【第四章】―ハーティ・ハニーはご機嫌ななめ―
「…」
「な、なぁ…」
「…」
「ど、どうしたんだよぉ。ご、ご機嫌ななめちゃん?…」
「…」
「……ぉーぃ…」
「辞めとけ、縢。」
止めたのは、宜野座だった。この重苦しい空気を全身から出しているのは、宜野座や、かつてはエリートだった狡噛と同期の、女性監視官である。パソコンの前に座って、仕事をしているかと思いきや、手は全く動いておらず、目の焦点は合ってない。
「どうしたんすか、あの様子」
「…」
このような空気になった理由を知らない縢は、彼女とコンタクトをとってみようと試みたが、あえなく撃沈。宜野座に止められたので、話しかける相手を彼女から宜野座へと変えた。
重苦しい空気が苦手な縢は、とりあえずこうなった理由だけでも知ろうと、問うが、誰も答えない。仕方がないので諦めて、自分の席へ戻る直前に、六合塚が小さなヒントをくれた。…それは、ほとんど解答に近いものだったが。
「狡噛と常守監視官がデートに行ってるわ」
「…ワォ」
ちらり、と彼女の方を見る。…うん、こりゃこうなるわ、と納得したところで、席に着いた。
―事は、約一時間前に遡る…
++++
「デートスポット?」
「ああ…まだ大っぴらにはされてないんだが…」
それは、朝の一係。縢以外は既に出勤していて、宜野座が今、問題になっている事件について、皆に話をしていた。
「なんでもネット上に、あるルートでデートスポットをカップルで回ると、幸せになるという都市伝説的なものが流行ってるらしい。」
「へぇー。それの何が問題なの?それぐらいの都市伝説、いっぱいあるじゃない。流れ星に願い事を三回言えば叶う的なものでしょ?」
「そうだ。それだけなら、なんら問題ないんだが…その最後にデートスポットで指定されてる場所が問題なんだ。」
「どういうこと?」
「ネット上で書かれているその場所。実は存在しない。」
「えっ」
「しかも、そのデートスポットを回ったカップルも、数組、行方不明になっている」
「!」
「無事なカップルもいるみたいなんだが…、行方不明になったカップルは若い男女ばかりだ。面白がってデートスポットに行く奴らもいるが、行方不明になったカップルの噂が出回ってからは、怖がって回らない者が多いが…。」
「…」
「そこでだ。」
「はい!ギノちゃん!私が慎也と…「常守監視官と狡噛、行ってきてくれないか?」嘘待って絶対やだ何言ってるのギノちゃん!」
宜野座は、ギャーギャー五月蠅い、狡噛大好き女を無視し、話を進めた。
「行方不明っていうのは、具体的にどう消えたんだ?ギノ」
「最後に指定された場所に向かう途中で行方不明になっている。男女二人共だ。」
「…」
「…向かう途中で、誰かが襲っている?」
「おそらく、な。そこは廃棄区間の近くで、人も少ない。サイコパス異常者が襲っていると考えても、おかしくはないだろう。」
「なるほどな…」
「あまり大人数で行って、向こうに警戒されても困る。若い男女が襲われている事から、征陸は却下だし、経験を積むという意味で常守監視官と狡噛に行ってもらう事にした。何か意見は?」
「特にない。とりあえず行けばわかるだろ。準備するぞ、常守」
「はい!」
ふう、と煙草を吸い終えた狡噛は、すぐに出かける準備を始める。それに続くように、常守も。
だが、彼女はまだ諦めていなかった。
「私が慎也と行きたい!常守代わってよ!」
「え?えぇ…先輩…」
彼女は、どうしても 狡噛と同行したいらしい。先輩の申し出に、常守も困惑する。
「おい、辞めろ。常守が困ってるだろ」
「慎也!何で常守朱の味方するの!」
「お前は聞こえなかったのか?ギノは俺と常守に行って来いと命令した。お前はここで待機だ。」
「慎也ぁ…」
常守行くぞ、と言った狡噛の声音だけが残り、二人は一係を出て行った。
この後から、彼女の仕事は一切進んでいない。
++++
「狡噛さん」
「なんだ?」
「先輩と狡噛さんって、付き合ってるんですか?」
「またえらくぶっとんだ質問だな。」
常守と狡噛は、公安局を出た後、真っ先に最後のデートスポットの近くまで来ていた。実際には存在しない場所だが、確かに付近までは実際に存在する住所なので、誰も疑う事は無かっただろう。
辺りを注意しながら、歩みを進める。特になんら変哲のない住民地エリアのように見えるが、緊張を緩めると危ない。
「付き合ってない。ちなみに、過去に付き合ってた、とかでも無い。」
お互い、周囲を見ている為、視線は合わないが、話は続く。
「でも、先輩は…」
「あれも、もうネタみたいなものだ。本気じゃない。」
「え…」
