ケダモノと秘密の花園


彼はとにかく秘密主義で、付き合って3年にもなるのにいまだに私を家にあげてくれない。最初はなんだか上辺だけの付き合いのように感じてすごく複雑な気分だったのだけれど、2年目にはそれにも慣れてしまい、3年目にまでなるとだんだんそれが面白くなってきて、最近はネタのような扱いでいじり倒している。

「大毅くんは家に何を隠してるのかなぁ、彼女に見られたくないもの?」
「はぁ?別にそういうわけやないって」
「性癖?性癖?」
「どんな聞き方や!」

私の聞き方がツボにはまったらしく、彼は大きな口を開けてケラケラと笑う。やっぱり歯が多いのでは…?と覗き込むと彼はすっと真顔になって「多ないで」と突っ込んでくるものだから、次に笑うのは私の方だ。

デートをすると最終的に行き着く場所はだいたい私の家で、彼は当然のようにソファに腰掛けてテレビを見ている。流れているのはメンバーの小瀧くんが出ているドラマだ。彼は比較的メンバーの活動を見守っている方だと思う。なんだかそういうのを客観的に見るのはなんだかくすぐったくて誇らしかった。

「この小瀧くんすごいかっこいいよね」
「ほーん」

大毅くんをいじるのを一旦切り上げドラマに集中する。同時期にドラマと映画がやっているのって本人的にはどういう気持ちなのだろう。それに、全然キャラクターが違うものだからすごくびっくりした。片や俺様高校生、片や24歳SITのホープ。真逆といっても過言ではないだろう。

「お前ほんまに望のこと好きやなぁ」
「いや、ジュニアの時から思ってたけど可愛いし…いい育ち方したよねぇ…」
「おかんか!!」

私がしみじみと目を細めると彼はまた楽しそうに笑って、画面の中の物語を目で追う。メインビジュアルとか題名見たときはどんなシリアスな人間ドラマが…って思っていたけれど、まさかのコメディドラマで1話目をぽかんとした形相で見た覚えがある。

「もう小瀧くんも21かぁ…」
「せやなぁ。早いな」
「18の時はこんなに落ち着いた18いないでしょって思っていたのに、21になるともうお酒も飲めるのかって感じだよね…」
「ほんまにババアやん。どうしてん」

大毅くんは目元をくしゃりとさせてそう聞いて来た。時間の流れを痛感しただけであって、特に何かあると言うわけではないのだが、そう聞かれるとどうかしてしまったのではないだろうかと考えてしまう。そりゃもう彼らと出会ってから何年も経っているのだから変わったことだってあるだろう、でもきっと私はそれに気づけない。

「どうもしてないよ別に、時間って案外早いなぁって思ったぐらいかな」
「まぁ、そりゃそうやけど…」
「もう付き合って3年だって」
「せやなぁ」
「まだ部屋に入れてくれないんだって」
「おーーーーい戻ったーーーーー」

話が戻ったことに気づいた彼はばたりとソファに倒れこむ。その動きが可愛くてクスクスと笑っていると、「別になんかあるわけちゃうんやけどなぁ」とふてくされる。

「別にそんなに嫌なら強制しないけどね」
「なんかそうやって考慮されるんも悲しなってきたわ…」
「いや、だって無理強いして嫌われたいわけじゃないし」
「こんなことで嫌いにならねぇよ…」

大毅くんは倒れたままこちらを見上げてくる。そんな可愛い目で見られると柄にもなくドキドキしてしまうのだからやめてほしい。

「いや、わかってるんやけどなぁ。あんまり得意ちゃうねんな、自分の領域に入られるの」
「うん、知ってる」
「でも気分悪いやろ…?」
「昔はね。なんかうわべだけみたいに感じて嫌だったけれど、もう諦めてるし」
「諦められんのもなんか嫌やわ〜」

