第十五話
「おいどういうことだよ!ルーティは待機だと!?」
「言葉の通りです。彼女には迷宮には行かず、待機していただきます」
口元を隠した魔導師、ファーランは怒鳴るジャーファルとは反対に冷静に返した。当人のルーティはぼんやりとしており、彼女をよく知るジャーファルは呆然としていることが汲み取れた。迷宮と呼ばれる未知の場所へとパルテビアの将軍、ドラグルと共に行くことが決定したジャーファル達。だがルーティだけは一緒に行ってはならぬと言われ、はいそうですかと従ったのはジャーファル以外の者であった。ジャーファルは何故、と言うがファーランは動じず答えを変えない。しばらくすると、ジャーファルは、ルーティは連れて行くことができないとやっと判断できたようだった。
側でなんともいえない表情で彼らの会話を聞いていたドラグルは、何も言葉を発さないルーティに「…いいのか」と問う。ルーティは目線だけドラグルに移すと、命令だから、とだけ言って再び沈黙になった。ジャーファルは舌打ちし、おいルーティ!と名前を呼んだ。
「ちゃっちゃと殺って帰ってくるから待ってろ!いいな!」
「!……はい」
人形のようなルーティが急に感情を露わにさせた。ドラグルは少なからず驚いたが、自分も似たようなものかもしれないと思うと、ルーティを気味の悪い組織の一員という先入観を改めた。
本当はルーティだって共に着いて行きたいに決まっている。自分が慕う人物と共に今まで暗殺をやって来たのだから、それが当たり前のことだったのだ。何故ルーティだけ、という疑問は消えることはなかった。だがルーティはジャーファルを信じ、彼らが帰るまで待つという約束をした。
さっさと行くぞとルーティに背を向け去っていくジャーファル達を見るルーティの瞳は寂しげであった。何故あそこに自分がいないのか、と胸の中のわだかまりが消えることがなかった。
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王の力を得られれば、巨大な富を手にすることが出来る。その額は一生遊んで暮らせるもの。ジャーファルは自分も王の力を得るチャンスがあると知り、参加すると決めた。一生遊ぶことができる。その理想の中にルーティが共にいた。ルーティと共に、どこか遠い地で一生遊ぶことができる。それを実現させる為にはこの力を得る必要があった。
まんまとシンドバッドの策略に嵌められ、怒りで殺しにかかったジャーファルだったが、シンドバッドの言葉に圧倒されたようだった。人々が手をとって笑いあう世界を作るために自分で国を作る。そして仲間になってほしい、と。無謀な、非現実的な野望であった。だが何故かシンドバッドの言葉は彼らを熱くさせ、ついて行きたいと思わせる説得力、魅力があった。敵であるジャーファル達さえも仲間にしたいと言うシンドバッドに、ジャーファルは笑った。
「いいぜ?その仲間ってのになってやっても…」
「筆頭!?何を言っているんですか!」
ジャーファルは彼らの言葉には反応せず、話を続ける。今まで殺してきた貴族や高位のものとは違う、おもしろい人物。だが、おもしろくない人物だと判断した場合、すぐに殺す…と自分の武器をシンドバッドに向けながらそう言った。シンドバッドは怯むこともなく、殺される日は来ないと自信満々に笑う。ジャーファルもにやりと笑い、交渉成立だと言った。
「あと…もう一人連れて行きてぇ奴がいる」
「?…ああ、あの女の子か」
「…ルーティだ」
「もちろんだ!仲間は多いに越したことはない!」
ルーティも連れて行く。ジャーファルは自分一人だけどこか行こうとは思っていなかった。自分の帰りを待つルーティに会って、このことを言ったらどう思うだろうか。自分は行かないとは言わないだろうが、シンドバッドがうまく言うだろう。ジャーファルは次に、ヴィッテルとマハドへと問いかけた。自分たちはどうするのか、と。
