さぁ、御伽噺を始めようか

ep-002 最高傑作なのは間違いないわ

 それは、雪が降りしきる夜だった。
 突然の襲撃に僕たちは子どもだけで村から逃がされた。

「フィオ、ぼくさむい。おうちにかえりたい」
「ごめんね、もう少し頑張って。マスターと約束した街まで行ったら、きっと暖かい部屋があるから」

 総勢7人。
 14歳の僕とロイを除いたら、みんなまだ10歳にも満たない。

「もうあるけない。ロイ、だっこ」
「はぁ? チッ、ほらこいよ」

 3歳の双子を僕とロイでそれぞれ抱きかかえた。ぎゅっとつかまる小さな手が赤くなっていた。

「フィオ、ますたぁは? おじちゃんたちは?」
「大丈夫、みんなすぐに追いつくよ」

 僕は、抱っこされた双子を羨ましそうに見ていた女の子ユーナの手を取った。この子の手も真っ赤で雪のように冷たくなっていた。

「ふふ、フィオの手、冷たい。でも、あったかいね」
「そうだね、繋がってると温かいね」

 それを見ていた別の子も、恐る恐るロイの服を摘むのが見えた。面倒くさそうに顔を顰めながらも、ロイはその手を握りしめた。

 しばらくはそのまま、深々と降り積もっていく雪の街道を、僕とロイと幼子5人で黙々と歩き続けた。

 両脇には昼間でも薄暗い樹海が広がっている。
 時折、何かの鳴き声や草の擦れる音が聞こえてきた。その度に身を強張らせた。

「街道には魔除けの道具が置かれてるから、大丈夫だよ」
「そうそう、怖ぇのは人間だから」

 ロイ、せっかく安心させようとしてるのに、そんなこと言わないでくれるかな?

「ああ、そうだ。おい、エミルこれ持ってろ」
「ちょっと、ロイってば、短剣なんか渡してどうするんだよ」

 8歳のエミルは強張った顔で短剣を握りしめている。

「エミル、よく聞け。俺とコイツに何かあったら、次はお前がガキどもを引いて行くんだ」
「ロイ!」
「なんだよ? エミルが俺と剣術の鍛錬してるのは知ってるだろ」
「知ってるよ。知ってるけど、まだ始めてそんなに経ってないだろ。それに街道を行くだけなのに、何かあると思ってるの?」

 樹海を縦断する街道を下って行くと目的地の街がある。
 僕らの住むファナークス王国と隣国ブルグント帝国の国境沿いに作られた街だ。

「お前、どこまで平和な頭してんだよ。あいつらが追って来ないはずがねぇだろ」
「僕らが逃げたことすら知らないのに?」

 聖騎士たちが店に入ってくる前に、僕らは酒場の地下通路を通って逃げたんだよ。なのに、聖騎士が追ってくるってロイは思ってるの?

 眠ったのかロイに抱かれた子の首がロイの肩から落ちかけた。それを器用に戻すと、ロイは前を向いた。

「アイツらの狙いは俺らだからだよ」
「……は?」
「あの村にいる大人たちは、使い物にならなくなった騎士や兵士だ。魔物の脅威を消すために派遣されて来てるなんてカッコ付けてるけど、肉の壁になって最後は餌になれってことだろ」
「それは……言い過ぎだよ」
「言い過ぎなもんか。腹が満たされたら魔獣だって樹海から出てこねぇんだからさ」

 住民が自虐的に「廃棄村」と呼ぶ村。そんな村でも僕にとっては大切な場所だった。

「そんな村に聖騎士が攻めて来たんだ。国を護るための肉の壁を自分たちで刈り取るわけないだろ」

 ロイは「少し考えたら分かるだろうが」って強い口調で吐き出すように言った。

「ロイお兄ちゃん、怒ってる?」

 ロイの手を握ったまま、少女は不安げにロイを見上げていた。

「怒ってねぇよ。ほら、早く行くぞ」

 じわじわと、胸に奥から何か形にならない塊がはい登ってきた。鼓動が激しくなって、息がし辛い。浅い呼吸しか出来ない。ロイを追わないとって分かっているのに、足が思うように動かせない。

「フィオ、いたい」
「……っあ! ごめん。ごめんね」

 ユーナの声に一気に身体が動いた。
 どうやらユーナの手を思いっきり握ってしまってたみたい。何をやってるんだ、しっかりしろ。

 ここにはマスターも先生もいないんだ。僕とロイがしっかりしなきゃならないのに……。

 両脇に広がる樹海がさらに黒く感じられて、身震いした。
 遠くから何かの遠吠えや、羽ばたきが聞こえて来るたびに思わず身構えてしまう。

 どれくらい歩いただろうか。
 雪は僕らの背後に残る足跡を静かに覆い隠してくれていた。

「もう少しだから頑張って」

 疲れきった子たちにそう声をかけながら、もう少しってどれくらいなんだよって心の中で悪態をついた。
 寒さで鼻も耳も手足も肺だって痛みが増していく。

 だけど休むなんて選択肢は僕らにはなかった。

 突然、ロイが振り返った。その勢いに抱かれて寝ていた子が目を覚ました。
 ロイの視線を追って僕も振り返った。相変わらず、暗い夜にただ静かに雪が落ちているだけだった。

「ロイ、早く行こう」
「ダメだ。こっちだ」
「ロイ! そっちは樹海の中だよ!」
「いいから早く来い!」

『魔の樹海の奥には決して入るな。呑まれるぞ』

 大人たちから何度も聞かされた言葉が頭をよぎった。ロイだって知ってるはずなのに、どうして子どもを連れて入っていくんだよ!

