君だけのお姫様になりたい


私よりうんと年上で、落ち着いていて、かっこよくて、気付いたらこっちの方がめちゃくちゃ好きになっていたのなんて笑い話にもならない。あーあ、ただのイン友(もちろん夢の国の、だ)だったのに。

「淳太くん〜好き好き大好き〜!」
『お前それしか言わへんやないか。早よ寝ぇ』
「うぅ…」

深夜も2時を回る時間。夜にふと急激に寂しくなった私は彼氏である淳太くんにダメ元でLINEを送った。多分寝ていただろう彼はその通知で起きて、今こうやって電話までかけてくれている。なのに欲深くなってしまった私には全然足らなくて、寂しさがどんどん増していってしまっている。またこんな迷惑かけることばかりやって、嫌われたくないくせに、どこまでも自己中心的な私が嫌になる。でも応えてくれる淳太くんはやっぱり大好き。

「淳太くん、またデートいこうよ」
『名前がやることちゃんとやったらな』
「お母さんじゃん…」
『当然やろ?名前のお母さんから頼まれとる身やねんから』
「またそうやって保護者みたいな…」
『そんなもんやろ』
「彼氏だよ…」

きっと彼にとっては私の思いは「子供の戯れ」に聞こえているのかもしれないし、本来はそれでも喜ばなければならないのかもしれない。けれど、ああ、この圧倒的な年齢差と、それに比例しない自分の貪欲さが嫌になる。

もっと好きって言って欲しい。
もっと好きになって欲しい。
もっとそばにいて欲しい。
もっと求めて欲しい。
私ももっと求めたい。
会いたい。話したい。触れたい。
どこまでも深く深く。

こういうところが子供だというのに。

「………苦しいよ」

それは私の悪いくせなのだろう。
彼のことが本当に好きだから、その思いが私の未成熟な心に重くのしかかって胸の奥底が痛くなる。声だけなんて我慢できない。今すぐこの痛みも苦しみも取り除いて欲しい。だけれど女の子というものはわがままで、素直じゃない生き物だから、はっきりとは言えないのだ。「会いに来て」ってそんな自分勝手なことなんて。

「苦しいよ、会いたい。大好きだよ淳太くん。ねぇ?淳太くんは?私わかんない。怖い…よ。すき…すき………しんじゃいそうなくらい、すきですきでくるしいよ」

私のそばで笑って欲しい。
本当は負担なんてかけたくない。
淳太くんが甘えられるカッコいい女の人になりたいのに、理想はいつまでたっても理想だ。こんな鎖で縛り付けるべきじゃないなんて重々承知なのに、どうして。

『名前…』

聞こえた彼の声に涙がこみ上げてくる。泣きたくなんてなかった。こんなんじゃただの依存だ。わかってる知ってるダメだこれじゃわかってるのにどうして私はこんなに、こんなに。

「ごめん、…、淳太くんの方が忙しいのに…。私がもっとちゃんと大人の人だったらこんな負担もかけないのにね?ごめんね…、何もできない彼女で…ごめん…、なさい…」
『…………』

長い長い沈黙だった。
なんかもう口にした言葉をもう一度飲み込んでしまいたい気分だ。そんな気持ちとは裏腹に、涙はどんどん溢れる。

「っく、えへへ……ごめ、めちゃくちゃ、ぐっちゃぐちゃ、なんか、もう、いろいろ出てて…」

一体何を弁解してるのかもわからなかった。ただくすりとでも笑ってくれたら楽になったのかもしれない。ここでも結局自己満足だと気付いて自嘲。

「あー………、はは。どうしようか?……もう、わか…わかれて、みる…?……なんて、さ」

そんなの私が嫌なくせに、冗談のつもりで口にしたその言葉があまりにも残酷すぎてくらりとする。彼がいない人生なんてもう想像すらできない。おかしいね?淳太くんと会う前までは平気だったのに。

『………冗談でも、そういうのは聞きたくない』
「…っ」

ついに聞こえた彼の声はひどく静かなもので背筋が凍る。喉の奥に何かが詰まったように、謝罪も何も口にできなかった。

『一度でも迷惑やなんて言うたか?』
「いって、ないけど…」
『当たり前や。迷惑なんて思ったことすらない。そもそも先に好きになったのは俺の方やで?』
「でも、今は多分私の方が好きだよ…」
『なんでこんなに好きなのに伝わってないの?絶対俺の方が好きや』
「…っ、淳太くんっ…」

『だから早く 窓あけてぇや』

「え…?」

彼のその言葉に私はベッドに投げ出していた体を持ち上げる。窓って、そんな、まさか。時刻は何度見たって2時を回っている。だから、そんなわけ。そう言い聞かせても気持ちは逸る。焦って震える手でカーテンを開けて窓を開き、落ちるんじゃないかという勢いで体を乗り出すと、耳元のその声が『やっと出て来たな、ラプンツェル』なんて笑うからたまらなくなる。

「なんで……」

窓の外にいたのは路肩に停めた車に寄りかかりながらこちらを見上げて笑う彼だった。

『可愛くて仕方ないから来てしまったやろ』
「じゅ、ん、く…っ」
『泣きすぎでブサイクになってんで!』
「じゅん、たく、にしか、みせない…っ」
『おう、当然や』

だから早く来い、なんて君が両手を広げてみせる。
目元を拭って、携帯を手放して、私は窓に足をかけた。「お、ま、おまえ…っ」淳太くんの慌てる声が聞こえるが仕方ないじゃないか。もう今すぐ飛びつきたくなったのだから。

「好きな子ぐらい受け止めてよ、王子様…っ!!」
「お転婆すぎるやろ名前…!!」
「お姫様って呼んで!」
「あーーーもーー!!」

彼も手にしていた携帯をポケットにしまって、私の真下まで走って来てくれた。そしてこちらを見上げて手を広げ言うのだ。



「おいで?俺のプリンセス」



ああ、体が羽のように軽い。
私をなんとか受け止めた彼は「三十路にはきついわ…」とボヤきながら優しくキスをしてくれた。

こんな自分勝手でわがままで夢見がちでまだまだ子供な私だけれど、淳太くんのことが本当に大好きだからね。それだけは変わらないから。
だからいつか迎えに来てね?私の王子様は淳太くんしかいないんだから。