【第三章】―世界一どうでも良いニュース―


 ―事件は起こった。

 自動操作である車の、運転席に座っているのはギノちゃんで、極力、常守朱と関わりたくない私は後部座席。もちろん、彼女は助手席だ。
今日は、誰も非番じゃないので、執行官を乗せた檻には、皆、乗っている。

 「で?今回の事件は?皆、総動員するほどのものなの?」
「いや…、エリアストレスが急激に上昇しているという報告しか受けていない。念のため、だ。」
「ふぅん」
「着いたら再度指揮するが、なまえは六合塚と常守監視官とともに行動しろ。」
「えっ?!」
「わかりました、宜野座さん。」
「俺は、縢と狡噛と征陸と行動する。エリアストレスの元を探れ」
「はい!」
「(はい、じゃないよ!…ギノちゃん、私が常守を避けてるのわかってて言ったな…)」
 バックミラー越しにニヤリと笑ったギノちゃんに苛立ちを隠せず、後ろから思いっきり運転席を蹴った。


++++



 『携帯型心理診断鎮圧執行システム、ドミネーター起動しました。ユーザー認証、みょうじなまえ監視官。公安局刑事課所属、使用許諾確認。適正ユーザーです。』

 いつものように流れていく無機質な声。ドミネーターを持ち、大型ショッピングモールの中に入っていく。男チームは最上階から、女チームは地下から、行動を開始するように指示された。

 「今回の作戦は以上だ。何か質問は?」
「ギノ」
「なんだ?狡噛。」
「何で極端に戦力が分かれてるんだ?各階に女子トイレとかもあるだろうし、男女混合にチームを編成した方がいいんじゃないか?」

 もっともな言い分をあげる慎也。
 ギノちゃんの思惑を全くわかっていない。

 「なまえと常守監視官が現場で被るのは初めてだ。女同士の方がやりやすい、と俺は考えた。」
「…大丈夫か?」

 二人の視線が私と常守朱に向けられる。常守朱の視線さえ私に向けられ、皆の視線は同じ場所に集中した。
 ふぅ、と自然にため息が出る。

 「大丈夫でしょ。そんな大きな事件じゃないだろうし…一人の人間が何かをきっかけにエリアストレス上げてるだけじゃない?」
「…まぁ」

 私の意見に、ある程度、同意しているらしい慎也は、口を濁らせた。

 「心配してくれるの?慎也」
「…」
「まぁまぁ。コウの嬢ちゃんも、一端のデカなんだ。うまくやるだろうよ。」
「そういう事だ。狡噛。いいな?」
「…ああ」
「何かあったらすぐに連絡しろ」
「はーい、わかってるよぉ、ギノちゃん」
 「よし。じゃあいくぞ」
 ―飼い犬が、放たれた。



++++



 ―最上階

 ここの屋上は解放されているらしい。
 自然をモチーフにした屋上で、今ではあまり見かけない公園をイメージしているのだろう。木や花壇に植えられた花が目立つ。等間隔に置かれたベンチには、カップルが占領していた。

 「本音はなんだ?ギノ」
「…何の話だ。」

 一見、ほがらかな雰囲気が流れている場所だが、油断はならない。表面上は公安局のコミッサちゃんのホロアバターをつけているが、皆、ドミネーターはしっかりと握ったままだ。

 「チームだよ。女同士の方がやりやすいなんて…お前らしくもないだろ」
「…お前は気づいたか?」
「何をだ?」
「…態度だ。」
「…」
「なまえは常守監視官と関わろうとしていない。…少なくとも、人嫌いはしない奴だ。まして後輩を苛める趣味も無いだろう。」
「…それは」
「理由はわかるか?」
「…」
「ちょ、ギノさん!ダメっすよ!」

 周囲に視線を配りながら、会話は続く。会話の流れが平穏で無いことは、誰もがわかっていた。縢が必死で二人を止めるが、聞く耳持たず。 

 「お前だ、狡噛。」
「俺…?」
「おい、伸元。それ以上は」

 縢に加勢するように、征陸も口を開いた。

 「老いぼれは黙ってろ。狡噛、実際どうなんだ?」
「何の話だ」
「なまえだよ。わかってるだろ?アイツの気持ちは。」
「伸元。」

 それ以上は言わせないと、今度は、征陸が間に入るが、宜野座の耳には届かない。縢は、あわあわと焦って様子を見守っているだけ。

 「…」
「アイツは急に現れた常守とどう関わっていいか、わからないんだ。お前と仲良さげな場面を見たからな。」
「別に、常守とは」
「お前が誰を好きだろうと関係ないが。これ以上、仕事に支障を出すなら、お前のせいでなくても、きっちりケジメはつけてもらうぞ。」
「…」
「アイツの気持ちに応える気が無いなら、ちょっかいを出すな。」
「……俺は、ちょっかいを出してるつもりなんて」
「なら何で…!「ストップだ。」」

