばかり紅潮したのを私は見逃さなかった。
 この二人の間に何があるのかわからないけれど、私には入り込めない何かがあるのは確実だ。それがちょっと……いや、かなり悔しい。
「ちょっと、人の恋人にデレデレしないでいただけます?」
「おっ、おい」
「恋人? 妹分の間違いでは?」
「残念でしたあ!」
 しがみつく様に腕の力を強くして、シェスディさんに舌を出す。ローエルさんからぐえっと苦しそうなうめき声が聞こえてきたのは今は聞かなかったことにしよう。
 確かに、彼にとっての私は単なる妹分に過ぎなかったのだろう。彼はよく、私に対して妹と同い年であることを聞かせてきたし、妹に対するような甘やかしだって受けてきた。
 でもそれは、数日前までの話なのだ。
 単なるお針子と、キラキラとした役者である彼の同僚というだけの関係は終止符を打ったのだ。彼が根負けしたという事実は置いておくことにしよう。私はついに憧れのその人の、憧れの立ち位置に着くことができたのだから。
「これからは名実ともに恋人同士のデートなんで、部外者は邪魔しないでいただけます?」
「ごっ、ご主人様!?」
「ああもう……」
 自分を挟んで行われていた争いの中心に挟まれた彼が、疲れたように大きなため息をついたのは、これでぴったり10回目のことだった。