腕時計を見た。もう何年も愛用しているもの。まだ針は6の文字を指しているのに、視界が悪い。夏と冬が交代することを示している。
この時期はとても寂しい気持ちになる。子供のころは、夏休みが終わることを示唆していた。今はとくに大きく何か変わる時期ではないけれど。何も考えずに楽しんでいた“自分”と決別しなければいけないような気がする。それは毎年繰り返すことなのだけど、何年たっても苦手だった。冬が嫌いというわけではない。ただ、とてつもなく踏み潰されそうな気がするのは…愛用していた夏服を押入れに入れ替えるから…だろう。私達はいつも何か新しいものと入れ替えては昔を思い出し、引っ張り出してくる。
冬服…出さないとなぁ。
まだ露出してる肌を擦って帰路へ急いだ。
「ただいま。」
「おかえり」
いつしか彼が私の家にいることは日常と化していた。この家にはもう私のものだけではなく、彼のものもたくさん存在している。
「研」
「ん…どうしたの?」
「新刊、でてたよ。」
「もう買ったよ。」
「え?…さすが、早いね。」
「まぁね。…今日は僕の方が早く帰ってきたから、鍋作っておいたよ」
「鍋?…もうそんな時期かぁ」
「こたつもすぐ出さないといけなくなっちゃうね。」
「私、こたつ好き。」
「なまえ、こたつの虫になるもんね」
「本の虫の研に言われたくないー。」
「それは間違いないけど。…あ、ほら、ネギいれて」
「こたつ出すの手伝ってね。」
「はいはい…、ほら、ネギできたよ。」
「うん。…研はお腹すいてないの?」
「僕は…昨日喰べたから、大丈夫だよ。」
「…そっか」
同じように鍋を囲って食べていたのはいつの記憶だろうか。
毎日同じ日を過ごしているのに世界は待ってくれない。
環境が変わり、それに適応しないといけないのに変わることは恐怖の一環。
せめて今のまま…私の部屋から彼の存在を盗らないで。
白いペンキを塗りましょう。
あの頃を無かったことにはできないのなら
せめてもう見えなくして。
そこには何も無かったかのように。
ごめんね、君のこと連れ出せない
冬が終わる。
あれからいくつか時が過ぎて、生き物が誕生する時期になる。
縛り付けていたものを捨てる。また新しい彼を見つける為に。
「ハイセ」
「おはよう、なまえ。」
「おはよ」
待ち合わせをして、コーヒーショップで落ち合う。
身体が軽いのは、もうコートを着る必要がないからか。
「何頼んだの?」
「ブラック」
「じゃあ私もそうしようかな」
「わかった。…すいません、彼女に同じものを。」
「ありがと。そういえばもうちょっとで誕生日だね」
「…まぁ、一応ね」
「何か欲しいものある?」
「うーん、そうだなあ」
彼と同じものがテーブルに置かれる。湯気が彼の顔を曇らせた。
「欲しいというか…」
「ん?」
「なまえのいつもつけてる時計、いいよね」
「…ああ、これ?」
「うん。…同じものじゃなくてもいいけど、似たような時計が欲しい、かな。値段張るものならいいけど、」
「大丈夫。じゃあ似たような時計探してくるね」
「ありがとう、嬉しいよ。」
「…誕生日当日は空いてるの?」
「昼間は仕事だけど…夜は空けてるよ」
「シャトーに帰らなくていいの?」
「仕事だって言っといた」
「はは、悪い上司だなぁ」
「なまえといる為なら。……なまえの家、行ってもいいかな?」
「…だめ、こないで。」
「…そっか、ごめん」
縛り付けていたものを捨てる。また新しい彼を見つける為に。
…捨てられないのは、執着しているから。
新しい貴方は悲しむでしょう?
「愛してるよ、ハイセ」
「…うん」
愛してると返してくれないのは、君も捨てられないからでしょう?
昔の自分を。
新しい貴方を愛した私も、
過去の私を愛した貴方も、
同じ道を辿るのなら。思い出さないで。
私を捨てたことを。
「短期のアルバイトで貯めたお金で買ったんだ…付き合って初めての記念日だから。」「ありがとう、ずっと付けとくね」
20151010
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