第三話

「ジンの力は?」
「使わない」
「その布は?」
「取っちゃダメ」
「いつもは?」
「ジュダルの側にいること」
「上出来」

機嫌よく口角を上げたジュダルは、ルーティの頭を撫でた。確認の終えたらしい二人は、露店の並ぶ地区へ来ていた。どうやら二人は目的の場所へ向かっているようだ。普段移動に用いる空飛ぶ絨毯は、持ち合わせていないらしい。

いつもは抱き上げられている彼女も今日は地を足につけている。裸足のジュダルとは違い、靴を履いているものの足音はない。それどころか、目立つジュダルと共にいるのに気配がなかった。

「あ?食いてーのか、それ」
「…見たことない…」
「そーだっけ?ほれ」

彼女の目が釘付けになっていたのは、露店に置かれた変わった形の果物であった。瑞々しいわけでもなく、刺々しい形をしているわけでもない。桃色で、少し長く梨のような形だ。だが梨と言っていい形はしていない。
間を置かずジュダルは店主に金を押しつけると、ルーティに投げて渡す。慌てることなく受け止めると、じっと不思議な果物を見つめた。しゃり、と小さく音を立てて口に入れるルーティの表情は変わらない。

もぐもぐとひたすら咀嚼する彼女に、じっと見つめていたジュダルは痺れを切らした。どーなんだよ、と感情を抑えて問いかければ、果物が差し出された。

「毒はないよ」
「いや…毒入ってたらあの店主殺すって」
「味は…ない」
「んだそりゃ」

言われるがまま口をつけると、ジュダルの眉間に皺が寄る。ルーティと同じように咀嚼を続け、やがて飲み込んだ。

「まっず」

どうやら本当に味はないらしい。

おもしろいから紅玉にも食べさせよう、とジュダルは果物を魔法で氷漬けにした。

◆◇◆◇◆◇

「あ〜〜っ、なんだよ、この人だかりは…絨毯持ってくりゃよかったかな〜〜〜…」

側にいたルーティを抱き上げ、ジュダルは乱暴に目の前の人だかりを押しのけ始めた。城前に集まる人の多さに、ジュダルは不機嫌そうに顔を歪める。
クーデターか何かなのだろう。だが、城の中に入る様子もなく、門前まで民衆が押し寄せていた。飛んでいけば、押しのけて進まずに済んだ。その後悔と苛立ちに思わずジュダルは舌を打つ。

強引に進んだ結果城内まで進むことができたが、無理に侵入した為城の兵士は慌てたように武器を向けた。ある兵士は呼び止め、ある兵士は彼を取り押さえようと身を乗り出した。だが、ジュダルは耳を傾けることなく、変わらず強引に進んでいった。

一人の兵士の手が、ルーティを包むクーフィーヤに伸びた。その瞬間、気怠げなジュダルの表情が一変した。バチン!と大きな弾く音と、重い何かが倒れる音。尻もちをつき、弾かれた手を震わせる兵士の顔色は死人のように真っ青だった。

「こいつに触んな!」

殺気のこもった恐ろしい形相に、兵士達の体は恐怖で固まった。咄嗟に道を開けた兵士達も、同じく真っ青だ。

真っ黒な鳥が騒ぎ出す。真っ黒な靄が溢れ、ジュダルの目が細められる。このまま兵士を死傷沙汰にしては、大事件になってしまうだろう。咄嗟にルーティはジュダルの服を小さく引いた。気づくかどうかギリギリの強さではあったが、意識は留まったらしい。舌打ちをし、前へ進んだジュダルは目の前にいた人物に息を詰まらせた。

ぐ、とルーティを抱く手に力が入る。布のせいで前も何も見えないルーティは何もわからず、疑問符を浮かべるばかりだ。ジュダルはじっとその人物を見遣ると、静かに言葉を吐き出した。

「なんだ、「バカ殿」だけじゃん。お前なんでここにいんだよ」

ジュダルの姿に、バカ殿と呼ばれた男性はぎょっと目を見開いた。ゆったりと歩み寄るジュダルに、上座にいるバルバッド国王であるアブマドがジュダルを見遣る。

「知り合いでしか?ジュダル殿」
「まぁな。こいつさ〜いつも俺達の邪魔しに現れんだよね〜」

俺達、に含められているだろうルーティの姿に、男性は視線を移す。寝台のシーツにくるまっているかのように、全身を覆う謎の人間。シンドバッドからしては、彼女の性別も年齢も、何故ジュダルと共にいるのか何一つわからない、謎の人物であった。
警戒対象が一気に二人も増えたことに、シンドバッドの額に汗が滲む。そして追い打ちをかけるようにアブマドは言葉を続けた。

「ああ、紹介するでし、シンドバッドおじさん。こちらは、煌帝国の「神官」であるジュダル殿でし。その腕にいるのは…」
「「神官補佐」な。俺今煌帝国で「神官」の仕事やってんの。今日はそのお勤めってやつだよ」

煌帝国、神官。その単語を聞いたシンドバッドの表情は一変していく。驚愕の表情を浮かべるシンドバッドは、「銀行屋」のマルッキオに挨拶するジュダルを見遣った。

アブマドは面倒だと言わんばかりに欠伸をしながら、シンドバッドに帰るよう告げた。そこから続いたバルバッドの貿易権限、煌帝国への譲渡、銀行屋の提案の話にシンドバッドは必死に思考を巡らせる。端的に言えば、バルバッドが煌帝国の支配地になるということだ。貿易の中心地が一国の手に堕ちるということがどういうことか、わからないはずはないだろう。

取り押さえられたままの第三皇子、アリババの叫びもアブマドには届かなかった。
ゴミを見るような目で、こちらを見ることすらしないアブマドと、必死に声を荒げるアリババ。

その様子に驚くことも同情することも、罵倒することもなく反応を示さないジュダルは欠伸を一つ、こぼした。


17.12.21