特に大きな不満があったわけでは無い。愛されていた自覚はあったし、仕事場での人間関係にも大いに満足していた。住む場所も、欲しい物も、大概何でも手に入れてきた自覚はあった。自分の性格も、人生に絶望する程、嫌だったわけでは無かったし、犯罪係数が上がるほど、標本事件に惑わされたわけでも無い。少なくとも、一番近くにいた彼は惑わされた様で執行官へと降格したが。

しかし、だからといって、彼を嫌になる理由は無かった。自分が監視官の地位に就いていれば、外にも一緒に出る事はできるし、惑わされたとはいえ、彼は以前と変わらず愛してくれたのだ。別に私だって、嫌いになったわけでは無い。ただ、刺激が欲しかった。平凡で変わらない毎日に嫌気がさし、シビュラに何もかも決められたレールに反抗したくなった…理由はなんだ、と問われれば、強いて言うならそれが答えだろう。かなり遅い反抗期ってやつだ。…その反抗期が、私自身の首を絞めることになろうとも、愛してくれる彼を捨てる事になろうとも。人間は、一度感じてしまった違和感から逃げ切ることは出来ない―…

「…なまえ、またごろごろして。暇な時間は本に使うと良いよ。」
「何もしない、っていう予定があっても良いと思わない?私ね、疲れてたのかもしれない。毎日毎日、仕事してたのよ?この前までは。」
「本を読まない言い訳には、ならないよ」
「別に本を読まない訳じゃないわ。聖護みたいな難しい本は読まないけど、自己啓発の本なんかは好きよ、わたし」

ソファに横になり、ぼう、と天井を見つめていると、急に視界に映りこんでくる白い影。彼はいつものように、紅茶を淹れ、片手に紙の本を持っていた。

「君はどうして、よりにもよって僕のところに?まぁ、いつかは手に入れようと思っていたお姫様だから、手に入れる手間が省けて、僕は嬉しいけどね。」
「よく言うわ。私に刺激という名の凶器を与えたのは、聖護でしょう?」
「そうだったかな?」

ティーカップを机に置く音だけが耳に入る。



キスするときくらい、本も置いたらいいのに、と彼女は狂気的な彼の唇を食しながら思った。



目覚めたら死んでいた私達

二度と戻れない日常に、さようなら。その日常も、それはそれは楽しかった思い出。




20150210

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