この瞬間、初めて常守は狡噛の方へ視線を移した。
「アイツは…本当は、」
「狡噛さん…?」
「…皆、知らないだけだ。アイツの本当の気持ちを。」
一瞬だけ、狡噛が目を伏せたのを、彼女は見逃さない。
「…」
「話はそれだけか?」
「狡噛さん自身の気持ちは、どうなんですか?」
「…」
「狡噛さんは、先輩の事、どう思ってるんですか?」
「…常守には関係ない。」
「関係なくないです!だって私…!」
「待て」
先に歩いていた狡噛が、常守の言葉を静止させた。沈黙。五感が研ぎ澄まされる。
―次の瞬間。
「カップルさんですか?」
「!」
影から、一人の女性が現れる。年は…四十前半だろうか。まだ時刻は昼前なのに、心なしか、この女性の周りは暗い。長い黒髪が、白い肌に際立っていた。
「…そうだが。アンタは?」
「私?私はねェ…あんた達みたいな若いカップルが大っ嫌いな女だよ!!!」
「チッ!」
手に隠し持っていたナイフが、二人に襲い掛かる。間一髪避け、二人はすぐさまドミネーターを対象者に向けた。
『犯罪係数385、執行モード、リーサル・エリミネーター。慎重に照準を定め、対象を排除してください』
避けられた事に、尚更腹を立てたのか、女は再びナイフを振りかざして、こちらに向かってきた。狡噛は、それを面白がるように、自ら女に近づいていく。その後ろで常守が狡噛を止めるが、聞く耳は持たない。
「なかなかの大物じゃねェか…!」
「狡噛さん!また一人で…!」
「公安局がァ…!」
―ドミネーターが、唸った。
++++
―一係では…
「もぉやっぱ待ってられない!私も行く!!!」
「落ち着け。そして行くな。」
結局、狡噛大好き女は、駄々をこねて五月蠅くなっていた。仕事も放置して今にもここを出ようとするのを、宜野座が必死に止めている。
「落ち着いてられるもんですかーっ!どーすんの、あの二人が周りに触発されていい雰囲気とかになったら!デートスポットでしょ?!誰か周りにカップルいるんじゃないの?!そのカップルが、もしチューとかしてて、俺らもしとくか?とかなったら、どーしたらいいの?!いくら最近、その消えたカップルの噂のせいで人が少ないとは言え!途中でラブホとかあったらどーすんの?!流れで入って行ったら!仕事終わりとかでもありえるよね?いくらまだ昼とはいえ…」
「とりあえず、黙れ。」
「あああ…どうしよう!私だってまだ慎也の大事なところ見た事ないのにー!訓練中の上半身裸しか見たことないのに!!絶対やだぁ!慎也の大事なところ見るのは私だけが良いのにぃい!!」
「…」
「ああでも、もしかして常守朱が実は、めっちゃ経験豊富とかで、慎也の息子さんが小さくて物足りないとか言われて、ショックうけてたら…あ、でもそこで私が小さくても大丈夫だよ、そんな慎也でも受け止めてあげるよって言ってあげれば…」
「「「…」」」
その場にいない狡噛を哀れに思う男性陣達。女性陣の六合塚は、黙々と仕事をしていた。
「コウちゃんのブツが小さいか小さくないかは置いといて…さ、とりあえず落ち着こーぜ。な?」
見かねた縢も、口を開いたが、しかし。
「うっさい!縢!アンタのブツが小さいのは知ってるんだからね!」
百倍の返しが待っていた。彼女を止める為に口を開けたのに、結局、話は大ごとになっていく。
「は?!小さくねェーし!!めちゃくちゃ立派ですけど?!てか何でお前が知ってんだよ!見たこと無いだろ!」
「顔見たらわかる!」
「嘘付け!!俺はなぁ、膨張率が…」
「慎也だって膨張率凄いもん!!!堅くて太くて立派だもん!」
―二人は、扉に背を向けて、言い争っていたから、気が付かなかった。
…狡噛と常守が帰ってきた事に。
「見たこと無い癖に、どの口が言うんだよ!」
「顔見たらわかるんだってばっ!!」
「…」
「ハァ!?顔ぉ?じゃあギノさんのブツが、でかいかどうか、わかんのかよ!」
「ギノちゃんは平均よ平均!慎也ほど成績優秀で公安局入ってきてないしね!ブツも慎也より劣ってるわよ!」
「…オイ。」
「じゃあそこまで言うなら、お前はそんなに名器なのかよ!?」
「ええもちろん!名器ですとも!慎也の堅くて太くて立派なブツを満足させてあげられるほどにはね!!!!!」
「オイ。二人とも…。」
「「!」」
―二人が後ろを振り返った時には、もう遅く、そこには、かつてない程、怒っている宜野座と、呆れた顔をした狡噛が立っていた。
ハーティ・ハニーはご機嫌ななめ
(お前も一応、女なんだから自制しろ!それに俺は平均じゃない!)
20160513
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