 征陸が、これ以上、この話題を続ける事は、仕事に支障が出ると判断し、強制的に止める。二人もそれに納得しているのか、何も言わず、ただ残ったのは不穏な空気だけだった。
 そのまま誰も一言も発さないまま、奥に進んだが、何も気になる点は無く、そのまま一つ下の階に下がっていく方向で、足を進めた。



++++




 ―地下


 「地下は駐車場ね…人も少ないけど、逆にここで何かしてるパターンも多いから気を付けないと。」
 結局、常守朱と弥生と私で地下を見回ることに。
 「はい、あのなまえ先輩」
「なに?先輩って。そんな柄じゃないから辞めてよ」
「いやでも…先輩ですし」
「…」

 やばい、会話が続かない。
 地下が何もなければ、一階へと移るが、多分ココが当たりだ。地下の雰囲気がそれを告げている。弥生もわかっているのか、緊張を解かない。
 仕事なので、会話をしようと、常守朱に先輩らしくアドバイスしてみたけど、全く続かなかった。どうしよう、気まずいし。

 「気を引き締めて、常守監視官。」
「六合塚さん…」
「ここ、何か臭うわ。」
「えっ?」
「弥生に同感」

 ジリジリと少しずつ、見落とさないように地下を見回る。車が多いせいか、あまり見渡しは良くないので、気を引き締める。
 突然飛び出してでも来たら…。…!

 「常守朱!!後ろ!」
「!?」

 ―一足遅かった。車の影から現れた人物は、あきらかに私達が追っている人物だと見て取れる。
 対象者の目からは、コミッサちゃんホロアバターを被っている私達を、危険と判断したのだろう。一番近くにいた常守朱に襲い掛かる。彼女は反応が遅れ、その反動でドミネーターを落とし、常守朱のホロは解除されてしまった。私と弥生も、すぐさま、ホロを解いて対象者の前に出る。

 「抵抗は辞めて大人しく公安局まで来なさい!」
「嫌ぁなこった…ここで俺、捕まったら…一生牢屋行きだろ?ここでお前たち三人ぶっ殺して逃げ切ってやるよ…!」
「先輩…!」
 
 常守朱を人質に取り、対象者は少しずつ距離を詰めて来た。彼女に合わせないように、ドミネーターを対象者に向けると、また無機質な音が頭に入ってくる。

 『犯罪係数オーバー230、執行対象です』

 応援を呼ぼうか一瞬迷ったが、常守朱が人質に取られている。今、下手に動いたら私達が危ない。

 「弥生」
「わかってる」

 隣で同じように、ドミネーターを対象者に向けている弥生に、合図を送る。

 「行くよ!…」

 ―標準を、対象者に定めて。

 『執行モード、ノンリーサル・パラライザー。落ち着いて照準を定め対象を制圧してください。』
「言われなくとも…!」
「辞めろ…撃つな…コイツがどうなっても…!」
「五月蠅い。」
「ああ…!」

―引き金を引いた。

 「大丈夫?」
「は、はい…すいません、ありがとうございました。」

パラライザーで気を失っている対象者を確認して、その場に座り込んでいる常守朱に手を貸す。

 「次から気を付けて。上手く撃てたから良いけど…」
「はい…」

 ほんと、パラライザーが対象者にあたったから、良いものの。こんな無茶な行動、ギノちゃんに知られたら、また怒られそうだなぁ。

 「じゃあ、この対象者をギノちゃん達に引き取ってもらわないとね。」
「そうね」
「まぁ、さすがに女三人もいれば運べるだろうけど…こういうのは男の仕事でしょ。―もしもし?ギノちゃん?」

【こちら、シェパード1。その声はシェパード0。…そっちはどうだ?】

「対象者見つけて、興奮状態だったからパラライザーで撃って、今、気失ってる。重いから、回収するの手伝って〜」

【また勝手に…!…場所はどこだ?】

「地下の奥。待ってるから、早くねぇ〜」

 これ以上、小言を言われるのが嫌で、有無を言わさず通信を切った。
 後で文句言われたら、地下で電波が悪かったってことにしよう。うん。

 「常守監視官」

 ぼう、と私を見ていた常守朱に、弥生が話しかける。

 「はい?」
「貴方、実際、狡噛の事。どう思ってるの?」
「え?!」
「ちょ、弥生?!」

 何聞いてるの貴方!私が聞きたくても聞けなかったことを!そんなあっさり…!

 「どうって…」
「そこのところ、はっきりさせないと。仕事がうまく進まなさそうだから。」
「え…狡噛さんの事、好きなんですか?」
「私じゃないけど。」
「…どうって、」

 少し歯切れ悪く、口ごもる常守朱。下を向いていて、顔は見えない。聞きたいような、聞きたくないような。微妙な感情が私を包んだ。

 「正直、少し気になります…これが恋かどうかは、わかんないですけど…気になる存在っていうのは、確か、です。」

 ―見えた表情から、常守の頬が赤くなっていたのには、気が付かないフリをしたかった。




  世界一どうでもいいニュース
(この妙な告白の後、私の中に残ったのは、吐き出してしまいたいくらい、気持ち悪い感情だけ。)




20160513

ALICE+