第十一話


シンドバッドが国を発って4ヶ月が経った。友人の死に落ち込むアラジンとアリババに元気を出してもらえるよう、モルジアナと気分転換のできる方法を何度も試した。そして、バルバッドでの外出により溜まっていた仕事に明け暮れ、ジャーファルはふと空を見上げため息をついた。


どこまでも続く空の先に、自分の想い人の姿を思い浮かべる。そして、やっと会えた彼女の姿にズキリと胸が痛んだ。


暗殺者であったあの時、そしてシンドバッドに着いていくことになったあの時。普段は思い返さないようにしている記憶を掘り起こし、眉を寄せる。自分を憎み、殺意を向けるルーティの姿。結果として置いていく形になってしまったが、ジャーファルはずっと彼女を探していた。


だが、約束を破ったのも事実。彼女に非はない。恨まれるにも値することを自分は行った。頭ではそれを理解しているが、どうしても心が追いつかない。幼少期から抱えていた想いは変わらず彼女に向けられている。忙殺されるほどの時間で考えないようにしていた。十年以上経ったのだ。死を連想してもおかしくはない。初恋は叶わないとはよく言ったものだと、死ぬまで想いをしまっておくことにしたのに。


「……」


彼女が生きていた。それだけで嬉しいはずなのに、もっと、と望んでしまう。やはり人間というのは欲深い生き物なのか。
多くを望んではすべてを失う。彼女が生きていた、ただそれだけを喜び生きていれば苦しくはないはずなのだ。だが、原因を突き止めるために掘り起こした彼女との記憶は想いをどんどん大きくさせる。


成長した彼女は、外見は少女のようだったが子供の頃より成長している。陶器のような真っ白な肌に、肩より上で揺れるウェーブのかかった輝く金の髪。宝石のような桃色の瞳。


もう一度会って、きちんと話をしたい。だが、彼女になら、殺されても


そこまで考え、ジャーファルは振り払うように首を振った。


先程、シンドバッドからの報告を聞いた。ルーティは煌帝国におり、ジュダルと共にいたらしい。ジュダルは自分を見ても反応はなく、彼女も同様に反応はなかったらしい。ジュダルは数度見ることはあったが、ルーティを見たのは一度きり。それだけの情報に、ここまで感情を揺さぶられた。書き進めていた書類にも手がつかず、ジャーファルは背もたれに体を預けた。


叶うことなら、また、一緒に。


表情を陰らせ、ジャーファルは自身の武器を見つめた。
彼女と同じ、票を。





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「シンドリアがお前をよこせって言ったらしいぜ」


正確には、神官補佐に会いたいという話だ。突如落とされた言葉に、ゆったりとルーティが顔を上げる。墨汁を垂らしたように濁った瞳は変わらない。寝台にこしかけていたルーティの隣に勢いをつけたままジュダルが座り、反動でルーティが浮きかける。その前に抱き寄せたジュダルは楽しそうに口角をあげた。


「煌も勢力を伸ばしてる。すぐにシンドリアにまで手が伸びる」
「……」
「ちょっと早くなった所で、ババアは何言うか知らねえけど紅炎なら喜ぶだろ」


憶測で話を進めるジュダルは、少し楽しそうだ。狂気に染まったジュダルの瞳にルーティが映る。
ジュダルの言う通り、煌帝国は他国を攻め、どんどん勢力を伸ばしている。このままいけばシンドリアと戦争をする日も近いだろう。好戦的な紅炎も、ジュダルの言う通り肯定する可能性が高い。おもしろい、と愉しそうに口角を上げるだろう。


「今度白龍がシンドリアに留学に行くんだと。そん時にルーティ、復讐しろ」


念願が叶うぞ、とジュダルは目を三日月にさせた。


シンドリアとの戦争。ルーティは、復讐を。つまり、ジャーファルの死を成し遂げろというのだ。愉しそうな原因は彼の好きな戦争が起きるからなのか、もしくはジャーファルの生死が関わっているからなのか。


