【第九章】―さあ何故でしょう―



 ―急に、地獄に落とされた日だった。



 「それでね、それでね、慎也がねっ初めてデートに誘ってくれたんだよっ」
「へぇ…」

 昼時のカフェテラス―…公安局とは関係のない友人とお茶していた。久しぶりにお洒落な格好をして、お出かけ。友人は、既に結婚して仕事は辞めたらしい。腹を大事そうに抱えていた。

 「結局デートしなかったんだけど、本当に本当に幸せで…」

 ―私的には、凄く幸せな報告として、友人に話していた。

 「それって幸せなの?」
「え…」

 ―友人にとっては、そうではなかったみたいだが。

 「いつまでその後輩に片思いしてるの?」
「後輩じゃないってば!確かに立場的には下だけど…」
「相手も迷惑なんじゃない?ずっと想われ続けるの。」
「迷惑…?」

 慎也にひと目ぼれしてから、ずっと聞いてもらっている恋バナ。公安局の仕事内容は詳しく言う事はできないから、一部しか話せてないけど。

 「アンタの話、聞き始めた当初は、向こうがエリートだったから、何も言わなかったけど。今は違うんでしょ?アンタもいい加減、その慎也っていう男、諦めて新しい男探しなよ。脈無いじゃん」
「…」
「公安局っていう秘密満載な仕事場なんだから。それだけで一般の男からしたらマイナスよ。よくわかんないし。新しい男探して、結婚して私みたいに辞めたら?」
「…辞めるって?何を?」
「公安局に決まってるでしょ。」
「公安局を…辞める…」
「ま、一つの案だけどね」

 それよりさ、と続いた友人の話は耳に入ってこない。
 そうだ、いつも執行官とばかり話してるから、考えたことなんてなかったけど。私、監視官だから…外で結婚式をあげることも、赤ちゃんを産むことだって…立場的には、できるんだ。
 私が…慎也を諦めて、公安局を辞める…?
 …考えたこともなかった。



++++




 ぼう、とパソコンと睨めっこしていた。先日の非番、友人とお茶に行って、羽を伸ばして来たはずなのに、なんだか身体が重い。

 …理由は、わかっているけど。
 


 「ねぇ、弥生」
「…何」

 弥生と私以外は外回りに出て行き、静かな一係に、私の声だけが響く。

 「片思いだけど、想い続けるのって…相手にとって迷惑なことなのかな」
「…どうしたの、急に。」

 今まで、見ないフリをしてきた。考えないフリをしてきた。…慎也と私が結ばれる運命は無くて、私の想いが慎也にとって迷惑なものだということ。薄々気づいてたけど、ずっと、ずっと知らないフリをしてきた。
 でも、先日の友人の言葉で…無視できなくなってきたのだ。友人と別れた後も、ずっと考えてた。慎也が、もし常守朱の事が好きなら、身を引くことが慎也にとっての幸せなんじゃないか?私だって、幸せになりたくないわけではない。友人みたいに将来は結婚して、子供だって…

 「この前の非番でね、友達とお茶行ったんだけど。その友達に言われたんだよね。慎也の事…脈ないよって」
「…」
「本当はずっと…気づいてたんだけど…見ないフリしてたんだ。心のどこかで信じてたの。いつか…絶対、私の想いは通じる、って」
「…」
「…慎也にとって、迷惑だったのかな。…私って」
「…諦められるの?」
「え?」
「…諦められる、気持ちなの?」
「…」




  さあ何故でしょう
(簡単に諦められるなら)




20160513

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