彼はそう唸ってソファに座りなおすと、何かを考え始めた。画面に映るドラマはもう終盤で、もうすぐエンドロールが流れ始めるだろう。「もう終わっちゃうよ?」と声をかけても大毅くんは答えてくれない。まぁいいやと諦めて流れ始めたスタッフロールを目で追う。「小瀧望」という名前がなんだか誇らしく感じる自分がいてちょっぴり笑えた。

「よし!決めた!!」

さてドラマも終わったしお風呂の準備でもしようかと考えていると、考え事をしていた大毅くんがガバリと顔を上げてこちらを向く。何事だと身構える私に、彼は耳まで赤くしてはっきりと口にする。

「もう、いっそのこと同棲するか!?」

突然すぎるその発言に返す言葉が見つからず、というか整理すらつかずに固まっていると、大毅くんは「めっちゃ恥ずかしい!!」と一人で言って、一人で飛び跳ねて、再度ソファにダイブする。止める隙なんて一切ない。
「うおーーー!!」と照れ隠しに悶える彼に、恐る恐る「どういう意味デスカ…?」と緊張のあまりカタコトになりながら聞くと、彼は少しだけ顔を上げて「そのまんまやん!!」と荒っぽく言う。
そのまんまってつまり…。


「えぇええ!?」

理解した私はやっとしっかりとしたリアクションをとれて、「時差すごいわ!!」と大毅くんに笑われる。次に真っ赤になるのは私の方で、それを確認した彼はさっきまでの照れは何処へやら、すぐにいたずら少年のようにニヤニヤと口角を上げた。

「名前さん真っ赤やないですかーーーーー。恥ずかしい?うれしい??なぁなぁなぁー」
「う、うるさい!っていうか!真っ赤だったのは大毅くんもでしょ!!」
「え……?」
「とぼけないで!!」

なんのこと? と言いたげな彼に手元にあったクッションを投げつけると、彼は「ぼうりょくはんたーい!」とゲラゲラ笑う。本当にいい顔して笑うものだから、笑うなとも言い辛く、下唇を噛んで唸ると、ふと彼は真面目な顔をするものだから息が詰まりそうになるほど心臓が飛び跳ねた。

「で?どうすんの?」
「え…?」
「俺ん家、来る気あんの…?」
「それは…」

当たり前だと答える前に彼が私の手首を掴んで顔を寄せて来る。吐息がかかるほどの距離に私は喉まで出かかった言葉を飲み込むことになってしまう。

「まぁ、ここまで決めたんやから、逃す気ないんやけどな…?」

いつもとはちがう不敵な笑みを浮かべる彼から目が離せず、その色っぽい表情に当てられて蒸気する頭で浅く頷くと、彼は「ありがとー」とへらっと笑って、それに安心したのも束の間一瞬で笑顔を消して私の唇に噛み付いた。何が起きたかわからずにいると、みるみるうちに押し倒されて彼の肩越しに天井が見える。

「うるさ…」

うざったいと言いたげに眉を潜めた彼が体を起こしてテレビの電源を消す。遠くで流れていた聞きなれたCMソングがあっという間になくなって、雑音に紛れていた心拍数が馬鹿みたいに鳴っていることに気づいた。

「まだ慣れへんの…?」
「だって…」

この時の大毅くんはいつもの彼と違いすぎるのだ。
少し荒っぽくて乱暴で、激しくて侵食する炎のよう。無邪気さなんてかけらもない、獣のように求めて来るから、私はいつもそんな彼の全てに翻弄されて乱される。

「はは…っ、そんなんやったらこれから毎日どうするん?」
「ま、毎日って…」
「一緒に住むんやで…?」
「嘘でしょ…?」

怯える私に「どうやろなぁ」と曖昧に微笑んで、彼は再度私に口づけを降らせる。

毎日こんなふうに愛されたら私はすぐにおかしくなってしまいそう。幸せの膨大さに押し潰されて、きっともう一生彼からは逃れられないのだろう。いやもう逃れる必要なんてないのだから、いっそのこと私をあなたの世界に閉じ込めてほしい。
君の秘密の楽園で、一生愛し合っていたいよ。