わざわざここの近くに家を借りたのも、今は珍しい紙の本が置かれた図書館があったから。別に電子書籍を読まないわけでは無い。ただ、紙の本は何か心配事や不安があると読めなかった。上手く、内容が頭に入ってこないのだ。電子書籍は、何も考えてなくても適当にページをめくってしまえば、話は進む。しかし、紙の本はそうはいかなかった。
本には、たくさんの夢がつまっていると思う。今でこそ、シビュラの認定を受けていない本は許可なく読むことはできないが、私が公安局の監視官で、捜査に必要なのだ、と一言、言えば一般市民より難なく借りることは出来た。煙草を吹かしながら、職権乱用だな、と彼に言われたことがある。その言葉に、私のおかげで読めた本がたくさんあるんだから感謝しなさい、と返したら苦みを潰した顔をされた。
話がそれたが、本は本当に素晴らしいと思う。物語なら、どんな人物にもなれるし、どんな世界だって行くことが出来る。現実の不条理な事さえ、忘れさせてくれる。
「なまえ」
名前を呼ばれて、私を現実世界に引き戻す輩は誰だ、と顔をしかめれば、そこには白い天使が立っていた。こんな綺麗な人、一度見たら忘れないと思うが、過去の記憶を遡っても、こんな知り合いは見つからなかった。…ホログラムか?と一瞬考えたが、それも無さそうだ。今の時代、こんな原始的な方法は少ないが整形手術を受けた過去の友人か?という線しか残っていない。
「え、と」
「僕の名前は槙島聖護。」
「槙島…?」
一瞬、彼がいつも口酸っぱくして呟く“マキシマ”を思い出し、ピンボケした写真の存在を思い出したが、気付かないフリをした。
「その槙島さんが、何の用?」
「君は、この世界をどう思う?」
「はぁ…?」
純粋に何を言ってるんだ、と思った。頭がイカれた潜在犯がこの場所に入ってこれるわけ無いが、今、目の前にいる、この男は純粋に頭がイカれた野郎なのかと疑う。
「君はよく絵を描いているね。物語も、かな?」
「…だから、何よ」
「僕は知っているよ。その絵や物語に、自由を求めて描いていることを」
「…」
「自由になりたいか?」
「…何が言いたいの?」
「刺激が欲しいか、と聞いているんだよ。君はきっと、僕と同じ穴の狢だ。当たり前のことを、当たり前に行う世界が欲しい。」
「…」
「何を迷っているんだい?何が、君を迷わせる?」
「、」
「友人?家族?…はたまた、恋人かな?妬けてしまうね。いつかは僕の物になると、いつかは僕の近くでないと生きられないと、…わかってはいるが…今の君の近くには、僕より近い男がいるなんて。」
「…」
「シェイクスピアを読んだことは?」
「…無いわ。」
「“救済手段もなくなってしまったものは、もう私にとってなすべき心配のなくなったものだ。”…手の施しようがなくなったら、あとは流れにまかせるしか方法は無い。これは恋愛を指すものだけど、今の君に贈る言葉、かな」
「…」
「刺激が無い世界に退屈を感じ、それを無視できなくなっている…そうだね?」
「!」
「…良い返事期待しているよ。」
誤爆装置
お前がそれを抑えつければ抑えつけるほど、ますます燃え上がるよ。静かにささやくように流れていく流れも、せき止められればカンシャクを起こしたように暴れ出すわね。だけどそのさわやかな流れが阻まれなければ、エナメルをかけた石に触れて快い音を奏でるわね。―シェイクスピア
20150210
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