第十四話
これは、記憶だ。
過去の記憶。
まだ引き離されることになると知らぬ前の、地獄ではあったけれど彼女と共にいられた時間の記憶。
ずっと一緒だと、約束した。
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ジャーファルとルーティは、年が近いこともありとても仲が良い。暗殺者であることを抜きに見れば、将来を誓い合っているかのように、どこに行くにしても共にいた。男女ということもあり、さすがに湯浴みは周りに止められたが。寝る時も、食べる時も任務の時も、ずっと彼らは二人共に過ごす。だが、他者から見ればお互いに依存しているようにも思えた。
ジャーファルは、親を自分の手で殺し、拠り所を無くしている。ルーティは、元々親はおらず出生が不明だ。ルーティには育て親のような人物もいたが、どこか他人行儀で事務的で、愛など欠片も感じられない態度であった。そんな、愛に飢えた二人が出会ったのは偶然なのか必然なのか。惹かれ合うのは、必然だったのだろう。
「ルーティ、任務だ」
「…誰と、誰?」
「俺とお前と、ヴィッテルとマハド。シンドバッドとかいうやつを殺せだとよ」
どかっと雑に腰を落としたジャーファルに、ぼんやりと壁を見つめていたルーティは向き直る。暗殺組織の偉い人物に任務を言い渡されたらしい彼は、楽しそうに懐から暗器を取り出した。ルーティはそれを、ガラス玉のような瞳で見つめた。暗殺をしている時の濁った瞳とは違う色をしていた。
「指示あるまで待機だと。んな待ってられっかよ!!」
「…?じゃあ、行こう?」
「っは?」
「命じられたのは、殺すこと。早いほうが、いいよ」
続けてヴィッテルとマハドは?と二人の様子を問う声にハッとしたジャーファルは、知らねえとぶっきらぼうに返した。ルーティはそれに感情を揺らがすことなく、そう…と答えると腰を上げ、暗器の確認と言わんばかりに暗器を壁へと投げつけた。
ひゅ、と風の音がしたと同時に一瞬で壁に突き刺さる素早さと適確さに、ルーティは確認が終えたとばかりに暗器をしまった。
「…行かない?」
じんわりと、ルーティの目が濁る。人形の色に、染まっていく。感情がなくなる瞬間を見たかのようにぽかんと視線を奪われていた彼は、瞬きと同時に意識を取り戻した。
慌てる様子もなく、感情を荒らすこともなくただ取り戻すように「行くぞ」と告げるとルーティは何も言わずに後追う。人形が、殺人人形へと変わった。元の蒼の瞳は水滴を垂らしたように濁り、赤っぽく混じっていった。
音もなく拠点を抜け出した二人は、人々が寝静まる闇夜を駆け抜ける。地理的なものはジャーファルが覚えているため、ルーティは後を追うだけだ。
命令を受けてすぐ行動するとは残りの二人は思いもしなかっただろう。後で何か言われるだろう、など二人は考えることもせず、ただただ標的へと足を駆けさせた。
「…ここだ」
集落が見え、いくつもある家々からある一軒に迷いもなく降り立ったジャーファル。やはり彼らに音も気配もなく、簡単に屋根裏へと忍び込む。
開いていた天井の板の隙間を暗器で少し動かし、下を見遣る。大柄な男女と、小柄(恐らく大柄な二人が隣にいる為だろう)な少年…それから子供達が気持ちよさそうに眠りについていた。…少年は少し苦しそうではあるが。
「(…あれが、今回の標的)」
ジャーファルが標的を見定めると、目配せで先に行くとルーティに送った後に天井から飛び降りた。
赤子の手を捻るより容易いと、ジャーファルは自信に満ちた表情で暗器を構える。ルーティも、自分が下りずとも事が終わると油断した。暗器が首に刺さろうとしたその時は、意識のないはずの標的がジャーファルの腹に蹴りを入れた。体格差のせいでジャーファルは後方に飛ばされ、うめき声を上げる。
「…何者だ。お前?」
どうやら標的は隣の女性の酷い寝相により目を覚ましていたらしい。標的、シンドバッドが起きたおかげで共に寝ていた者がおぼろげに目を覚まし始めた。
面倒なことになった、と思ったのはジャーファルだけでないだろう。標的以外の人間が邪魔だとわかったルーティは、音もなく降りるとイムチャックの男女を暗器に繋がる赤い紐で瞬時に拘束してしまった。
新たに子供が降りてきたこと、体をぐるぐると拘束され動けないことに慌てる中、標的は冷静に落ち着くよう諭した。視線がイムチャックの二人に向いた、その隙にとジャーファルはまた暗器を投げる。隙を取られたシンドバッドは、簡単にジャーファルに床に伏せられる。ジャーファルはいつでも首が取れるよう馬乗りになった。首元を掴むジャーファルの力は、子供ではあるが強いもので、シンドバッドの顔が苦しげなものに変わる。