彼女の思考を埋め、復讐とはいえ特別な感情を抱かせる男。その男を消すことができれば、彼女にとっての特別はジュダルだけになる。


「……ジュダル、は…」
「ん?」


はくはくと言葉を迷わせるルーティに首を傾げたジュダル。ああ、復讐が終わった頃オレが迎えに行くからと言葉を続けたが彼女の言いたい言葉はそれではないらしい。だが、言葉は続くことはなく、ルーティはそっと視線を下げた。


ジャーファルについて思考を向ければ、マグマのように湧き出る殺意。それがなくなるのなら復讐の機会が設けられたのは喜ばしい。だが、ルーティの不安は別のところにあった。


復讐をしても、ジュダルは一緒にいてくれるのか。


復讐をした先の未来にルーティの顔が曇る。コントロールのできない殺意を抑えるように、ルーティは胸のあたりを強く握りしめた。考えないように、ぎゅうと目を瞑り思考を別の方へと追いやる。この先、どう生きるべきなのか。自分の願いもよくわからない。ごちゃごちゃに混ぜられてしまった感情に捕らわれるように、苦しげにルーティは眉を寄せる。






ルーティのシンドリア行きが決まり、白龍と共にシンドリア行きの船へと乗り込む。その際、ジュダルから渡された新しいクーフィーヤに視線を落とす。なんでも、魔法を通さないという液体を使って作られた布らしい。
ルーティのジンの魔法から作られたものだという。その液体も小瓶に入れられ渡されてはいたが、彼女に使う予定はないようだった。これをうまく使えとのことだろうが、ルーティの表情は陰ったまま。


与えられた部屋にある寝台に腰掛けたまま、ルーティはクーフィーヤを見つめた。そしてマントのように体に巻き付け、ぼんやりと壁を見つめる。全身を覆い隠すその布は、一見ただの布に見える。ピィピィと真っ黒なルフが視界をよぎった。
船に乗り、人形のようにただぼんやりと過ごすルーティ。一日以上が過ぎ、食事を取らない彼女にしびれを切らしたように部屋の扉が叩かれる。返事をせず、ルーティは扉を開けると従者ではなく白龍の姿があり首を傾げた。


「食事、作りましたから来てください」
「…白龍が?」
「着く前に倒れて死なれても困る」


白龍に心配そうな表情はない。本心から言っているのだとわかっても、ルーティの表情は変わらない。


白龍は兄を、家族をルーティのいる組織に殺された。怨敵でもある玉艶の率いる組織の一員であり、玉艶のお気に入り。ジュダルと共に過ごし、人形のように無表情が多く感情の読めないルーティを白龍は良く思っていない。 彼女と話した回数は少なく、周りにいつもジュダルか誰かがいた為二人きりの空間は初めてだ。


「余計なことはするなよ」


釘を刺すように言った白龍は、ルーティの乗船の目的は知らないようだ。先導する白龍に何も言わず着いていくルーティに、白龍の眉間にシワが刻まれる。彼女の素性も本性も、どれほど強いのか何も知らない。ジンを持っているということだけは知っている。だが、そのジンの力を知っているのもごく一部。何故なら、ジュダルがジンの使用を禁止しているからだ。


何故ジンの使用を禁止されているのか、何故留学の船に着いてきたのか。ただ一つ言えるのは、邪魔をしないようにさせるだけ。


だが、人形のような彼女にじわりと同情心が滲む。


煌帝国でジュダルと共に過ごす姿、紅玉の話を聞く姿、紅覇の暇つぶしや思いつきに付き合う姿、紅明を手伝う姿。見てきた限り、悪い人間ではない。姉も彼女のことを気に入っているようだった。きっと、組織に利用されている。それを知っていて尚、もやもやと胸を蔓延る感情を無視できない。やはり彼女は、ジュダルと同じなのだ。


復讐に燃える紅玉も乗船していると知らぬまま、ルーティは空を見上げた。遮るものは何もない。禁城で部屋の窓越しに見ていた空は、ずいぶんと広く、青かった。





2019/07/27