夜空の下で

「待って、待ってってば」



それでも彼はその足を止める気配など無くて、
むしろそのスピードは速まるばかりで、

追いつくのを諦めてしまおうかとさえ思う





「だってほら見て、もう7時半だから。」
「ごめんね、帯を結ぶのにあんなに時間かかるなんて」

「もう少しだから頑張って走れよ」


そう彼がこちらに振り返り叫んだ瞬間
わたしの目の前の夜空いっぱいに、その花火は打ちあがった




「わあ」
「ええー、ちょっと待てよ」
「すっごい綺麗。」

「俺振り返ったから見れなかったんですけど。」
「ふふ、土屋さんが振り返るからだよ」
「あんたが遅いからでしょ」
「土屋さん、速すぎるんだってば」
「もう、ほら早く行くよ」


苦い顔をしながらため息交じりで戻って来て私の手を引く、
自然に、当たり前のように、

少し汗ばんだ手のひらが少しくすぐったい
繋いだ手には、どこからかこみ上げる体温がこもる



「―なんだか付き合ってるみたいだね」
「え、なに?」



後姿に投げかけた言葉は花火の音にかき消されたのか彼には届かない
届かなくていい、そう思ってわざと花火の音に乗せた


「ううん、独り言」


ぎゅっと強く繋いだ手を握り直す
少し緩んだ口元はきっと、しばらく元に戻らない



花火の光に照らされた彼の横顔が私みたいに緩んでたいたのは、きっと夏のせい

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