太陽に焦がれる


眩しい太陽を見た気がした。チカチカと瞳の中に星が降る。撮影用に高所にあるライトが、その一本一本に乱反射して私の心を焦がす。

「すご…」

つい漏れた言葉に気付いたのか、メンバーと楽しそうに話していた彼は私の方を向いた。パッと笑顔を浮かべてこちらに歩いてくるものだから私は慌ててメイク道具を取り出す。

「おはよう、名前さん」
「おはよう、神山くん」

特に直す必要もない彼の顔に軽く筆を走らせる。この道具は彼を輝かせるものであり、彼と話すためのフェイクだ。
私は猫のように目を閉じる彼の髪を見上げる。なんだかもう透明なようにも思えてきた。

「これ、何色?」
「んー、金とオレンジのツートン」
「うっわ。さすがというか…すごい」
「ははは」

感想がうまく言葉にならない。以前違う撮影で会った時はシルバーアッシュだった記憶があるのだが、あれって先週とかそれぐらいだったはずなのに。
髪の色でメンバーカラー総なめしたアイドルなんて彼ぐらいじゃないだろうか。というか、普通アイドルはここまで奇抜にはならないはず。しかもどれも似合っているのが不思議で仕方ない。

「髪、痛むよ」
「もう遅いって」
「それもそっか。それにしても目立つね」
「そう?」

彼は自らの髪を指で弄ぶ。下は金、上はオレンジ、なるほど確かにツートンだ。三色ぐらいにしたこともあった気がするけれど、あれはまだ落ち着いた色だったし、そんなに違和感はなかったように思う。

「なんでそんなにコロコロ変えるの?」
「えーなんでやろ」

髪の毛の色を頻繁に変えるのってあまりいい印象はない。好奇心があるといえば聞こえはいいけれど、移り気だったり、自分に自信がなかったり、そういう心理もあると思う。だけれど、彼はそんなマイナスな雰囲気はないし、どちらかというと朗らかで優しさに溢れている男なのだ。昔はもっと尖っていたような気がするんだけれど…、最近は本当に笑顔がすごく似合う。

「名前さんは何色が好き?」
「えー…この前のシルバーアッシュ好きだったなぁ。銀が似合う人って私の知ってる限りだと神山くんぐらいだけれど」
「ほんま?あーもったいな。もうちょっと我慢しとけばよかった。…戻そっかなぁ」
「いやいやいや」

もうここまできたら他人の意見には流されて欲しくない。「好きにしてください…」と伝えると、彼は邪気のない笑みを浮かべて「せやったら染めよ」なんていうものだから、なんだか申し訳ないことをしてしまった気分だ。

「挑戦したい色ってあるの?」
「いやーまぁ、もうだいたいやってまったし…。今日みたいにツートンやったら色々やりたいのもあるけど…」
「私には無理だなぁ」

私は今までの人生で一度も染めたことのない髪の毛に触れる。私の髪の毛の色は綺麗な濡羽色で、祖母がお人形のように綺麗だと褒めてくれたのが嬉しくて、染めたいという考えは今の今まで浮かぶこともなかった。でも、その祖母も亡くなって、この色を褒めてくれる人はいないし、自立もしたいい大人なんだから、少しぐらい染めてもいいのかもしれない。とそんなことを考えていると神山くんはむっと眉根を寄せており、何か怒らせることでも言っただろうかと不安になる。

「ええやん、そのままで」
「え…?」

私の考えを打ち払うように彼は言った。怒るところが少しわからないけれど、そのムッとした表情が可愛く思える。

「綺麗な色やねんから、別に染めなくても良くない?僕はそのまんまの方が好きやなぁ」
「へぇ意外。神山くんは勧めてくるタイプだと思ってた」
「勧めへんよぉ、痛むし。バージンヘアーやろ?絶対にやめた方がええ」

なんだかそこまで言われてしまうと、むくむくと顔を出した好奇心が一気にしぼんで行く。それに「綺麗な色」って褒めてくれたのがすごく嬉しい。こんなありきたりな色、なんの変哲も無いのに。

「じゃあ…染めるのはやめようかな…」
「絶対その方がいい」
「なんか、染めようと思うよりも神山くんの髪色が変わる方が断然早いから、髪の毛染める気が無くなっちゃいそう」
「なにそれ」

「良くわかんないけれど」と苦笑すると、神山くんはくしゃりと目元にしわを寄せて微笑んだ。そこらへんにいる女性より可愛く笑うし、仕草も可愛いしで時々負けてるんじゃないかとすら思う。比べる時点で負けてるんだけれども。

「でもすごいよね、何色でも似合うって」
「そう?嬉しいわ」
「嬉しいんだ」
「褒めてくれてんねやろ?嬉しいよ、褒められたら」
「………なんか、ストレートで来られると恥ずかしい」

たしかに褒めるつもりで言ったんだけれど、今の彼は邪気がなさすぎて少し心配すら抱く。そんな一面に圧倒されて頬を染めるのはどちらかというと私の方で悔しい。

「神山くーん?」

その時スタッフさんの呼ぶ声が聞こえて彼は「あ、はい!」と返事をした。これからソロのリップシンク撮影が始まる。そのあとは全員でのダンスシーン。最後に全員でリップシンク。MVはいくつものパートを組み合わせてやっと完成するパズルのようなものだ。

「じゃあ、行ってくる」
「はい、行ってらっしゃい」

彼は私に手を振って、また撮影用のライトの下に駆けていった。チカチカと眩しい。沢山の人の中心に立って微笑んでいるその姿はやはり太陽で、私は自分の髪の毛を指で弄びながらふとため息をこぼす。

「すき、だなぁ…」

そんな世迷言、口にはできない。私なんかと話してくれるだけですごく嬉しいんだから。だから私は今日も目を細める。オレンジ色の太陽は、誰の上にも昇るものだ。