去りゆく君へ、祝福を

捏造に捏造を重ねて妄想してるだけのアレソレなのでご了承ください。



 彼女は凶兆であると星読みが読んだらしい。それ故に彼女は産まれながらに他人に距離を置かれていた。小さい頃から体調を崩しがちな彼女は、医者をしているうちの常連だ。
 雨が多く、川が氾濫することも、それはそれは恐ろしいことではあるけれど、そういった一連の出来事が彼女と関係あるだなんて誰が断定できるのか。星読みがそう読んだからって、私は決め付けたくなかった。
 ……だって彼女は、リュンリーは、すごくいい子なんだもの。
「リュンリー! お、お嫁に行くってほんと?」
「なまえ……」
 勢いよく彼女の部屋へと飛び込んだ私を、彼女は困ったような笑顔で迎え入れた。そして私の言葉を肯定するのだ。
 歳が近く、小さな頃からずっと一緒だった彼女が違う里へと嫁入りするなんて、信じられないし耐えられない。
 できることなら私も行く! と声を張り上げて駄々をこねてしまいたかったが、残念ながらそれは叶わない。彼女と同じく、私も愛とか恋とか、そんな幻想を抱くことすらできぬままこの里の男に嫁ぐことが決まっていたから。
「ね、嘘だって言って? お願い。リュンリーがいないなんて、私耐えられない」
 私のこんなわがままも、彼女を困らせてしまうだけだと知っている。それでも、やっぱり一番の親友がいなくなることは耐えきれなかった。
 ……というのは、多分建前なのだ。
 私は、彼女に対して友愛を超えた情を抱いてしまっている。そういう自覚がある。誰よりも美しく、優しく、強い彼女のことが、私は他の誰よりも好きなのだと、そう思っているのだ。
 それと同時に、彼女の置かれている現状も見えている。里では凶兆の星だと忌み嫌われ、誰よりも彼女が苦しんでいるのを私は知っている。
「ねえ、なまえお願い。私、貴女にはそんな顔をして欲しくないの」
「ん、そう……だよね」
 笑え。笑え笑え笑え笑え――。笑うのだ。彼女を安心させるために。
 ……でも、どうしたって寂しい。
 自らのエゴで、彼女をこの場所にしばりつけることなどできない。なんと言っても、彼女がそう決めたのだから。
 思えば目頭が熱くなり、じわりじわりと視界が歪んでいく。いよいよ彼女の表情すらもぼやけて、瞬きと同時に限界を超えて溜まった暖かな雫が頬を伝って落ちていく。
 ぱたりぱたりと落ちるそれは、きっと私の足元を濡らし始めているのだろう。
「……泣かないで」
「……泣いてないよ」
 泣いてなんかいない。私は今、祝福の笑顔を浮かべているはずなのだ。泣いているはずなんて、ない。
 ふと、彼女がゆっくりとした動作で私の握りしめた拳を両手で包み込む。相変わらず、困った顔をしているのだろう。私の歪んだ視界には、やっぱり見えやしないのだ。
「……やはり、私は凶ツ星のようですね」
「っ、……なっ……」
 なんでそんなことを言うのか。反論しようにも、うまく言葉が紡げない。彼女は今、悲しい顔をしているに違いない。
 至らない私のせいで、彼女は困り、悲しみを浮かべているのだ。だって、彼女の声はあまりにも悲しいものだったから。
「世界で一番大切な友人に、雨を降らせているのだもの」
「雨、なんて」
 降ってない。彼女のせいで降る雨なんて、この世には存在しない。
 リュンリーは、いつだって暖かなお日様のような笑みで私を照らしているのだ。
 空いていた左手で乱雑に目元を拭って、"雨"を自発的に終わらせる。足元へと落ちる透明な雫は、今はもうどこにもない。
「ねえなまえ。悲しまないで。会えなくなるわけじゃないわ。少し、遠いところに行くだけ」
「少しじゃないじゃない」
「少しよ。会おうと思えば、きっといつだってそうできる」
 ね? と、笑う彼女に私は折れることしかできない。だってもう、それは決まっているのだ。
 彼女は自分の意思で、自分を求めている人のところへと向かうのだ。ならばやはり、親友の私が祝福しないでどうするのだ。
 同じ国にいる。何も遠く離れた全く違う国へと嫁ぐわけではない。そう自分に言い聞かせて、ようやく私はガチガチに固まってしまったほおの筋肉を無理やり動かす。
 きっとこれは、歪ながらも笑顔の形をしているはずだ。
「私のこと、忘れちゃダメよ」
「忘れるはずないじゃない。なまえこそ、すぐに忘れてしまいそうで不安だわ」
「それこそありえない」
 拳を固く握っていた力が、ふっと軽くなる。諦めるしかないのだ。初めから。そうしてようやく、私は笑顔を浮かべることができた。
 これは今生の別れではなく、彼女の幸せのためだ。ここに居たって、彼女は幸せにはなれないから。
 わかっていたくせに、最後の最後までわがままを通そうとする私の往生際の悪いこと悪いこと……。
 きっと、まだ少しだけぎこちないけれど、心の底からそういえているわけではないけれど、痛む胸を無理やり押さえ込んで、私は彼女に祝福を送るのだ。
「……結婚、おめでとう」
「なまえも」
 そう言って、彼女は穏やかに、柔らかに微笑むのだ。私が大好きな、慈愛に満ちた微笑みで。
 さようならは言わない。自らの秘めた想いに鍵をして、海の底に沈めるようにそっとそれから目をそらす。
 まだ、乾ききらない胸の傷は痛むけれど。彼女のためなのだと言い聞かせるように、私はもう一度、おめでとうと呟いた。