「ちょっと待ってよ」

 闇に消えてしまいそうなロイに、僕は迷ってる暇などなかった。ロイを追いかけて皆んなで身を寄せた。

 しばらくすると遠くから何かが向かってくる音が聞こえ出した。

 来た……の?

 心臓が激しくなりだして、呼吸が荒くなってしまう。
 雪も降っているのに汗が背中を伝うのがわかった。

「……ロイ」

 声も震えてしまう。

「分かってる」

 ふと横を見ると、エミルは短剣を構えて震えていた。ロイはそんな彼の震える手をそっと握った。

「フィオ、俺があいつら引きつけるから、お前らは静かに樹海の奥へ行け」
「何言ってんの? そんなことしたらロイが……」
「ああ、それをねらう。いいか? 俺が囮になる。お前はコイツらを無事に街まで連れて行け」
「いやだ! 僕も一緒に行く。聖騎士が僕らを追いかけて来たら、この子たちは街道を使えるだろ。街まで行けるはずだ」

 剣を握ったままエミルが僕とロイへ顔を向けた。口をへの字に曲げて、今にも泣きそうになるのを堪えているようだった。

 ……この子たちだけで行かせられるの?

「フィオ、コイツらを頼む」
「……でも、ロイは? ロイはどうなるの?」
「アイツらをまいたら、お前たちを追いかける。樹海の中じゃ馬も使いもんにならねぇよ。木が邪魔で剣もふるえない。鬼ごっこなら負ける気がしねぇ」

 蹄の音が迫って来ていた。

「もう時間がねぇ。いいなフィオ、約束だ。マスターのいう街で会おう」

 ロイは「早く急げ!」と叫びながら街道に飛び出して、向こうの樹海へと駆けて行った。

「いたぞ!」

 聖騎士たちがロイを追って樹海へ馬を向けた。

 声をあげたらこっちにも聖騎士が来る。喉まで出かかった声を飲み込んで、子どもたちを促した。
 数歩進んだ時、閃光が辺りを照らし、爆音が響いた。

「ロイ!?」




 思わず振り返った──はずだったのに、目に入って来たのは真っ白な天井だった。

 は? 何これ。どうなってるの?

 樹海で大変なことになって、マスターが来て……そうか、僕寝ちゃったのか。
 じゃ、ここは街のどこかなのかな?
 子どもたちは無事かな?
 ロイは……?

 起き上がって見渡した。

 どこだろう?
 白い壁に白い床。白い布団に……器材がいっぱい。

 気が付いたら左手が顎に触れていた。考える時によくやる仕草だ。ロイによく真似をされてたから、癖になっているという自覚はある。あるんだけど、なんだかおかしい。

 左手は左手で、指も5本揃ってて、僕の記憶の中にある左手のまま……だと思う。

 なんだろう?

 開いて閉じて、1、2、3、4、5と指を折っていく。

 何不自由なく動いてる。でも、そこに左手があるという実感が湧かない。

 あ、足とお腹は? ……ある。え? どうして? 魔獣に食べられたよね?

 消えたはずの両脚も食いちぎられたはずのお腹も、綺麗さっぱり元通りに見える。

 僕はもう一度左手を見た。不自由なく動いているのに、感覚が一切ない左手だ。

 左手が喰われたという記憶はない。ないけど、倒れたあと魔獣が僕に群がったのは覚えている。凍傷で感覚が薄くなっていたのも覚えてる。……喰われてないはずがない。

 なら……。

 恐る恐る右手をお腹に当てた。

 間違いなくそこにお腹がある。でもあるはずの体温が右手には伝わって来なかった。

 足は!?

 動くのに体温がない。体温どころか、身体の大半が右手が触れていることすら感じなかった。

 どういうこと? 僕の身体はどうなってるの?

 不意にドアが開いて、咄嗟に身構えた。

「あら、やっと目を覚ましたのね」

 流れるような黒い髪が目に入った。
 誰!?

「あらあら、貴女、もう動けるの?」

 何を言ってるの?

「さすがと言うべきか、有り得ないと驚くべきか……」

 何やら呟いていた黒髪の女性は、まいっかと言った思ったら、「最高傑作なのは間違いなさそうだし」って不適な笑みを僕に向けて来た。

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