「も、どこ触ってんの…」
「別にいいだろ?」
「さっきシたばっかじゃん…」
「足りない。」
同じ布団の中で、同じ布団に包まって、寝ていた。慎也の厚い胸板に、女を感じざる得ない状況下で。もぉ無理、と懇願して、やっと離してもらったのに。…その体力は、どこからくるの?と不思議な物だ。少し気を抜いていたら、腰に巻かれていた彼の手が、お腹から上へと、掌を大きく使って撫でてきた。ああ、これはまた始まるな、と危機感を覚え、抗議する。
「明日、朝早いから…」
「お前が悪い」
「な、んで」
「こんな二人揃ってゆっくり寝れる時は、少ないんだ。もっと堪能しても、良いだろう?」
「ん、」
こうやって、また絆されて。彼の腕の中で、墜ちていく。甘い声は、一晩中、響いた。
「…」
必要最低限の物以外は、部屋に置いてきた。彼との思い出も、今までの思い出も。何が私を狂わせたのかは、わからない。もともと、こういう運命だったのかもしれないが、コレを選択したのは、きっと私だ。何が私を狂わせたのか。彼との愛を捨ててまで、渇望している物なのか。最後に、彼の腕の中の匂いを思い出して、二度と思い出さないように、公安局を見上げた。公安局に勤めたこと、慎也に出会った事…後悔はしていない。
「なまえ」
彼とはまた違う甘い声が、私を呼ぶ。
「…こんなところまで、迎えに来てくれるのは嬉しいんだけど。大丈夫?ドローンが、うじゃうじゃいるわよ?もちろん、監視カメラも。」
「大丈夫だよ。僕は今まで一度も引っかかった事が無いんでね。」
「…そこのところ、後で詳しく聞きましょうか。」
「…怖い怖い、取り調べかい?監視官さん」
「もう、違うわ」
最後に思い出したのは、慎也の部屋に置いてあった本。確か、古い恋愛小説だった気がするが、
もう、どうでもいいか。
『何、読んでるの?』
『ん?ああ…古い小説だ。』
『珍しいね、慎也が恋愛モノ』
『そうか?結構読むぞ』
『読み終わったら、かしてよ』
『ああ』
全部要らない
―古い記憶
「なまえ」
また、甘い声が私を呼ぶ。その先に視線を向けると、笑顔の彼が立っていた。
「どうしたの?聖護。随分と楽しそうね。」
「今までずっと欲しかった本が手に入ったんだ。」
「へェ…なんてやつ?」
「マディソン郡の橋」
「ふぅん、どんな話?」
「まだ読んでいないから、わからないけど…恋愛モノだよ。悲恋だね」
「へぇ」
「君は、」
「え?」
「きっとこの主人公と正反対だね」
「…?」
「全てを、捨てたのだから。」
『ある女が、カメラマンと出会って恋に落ちるんだ。夫がいる身で、な。駆け落ちしようと、そのカメラマンは女に言ったが、その女は家族を捨てることは出来なかった。…夫が死んだあと、女は、そのカメラマンを探したが、そのカメラマンも、もう死んでたんだ。結局、結ばれる事なく終わったラブストーリーだよ。そういう意味では、なまえと結ばれてるから、幸せだな、俺は。』
20150211
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