「俺たちは暗殺者だ…敵だった人間をあんたは本気で仲間にしたいなどと考えているのか?」
「もちろんだ。ここにいる全員を俺は仲間にしたいよ」
先程まで敵だった人物を即答で仲間にしたいと言ったシンドバッドに、ヴィッテル達は少なからず動揺していた。自分たちは暗殺者だ。人を殺す、卑しい者である暗殺者。そんな組織の人間に光を与えようというのだ。この人なら、この人ならば。見たことのない光の中へ連れだしてくれる。自分たちを受け入れてくれる。初めて希望を目にした、そんな時であった。ヴィッテル達の口から、目から血が吹き出したのだ。なんだこれ、と呆然としている間にも彼らは血を吐き続ける。突然の体の異変に、思考がついて来ていないようだった。
「誰だ…俺の中にいるのは?」
自分の体の中に何かがいる。ジャーファルはそう感じてすぐ苦しさが増した。黒い鳥が彼らから大量に放たれる。その異様な光景に誰もが言葉を失っていた。3人から放たれるその黒い鳥達が一箇所に集まると、それは気味の悪い巨大な化け物へと姿を変えた。人間が化け物に変わった。そしてその化け物が放った一撃は凄まじいもので、地面に巨大な穴を開けた。
ジンであるヴァレフォールは、魔導師であるファーランが彼らに何かを取り入れたと見抜いた。それを聞きすぐに奇妙な物を彼らに飲ませていたことを思い出したドラグルは、正体に気づく。化け物は柱を破壊し、ドラグルの顔色は悪くなる。大地を砕く豪腕による打撃、全てを切り裂く手刀。こんな化け物をどう倒すんだ、と畏怖する彼は生物全てが持つ脳へと狙いを定めた。迷宮道具である銃を化け物に向け、放った瞬間――――シンドバッドが、それを遮った。何をしているのかと怒鳴り、3人は人の形をしておらず、殺さなければ自分たちが殺られると言うドラグルの言葉を遮ったシンドバッド。
「こいつたは俺と共に世界を作ると言った、”仲間”だ……3人は絶対に殺させない!」
化け物を、あの化け物を仲間だと認識し、助けようとするシンドバッド。ドラグルは理解ができなかったが、その間にヒナホホは化け物に捕まってしまった。殺さねば、と焦るドラグルを制し、シンドバッドは化け物に立ち向かった。もうやめろ、とヒナホホが言うがシンドバッドは決して諦めない。
その姿に、ヒナホホは自分がシンドバッドに憧れ、そのようになりたいと思っていたこと。だが王の力があってもシンドバッドにはなれないことに気付かされ、吹っ切れたようにイムチャックの大柄な体型を活かし、自分で化け物を殴ったどころかシンドバッドを救い出した。急に豹変したヒナホホは口調が荒く、まるで別人のようだ。あれこれとシンドバッドに怒鳴りつけたが、しっかりと前を見据えた瞳で、ヒナホホはシンドバッドに協力しようと告げた。
ドラドルは軍隊式の呼びかけで化け物から3人を正気に戻そうとするが、ジンは魔法でないとどうにもできないと言う。そのはずだったが、化け物は苦しそうに呻き声を上げ、3人は無事だとわかる。シンドバッドが呼びかけた時、バアルの剣がとられてしまった。そして化け物からあの魔導師、ファーランが登場し、緊張が走る。
そして、ファーランによりドラグルは国で戦死扱いにされていることを知る。それを告げた声は、ドラグルの兄であった。失敗続きであること、そして自分の女に近づきすぎたことを語り、そこで死ねと辛辣な言葉を投げた。ドラグルも、ジャーファル達もただの捨て駒だと告げたファーランの声。それを遮るように、鈴のような声が聞こえた。
”ジャーファル…?”
その声に、化け物がぴくりと反応を示した。
”あれは…ジャーファルなの…?”
「……君は、ジャーファルの言っていた”ルーティ”か?」
”…だれ?”
動揺しているらしい彼女の声は震えていた。姿の見えるファーランとは違い、ルーティは別の場所にいるようだった。ルーティはファーランに向かって声を荒らげた。
”ジャーファルに、仲間に何をしたの!”
