第六話


突如現れた煌の一行は、ジュダルとルーティを回収し、この場を荒らして去っていった。端的に言えばそうなるが、あの二人がこの場にいないのは事実であり、ジャーファルは彼女と最後まで目が合うことはなかったのだ。いつかのように声を張り上げても、彼女には届かずに終わったのだ。

「…それで、ジャーファル。あの少女とは知り合いなんだな?」
「……少女と言うのは?」
「しらばっくれるな。何度も名前を呼んでいた少女のことだよ。まさか、ジュダルと常に共にいたマントの人間の正体が、あんな可憐な少女だとは…」
「手を出したら容赦しませんよ、シン」

ギラリとちらつかせた暗器と鋭い瞳に、シンドバッドは小さく震えた。本気で殺意が込められているとわかると、慌てて冗談だと言葉を滑らせる。冗談でも言うなと無言の圧力がシンドバッドに加わった。

先程モルジアナがヒビを入れた地面を見つめたままのマスルールは、自業自得だと自分の王を助ける様子はない。

「それで?まさかあの子が、ジャーファルが昔から探していた子だとでも言うのか?」
「…そうですけど、何か問題でも?」
「いや…」

どうやら彼に心の余裕はないらしい。モルジアナの前では完璧に塗り固められていた笑顔の仮面は、すっかり取り払われている。優しさの欠片もない棘のある態度に、シンドバッドの表情筋が固まった。地雷源で踊っているかのような気持ちだ。いつ爆発するかわからないジャーファルには近寄らないのが一番である。だが今回は事情が違う、と引きそうになった心を無理やり前へ押し出した。

「白マント、いや…彼女は常にジュダルの側にいた。意識があるのかないのか、いつもわからなかったが…こちらを認識していた、違うか?」
「そう、ですね…姿も、気配も何もかも隠していたので、今まで…わかりません、でしたが…」
「こちらからはわからなかった。だが、彼女は?」

いつもより歯切れの悪いジャーファルは、また言葉を詰まらせた。彼女を知る者であり、あの場で一番関わる機会を多く作れたのはジャーファルのみだ。責めているような気分にはなるが、言及せねばならなかった。

「誰、と……」
「え?」
「あなたは誰、と……言われたんです…」

静かに吐き出された言葉に、しんと静まり返った。どんよりと真っ黒なオーラを背負ったジャーファルの表情は見るからに悪い。地雷を踏んでしまったと気づいたが最後、ジャーファルはシンドバッドの胸倉を掴み上げた。

「彼女は!私のこと!覚えてなかったんですよおおお!!!」
「おっお、おち、落ち着け!うぐっ」
「確かにあの頃と比べて雰囲気変わったとは思いますが!!ただ気付いてないのではなくて!本当に…っ!」

首を折るかのように激しく揺さぶっていた手が、ピタリと止まった。その反動でゴキッと嫌な音がシンドバッドの首元から鳴る。一瞬魂の抜けたようなシンドバッドも、急に止まったジャーファルに表情を変えた。

「本当に……”俺”のことを、覚えていなかった…」

小さく吐き出された言葉は、自分自身の首を締めるように巻きついた。彼の目に映るのは、不思議そうにこちらを見るルーティの姿。自分の名を告げるまでもなかった。まるで出会ったことがないかのように、初めて会う反応だったのだ。

自分が忘れられていることが、そんなにショックだったのだろうか。自分でも、自分の感情がわからなくなっていた。ただ一つわかるのは、彼女のことが頭から離れないということ。

「でも…その人、あいつの…」
「マスルール」
「……」

言わずともわかっていた。マスルールが指したのは、ジュダルのことだ。我らが敵対する組織、アル・サーメンの筆頭とも言える黒いマギ。あの事件での恨みの対象でもある男だ。

真っ白なシーツのような布を身にまとうような人間が、いつもジュダルの側にいた。警戒対象ではあったが今までに何もしてこなかった為、ジュダルや組織ほど重要視していなかったのだ。

そして同時にジャーファルは思い浮かべる。彼女の持つ暗器に刻まれていた八芒星を。
自分の主であるシンドバッドに伝えなくてはいけないことだ。頭ではわかっていても、言葉が口から出ることはなかった。はくはくと動くだけの口からは空気が漏れるだけだ。

彼女が金属器を持っていることがシンドバッドに知られれば、どうなるのか。想像するのは容易いことであった。長年共にした主の考えることは、大体想像がつく。だが、このことを告げれば確実にルーティへの態度が一変するだろう。ただの組織の一員ではない、その上金属器を持つ脅威であると判断が出来てしまうのだから。

ジャーファルに求められたのは、自分の主を取るのか、ルーティを取るのかの選択だ。それはあまりにも、酷な選択だった。

結局彼は最後まで、シンドバッドに言うことはなかった。



18.01.01