第一話
轟音を立て、塔が砂漠の中へ沈んでいく。たった今沈んだ塔は、チーシャンの外れに位置する迷宮であった。攻略≠すれば、王族にも並ぶ地位と金銀財宝が手に入る。
塔だったものを見下ろす青年は、一息ついたとばかりに空を浮かぶ絨毯へ腰を下ろした。そして側に寝かせていた真っ白な布で身を隠した小柄な人間を抱えると、ふてくされたように眉をひそめた。
機嫌を損ねた原因は、横に立つ顔も体も布で隠した男の言葉だ。
「マギよ、「迷宮」を消したのか?」
「おい、ルーティが起きるだろ。でかい声出すな」
もちろん男はさほど大きな声を出してはいない。言われるがまま謝り、声を小さくした覆面の男に青年は鼻をならした。闇のように真っ黒で無造作に跳ねた髪に、大きく編まれた三つ編みを持つ青年、ジュダルの視線は腕の中の人間に注がれていた。
マントのように一枚の真っ白な布で隠されたソレを青年が少しどかすと、人形のように美しい少女が眠っていた。陶器のように白い肌、宝石のように美しい波打つ金の髪は短く、2つに分けた長い三つ編みが首元から下げられている。
そんな少女のほほをそっと撫でると、視線はそのままに青年は言葉を続けた。
「だってさぁ、また変なのに攻略されたら困るじゃん?例の領主ってのもいないし…」
気怠げな表情から一瞬、愛おしそうに彼女を見下ろす。細めた目からこぼれる視線からは、先程冷徹に塔を封じた面影が感じられない。大切そうに、愛おしそうに彼女を抱き直すと擦り寄るように頭を乗せた。
「もう帰ろうぜ。ルーティも、寝ちまってるし」
浮かぶだけだった絨毯が移動し始める。近くに位置する都市、チーシャンとは別の方向であることから彼らの帰る場所は違うところなのだろう。
まるで宝物を抱えているかのように、慎重に彼女を抱きかかえていた。小さく身じろいだ彼女に、ふっと口角を上げる。うりうり、とルーティのほほを指で弄りだすと彼女は眠りながら眉を寄せた。おかしそうに小さく笑いだした彼に、覆面の男は言葉を投げる。
「マギよ、帰った後彼女には「調整」をしてもらいます」
「…またかよ。近年ソレ多くねえか?」
「睡眠が多いのは、魔力を取り戻す為です。その魔力を、補充せねばなりません」
「はぁ、せっかく禁城から出して気分転換に来たのに」
ここ数年で、彼女は眠る時間が多くなった。酷い時には突然倒れるように眠り、居合わせた煌帝国第三皇子である紅覇が大慌てで大変なことになったものだ。
衣服で隠れたちらりと見えたのは、手首に巻き付く赤い紐。その先には暗器が繋がっており、彼女の得意武器だ。暗器である縄標には六芒星が刻まれていた。
眠るのが多くなったとはいえ、彼女は元暗殺者である。ジュダルが一瞬でも殺気を向ければ、彼女は一瞬のうちに自身を取り押さえ、暗器を向けるだろう。未だ足音も気配もない彼女を探す時は、音を上げそうになるのだ。
共に脳裏に浮かぶ男の顔に、ジュダルの眉間に大きな皺ができた。と、同時に寝ぼけた彼女が何かを探すように、小さく手を伸ばし意識が戻る。ジュダルがその手を上から握ってやると、ほっとしたようにまた眠りについた。
夢の中で、彼女は誰を探していたのだろう。
「大丈夫だ…約束しただろ?俺とルーティはずっと一緒だって」
血のように紅い瞳が、どろりと濁る。近くを舞う真っ黒な小さな鳥、ルフは激しく鳴いた。未だ眠り続けるルーティを抱く彼の手は、抱えているようにも、縛りつけているようにも見えた。
17.12.18