「…面倒ですね、目を覚ましたのですか」
「!?彼女に何を…」
ファーランの言葉に、ルーティは眠らされていたことを知る。彼女は常識を知らずに育っていたことを思い出し、まさかファーランが、とシンドバッドは目つきを鋭くさせる。ルーティは今すぐにでも迷宮へと行こうとしているようで、ジャーファルの名を心配そうに呼んだ後どこかへ駆け出そうとしているようだった。だが、何者かに取り押さえられたようで、それからルーティの声は聞こえなくなった。
彼女を、助けなければ。だがその前に3人を助けることが先だった。ブレフォールは、ジンの核を壊せば3人を分離できると話す。シンドバッドが気を引いている間にヒナホホが突く。イムチャックの最強の矛を。だが魔獣は強く、シンドバッドが殺されかけた時助けに向かったのはバルドルであった。そして兄を殺すと宣誓する。
そうしている間にもヒナホホの矛が魔獣の核を貫き、ファーランはシンドバッドが消した。分離に成功した3人。ヴィッテルは傷ついてまで自分たちを助けたことに驚き、そして憑き物がとれたようだと話す。これで一件落着かと思った時、再びジャーファルからあの黒い鳥が吹き出し、再び魔獣が復活していった。そしてファーランは告げる。――――ジャーファルが、堕転をしているということを。
「この素体があれば、魔獣は何度でも再生する!」
3人がかりで倒したあの魔獣が何度も再生する。絶望的な状態へとなった。あの魔獣が何度倒しても復活してしまう。誰もが絶望的に思えたその状況で、シンドバッドは臆することなくジャーファルへと右腕を突っ込んだ。ヒトの体では耐えられないとジンは彼を止めるが、シンドバッドの意識はある場所へと引きずられていった。
記憶の洪水がシンドバッドの中に流れる。彼の持つジンであるバアルは、それがジャーファルの記憶であると告げる。流れる記憶にはヴィッテル、マハド達や親との記憶、そして殺してきた記憶があった。シンドバッドは、暗殺されかけた時一緒にいた少女も記憶の中にあることに気づいた。あの時は包帯で隠れていたが、相当な美少女であることがわかった。
そしてバアルは言った。語りかけ、救い出さなければ堕転したまま戻ってこれなくなる、と。
奥へ奥へと進むと、ぺたぺたと足音と共に泣き声が聞こえてきた。声の主はあのジャーファルで、殺伐とした雰囲気とは打って代わり、年相応のように見えた。痛い、もう嫌だと親の名を呼ぶジャーファル。反対に真っ黒のジャーファルが現れ、白いジャーファルをうるさい弱虫、と罵倒する。白い方は帰りたいと泣き、黒い方はそれに怒った。家だと、現実を見ろ。親は、自分たちが殺したじゃないかと涙をこぼす。
殺すしかなかった。こうするしかなかった。どちらも涙を流し、泣き出す二人を見て、シンドバッドはこれが本当のお前かと考える。矛盾した心を抱えながら自分を偽り、生きてきたのかとシンドバッドが言うと、二人はお前に何がわかるんだと声をあげる。勝手に見て同情してわかった口聞くな、と。だがそれで帰るような男ではない。
「…そうだな、俺にはわからない。わかるわけがないんだ。だから、こんな小さいところで立ち止まってんなよ!居場所がないなら俺が与えてやる。俺がお前の生きる道になってやる。偽って生きるなんてもうやめろ、だって…俺の部下に、なったんだからな!」
そう言った時、突然シンドバッドの右腕が変化した。鋼の防具のようなソレは電撃をまとう。自分事電撃を浴びせ、周囲を覆っていた黒いものが散っていった。大きな電撃が起き、それが収まるとそこにはヒトの形をしたジャーファルがシンドバッドに掴まれていた。
「おい……生きてるか。」
「………あぁ。」
ジャーファルは涙を流しながら、シンドバッドに答えた。わっ と二人に駆け寄り、ヴィッテルとマハドはジャーファルの元へ、ドラグルとヒナホホはシンドバッドの元へと駆けた。あの電撃でファーランは消えており、やっと邪魔者がいなくなった為王が決められるとジンは元の大きな姿へと変わる。
そこにいた全員がシンドバッドを王の器と認めた。ブレフォールも王の器はシンドバッドだと決め、皆が求めた王の器はシンドバッドと決定した。
