はるここちアソート
ミモザが鳴り止まないから私たちを誘ってよ
彼女のところへ行くのが好きだった。町はずれに居を構える彼女は、他の大人たちが教えてくれないことを話してくれる。少し低めの声音は心地よく、美味しい焼き菓子と飲み物も楽しみの一つだった。
よく晴れた春の日に、私はいつものように彼女のところへ向かっていた。彼女が不在のことは一度もなく、扉を叩けばすぐに家の中へ招かれた。だから今日も同じようにしたのだけれど、どれだけ待っても扉が開かない。仕方がないので庭で待つことにした。
家の何倍の広さもある庭は、一部が森と同化している。敷かれた煉瓦の上を歩くのは久しぶりだった。初めて来たときに迷子になって以来、苦手意識があるのだ。実際煉瓦の道は幅が狭く、花咲き誇る茂みの背も高めなので、どう歩けばどこへたどり着くのか分かりそうにない。ふらふらと足の向くまま庭を歩く。ところどころベンチや水道を見かけた。苔むしていないので手入れがされているのだろう。彼女がまめだということは、こんな広大な庭を美しく維持している時点で分かりきっていることである。
季節柄か、小道の両側はどこを見ても花が咲いていた。花の色や大きさはもちろんのことながら、香りも違うだろうに全くちぐはぐさを感じさせない。
日差しが良く当たって、良い香りもしてとても気持ちが良い。低木ばかりと思っていた庭にも高さのある木が植わっていて、それがミモザだった。いつも彼女とお茶をする部屋の、大きなフランス窓から上の方が少しばかり見えているミモザ。黄色く小さな花をいっぱいに咲かせて揺れている。丸い花は鈴のようにも見えた。
「あ、出迎えられなくてごめんね」
来てたんだねと言われて頷く。彼女はいつもの薄いワンピースでそこにいた。庭仕事に向いた格好とは言い難い。
「ミモザを見てると姉のことを思い出すの。呼ばれてるみたいでさ」
「……行かないで」
「行かないよ」
私の言葉は引き止めるにはあまりに拙かったから、たまらず彼女の手を取った。
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ノスタルジーで茨のモーション枯れ果てた
昔々ある国に、遠い国の王子さまにお嫁に行くことが決まっているお姫様がいました。お姫様は未来のお妃さまだったので、毎日外国語やダンスのレッスンに精を出していました。
「お姫さま、とってもマジメね!」
「そこはあなたも見習わなくてはいけませんよ」
国を発つ日、お姫さまは見送りにやって来た国民たちへ、馬車の中から手を振ります。勤勉なお姫さまがいなくなることを、人々はもちろん王さまやお妃さまも悲しみましたが、遠い国でも立派に王族としての務めを全うすることを期待していました。
さて、お姫さま一行が嫁ぎ先の国へやって来ると、王子さまが出迎えに現れました。お姫さまを一目で気に入ってしまった王子さまは、お姫さまを深い森の中にある自分の宮殿に案内します。お姫さまはこの国の王さまにまだご挨拶をしていません。しかし王子さまに逆らうと国の関係が悪くなるかもしれないので黙って従いました。
お姫様が嫌々従っているのが分かったのでしょう。王子さまはお姫さまが逃げ出さないよう、魔法の茨で宮殿を覆ってしまいました。
「酷い!」
「そういう王子さまだったの」
せっかく勉強を頑張ったのに、何一つ活かせないことをお姫さまは悲しみました。家族に手紙を書いても届けてくれる人はいません。毎日実家を想って泣いていると、茨が健気なお姫さまに意地悪するのは良くないと感じ、改心して枯れてしまいました。
茨が枯れ落ちたおかげで、お姫さまは宮殿から出られました。森は深く暗いうえに、どこをどう進めばいいか分かりません。困っていると母国から連れてきていた侍女が現れました。侍女はずっと王子さまに連れ去られたお姫さまを探していたのです。お姫さまは無事、国に戻って女王さまとなり、立派に国を治めましたとさ。
「幸せになるんじゃなくて!」
「王女殿……お姫さまはもちろん幸せにもなりましたよ。良い伴侶に出会って子どもも産まれました」
かつての侍女は、孫娘の言葉に笑った。
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まいにちがひみつ結社
絵本が読まれるたびに影で暗躍するわたしたちのことは、誰にも知られてはならない。今回のおはなしは赤ずきん。ちょっと厄介なのよね。
木の陰に隠れて、おおかみと赤ずきんのやり取りを見守る。
「赤ずきんちゃん、おばあさんのうちへいくんだろう。それなら花をつんでおいきよ」
「とってもすてきな考えね」
ここまでは大丈夫、正しいお話のとおりよ。ところがおおかみと別れた赤ずきんは、お花をつみにいこうとしない。道を外れずまっすぐ進むのだ。これは一大事である。わたしは赤ずきんの前に回り込んだ。
「ねえあなた。あっちにお花畑があるのよ。一緒にいかない?」
「あらだめよ」
「どうして?」
「お母さんに、よりみちをしてはいけないって言われてるもの。帰りならいいわよ」
今回の赤ずきんは、なんだか真面目ちゃんだ。元のお話の通りに動いてくれないと困るのに。
「よりみちなんかじゃないわ。こっちは近道なの。早くなる時間でお花をつむだけだもの」
「……それならいってもいいわよ」
よかった! おおかみはおばあさんの家に向かっているかしら。赤ずきんの対応をしているあいだは、わたしはおおかみの様子を知ることができないから少し心配。わたし以外のだれかがうまくやっていることを祈るしかない。
心持ちゆっくりとした足取りで歩く。赤ずきんもわたしと同じ速さで歩いた。お花畑に着く。
「ほらここよ。お花を五本選ぶくらいの時間はあるはずだわ」
よりみちを拒んでいた赤ずきんは、目を輝かせてお花をつみはじめた。よかった。
赤ずきんとはそこで別れて、急ぎ足でおばあさんの家へ向かう。おおかみはとっくにおばあさんに成り代わっていた。赤ずきんもじきに来るでしょう。
でも気は抜けない。猟師が来ないかもしれないもの。絵本が読まれる数だけ起こるハプニングを、わたしたちは一つ残らず処理しなくてはいけない。今回の猟師はどう動くのかしら。緊張と期待がないまぜになって今日もわたしを呑み込んだ。
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各話タイトルはOTOGIUNION様(http://otogi.moo.jp/)のセットお題「おとぎ春ゆにおん」からお借りしています。