終わりだと、ルーティも思った。だがシンドバッドは控えていた剣を咄嗟に構えると、ジャーファルの暗器を跳ね飛ばした。
それだけではない。陣のようなものが浮かび上がると、突然雷のような光がバチッと放たれたのだ。雷に打たれたように、電撃を喰らったジャーファルは動かない体に鞭打つこともできず床に倒れた。
「っ!」
「おっと、動くなよ。」
「……っ!」
イムチャックの二人を縛ったままだったルーティは、救援にと紐を持つ手を握りなおした。だが、それを察したシンドバッドは動けないジャーファルに剣を向け、動かないよう命令する。動けばまたあの電撃を喰らうだろう。2度喰らえばどうなるか、最悪死に至る。そう考えたルーティは彼の言う通り動かず、じっと探るようにシンドバッドに目線をやった。
「二人を離せ」
剣はジャーファルに向いたままだ。抵抗することなく拘束を解くと、自由になった二人はすぐにジャーファルを拘束した。そして、ジャーファルを人質に取られている為身動きの取れないルーティも拘束された。
□■
シンドバッドの両側で眠っていた二人に囚われ、身動きができずにいる二人はシンドバッドに何者かと問われていた。名前、どこから来たとか、仲間の有無。ジャーファルは顔を背け、答える素振りは見せない。ではルーティに、とシンドバッドが目を向けると同様に目を逸らされた。
こんな所で死にたくはないだろう、と答えないとどうなるかと脅すも二人は答えない。狙いは自分だとわかっているらしいシンドバッドはパルテビアの差し金か?と問う。そして、二人のような子供が刺客だなんて、と言ったところでジャーファルは嘲笑った。バカにしたなと言うシンドバッドに、ジャーファルはまた黙秘する。
「だいたいなぁ…そんな年で暗殺なんてしてるんじゃない!お前たちの身の上なんて知らないけど、親御さんも悲しむだろ。」
説教をし出したシンドバッドに、ジャーファルはイライラとしながら舌打ちをし、小さな声で「うっせーな…」と零した。そのことにシンドバッドは口が悪い、親に申し訳ないと思わないのかと説教を続ける。我慢の限界が来たのかジャーファルはシンドバッドに怒鳴る。親なんてとっくにいねえ、と暴言も交えて。
「こいつにはまず肉親はいねえよ。ハッ…親なんてよぉ、オレが6歳の時に殺したんだって。テメェらにはあの快感がわかんねェと思うけどよぉ〜」
ジャーファルの言葉に、彼らは顔を引き攣らせた。頭がおかしい、と思っただろう。おかしそうに笑うジャーファルと、隣で無言を貫くルーティ。だが、シンドバッドは突然ジャーファルの頬を引っ叩いた。
「大切な両親を自分で殺しておいて、胸張って言うな!」
そのことでブチ切れたジャーファルは声を荒らげ、暴言を飛ばす。上から見るな、自分は筆頭なんだと。世界が違うと声を荒げるジャーファルに、ルーティは落ち着くように「筆頭…」と声をかけるがジャーファルは興奮しているのか黙ってろ!とルーティを睨んだ。
「オレに狙われたら最後だ…すぐに息の根を止めてや…」
「そうか、こんな小さいのに人殺しなんて…かわいそうにな。」
シンドバッドの言葉に、ジャーファルだけでなくルーティも少し目を見開いた。哀れんだ目で見つめるシンドバッドに、ジャーファルの怒りが増していく。一方ルーティはきょとり、と首を傾げシンドバッドを見上げる。
「…かわいそう…?」
小さい年齢で親もおらず、人殺しの集団に在籍していることへの哀れみを理解していない声色だった。たった一言だったが、ひゅ、とシンドバッドの息が止まる。
まるで、親がいないことも、人を殺すことも当たり前かのような。
感情のない人形がそこにいるかのような、情緒の欠如を感じ取ったのだ。
「…君は、」
動揺しているらしいシンドバッドは、目を見開いてルーティを見た。ジャーファルと違い、まだまともだと思っていた子供は普通ではないことを教えこまされているようだった。人を殺さず、平穏に生きる道を知らなかったルーティはそれきり言葉を発しなくなった。空虚を見つめているかのような光のない瞳に、動揺したシンドバッドの姿が映る。洗脳されているのだ、それも一時的なものではない。
シンドバッドは何かを諭そうとした瞬間、天井の隙間から何かが投げつけられた。床につくと同時に爆発し、煙をあげる。その間にジャーファルとルーティは仲間に救出されていた。ジャーファルはヴィッテルに、ルーティはマハドに抱えられ空を駆ける。怪我はないかと心配するヴィッテルにイライラをぶつけんばかりに遅いと怒鳴りつける。単独で突入するとは思っても見なかった二人が慌てて駆けつけたようだが、ジャーファルは彼らがクズだから先に行ったと言う。
怒っているジャーファルとは反対に、人形のようにぼんやりとしているルーティにマハドは声をかけたが反応はなかった。
2020/11/13