ジンが王の器を認めた。彼らは元の場所へと戻る。迷宮は地へと沈み、迷宮があった場所には攻略者達がいた。久しぶりに見たような日の光に、戻ってきたのだと実感する一同。安堵し、緊張が解けたはずであった。彼らのいる場所を取り囲む集団が現れ、代表である人物は奇妙な服装をしていた。
「待っていた…シンドバッド。本国から内情は聞いた…組織を抜けようとする裏切り者が…攻略者と共に現れると――――…」
逃がしは、しないぞ。そう言うと数名彼らのいる場へと降り、武器を構えた。言葉の通り囲まれている攻略者達は戦闘態勢に入るが、その体制に入りながらも一人意識を集中できずにいる人物がいた。そう、ジャーファルはその代表の横で押さえられながらこちらを見るルーティの姿に釘付けであった。
「…っルーティ!」
ルーティの瞳が酷く濁っている。死人のように微動だにせず、瞳には何も映らない。ぼんやりと無感情なままのルーティは縄で縛られ、組織の人間に人質のように捕らえられていた。人形のようなルーティが何かをされたことは一目瞭然であった。舌打ちをし、ジャーファルは眉を吊り上げる。この距離から武器を投げてもルーティを救出できるかわからない。下手に手は出せず、自分も危機に陥っている。
ルーティの状態に気を取られている間に、シンドバッドは自身の手にしたばかりの力を使った。ネックレスに呼びかけ、新しい力を見極めるように上から見つめる代表の者。だが、何も起きないことに彼らはにやりと笑い、ドラグル達は何故、と驚く。
暗殺者達が何も出ないじゃないか、と油断しシンドバッドに襲いかかった。すると、急にシンドバッドより何倍も大柄な男たちは地面に倒れ、がたがたと震えはじめた。水が凍り、息が吸えなくなる暗殺者達。だがドラグルやヒナホホ達にそのような症状は見られない。
近づく者全てを「停滞させる力」まさに氷の能力。だが遠距離にいる者達にそれの効果はなく、代表の人物は動揺せず彼らに命令を下した。
「射れ」
遠距離からの攻撃でどうなるかわからない。指差し命令され、暗器を構える暗殺者達。未だ意識を取り戻さないルーティ。その時、何者かの声が響いた。
「我らの領地を犯す不届き者め、即刻立ち去れ!さもなくば、我が同胞がお前たちの相手となろう!!イムチャックの戦士が全力で迎え撃つ!心してかかれよ!」
暗殺者を取り囲むイムチャックの戦士達に、代表は自分たちの不利を理解した。すると全員に指示を出した瞬間、暗殺者達は―――消えた。
「っルーティ!!」
まずい、とジャーファルが暗器を彼女に放つ。は、と目があった時小さな光が彼女の瞳に戻った。そして、はくはくと小さく口が動く。長年共にいたジャーファルはすぐ、自身の名を呼んだことを理解した。
だが、投げた暗器が届く前にルーティは消えてしまった。くそっ!と顔を歪め、一縷の望みにかけて何か手がかりがないかとそこにいた場所へと駆けようとするがシンドバッドはそれを止める。ジャーファルも認めたくないがわかっていたようだった。消えた場所へと行っても、ルーティはそこにはいない。
代表の者は組織は裏切り者を許さないと鋭い目で彼らを見つめた後、同じように消えてしまった。
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ふわり、記憶が途切れる。
映像を見せられていたジャーファルは、胸に蔓延る激しい感情に口元を歪める。
ああ、まるで昨日のことかのように思い起こしてくれたものだ。好きな女一人守る力がないと痛感したあの日のことを。
洗脳され、意識のない愛しい人を助けることもできなかった。
あの時、自分が八つ裂きにされてでもルーティの元へ駆けていれば。
あの時、もっと早くに暗器を投げて彼女を助けられていれば。
もっと、片時も彼女から離れなければ。
シンドバッドと出会えなかっただろうが、もっと早くに、ルーティを連れて組織を抜けていれば。
ルフの記憶を見せられることにより、ルーティはずっとあの組織に洗脳や実験体のような惨いことをされていたことを今更知った。もっと早く気づいていればとまた後悔と自責の念にとらわれる前にかぶりを振る。
もう二度と後悔はしない。彼女を何に変えても守る。
そう決意したジャーファルは、再びルフの記憶へと身を投じた。
2020/11/13